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たった一人のヒーロー  作者: ちゅん
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6話-無人島攻戦-

「……ジャスティス」

「呼んだかね、ヴィラン?」

「ジャアスティスゥゥゥゥ!」

 額の角を失い、マスクに浮かべる光の球の輝きを強めたヴィランが二刀流の剣を振るう。

「ふんぬ!」

 その剣を、筋肉の隆起だけで防ぐ。

「ぜぇぇい!」

 気合一閃。その声だけでヴィランの剣が砕けた。

 これだ。この差がある限りヒーローがヴィランに敗北することはないだろう。


 得物を失ったヴィランは、距離を取ると肩で息をし始めた。

 マスクの隙間から涎が垂れる。

「我ら七柱がうち五柱をどうした」

「なんだそれは?」

「学園を襲ったヴィランはどうしたかと訊いておるのだ!」

「全て私が倒した!」

 さもありなん。襲われている学園を放置してここに来るようなヒーローじゃない。


「ぐぅぅ――我だ。……わかった。頼む」

 ヴィラン全体を包む結晶が現れた。

「此度は我らの敗北だ。退こう」

「行かせると思うかね?」

 Mr.ジャスティスが拳をさらに握り込み、そして結晶を叩く。

 その結晶がひび割れ、砕ける。しかしその結晶は幾重にも重なり、最終的に薄い結晶が残った。

 それから、残った結晶ごとヴィランが姿を消した。


「妙な手応えだった」

「おそらく、強度の異なる結晶を重ねていたのではないかと。そうすることでMr.の拳の威力を分散させ、結果強度を高めたのではないでしょうか」

「なるほど」

 どうやら敵は本気でMr.ジャスティスと事を構える覚悟だったのだろう。

 それだけの工夫が見て取れた。


 Mr.ジャスティスが周囲を窺うと、その目を細める。

「まずい、マサト君がピンチだ――ぐ」

 Mr.ジャスティスが膝を着いた。

 これは俺の知る限り初めてのことだ。

「Mr.!」

 戻った水鏡が駆け寄り、Mr.ジャスティスを支える。

「すまんな水鏡君。少しばかり強力な毒を食らってね――重ね重ねすまんが、マサト君を助けに行って貰えるかな?」

 その目は、俺を捉えて離さない。額に脂汗を浮かべたその顔は演技には思えなかった。

 信じられないことは二つ。どうやって毒を食らわせたのか、どれほど強力な毒を使えばここまで最強のヒーローを弱らせることが出来るのか。


「任せて下さい、仲間は俺が助けます。水鏡、Mr.を頼む」

「ああ、任せろ。どんな相手が来たってMr.には指一本触れさせない」

「ハッハー! 頼もしい生徒たちだ。未熟な教師ですまん、あとは頼む」

 そう言い残し、Mr.ジャスティスはいびきをかき始める。

 今ならMr.ジャスティスを倒せるかもしれない。そんな誘惑は振り払う。

 万一にも敗北は許されないのだ。


 Mr.ジャスティスが最後に視線を向けた方角へと駆け出す。

 少し経つと、緑の木々が途切れた。

 何かを中心に爆発したように、あらゆる自然が焼け焦げている。

 見間違えることはない。これはマサトが特異能力を全力で使った後だ。


「遅かったであるな」

 全身がぬめり気のある蔓で覆われているヴィランがそこにはいた。

 そのぬめり気には、大量の血液も一役担っているだろう。

 マサトは全身を穴だらけにし、華は四肢が折れ曲がっている。

 白藤は四肢を拘束され、その首に蔓が巻かれていた。


「だい、ち……」

 喉を既に潰されているのだろう、掠れるような白藤の声だった。

 ただ悲しみが込められているのだけはわかる。

 涙も、滔々と流し、その目は腫れぼったい。


「吾輩は高慢のヴィラン。Sランクヴィランにして七柱最強のヴィランである」

 すでにスーツ姿になっているヴィランに対して、皆は生身だった。

「最強が聞いて呆れるな。奇襲したんだろ?」

「いかにも。しかしそれが悪いことであるか?」

「どうだろうね、正々堂々とは言えないけどヴィランにそれを望むのも酷だろ? せいぜい高慢の割には謙虚な戦法を取るなと思うくらいだ」

 背後に迫りつつある蔓もそうだ。やたらと遠回りをしながら俺の後ろまで辿り着いた。

「ヴィラン七柱は各々最も遠き罪を名乗っているのである。よって吾輩に油断はない」

 言い終えたと同時に向けられた鋭利な蔓を、半身になって掴み取る。


「……驚いた。先に没したSランクヒーローを殺した時の戦法だったのであるが」

「仲間を人質にして、陰から攻撃が?」

 むしろこんな手でやられる程度がSランクヒーローなのかと、そちらの方が驚きだ。


「面白いであるな、貴様。無惨な仲間の姿を前にしながら、酷く冷静である。心音の乱れも見えぬ」

 よく見ている。あまり余計な事をしゃべらせたくない相手だ。まだ白藤は意識を残しているのだから。

「激情にあってなお鈍らず。やるべきことをやるのがヒーローとしての心得だよ」

「かか、ならばこの者たちはヒーローに非ずと?」

「俺たちはまだ候補生だ。これから心得て行けばいい」

「かか、甘いな。学生気分で日々を無為に過ごし、庇護され安心安全と傲慢に振舞うから吾輩たちに足元をすくわれるのである!」

 蔓の何本かが鞭のようにしなり迫る。また何本かが矢のように射出された。

 鞭の先端を掴みとり、矢を巻き込むように蔓を躍らせると、矢は瞬く間に蔓に絡まり、脅威を失う。


「終わり?」

 ヴィランの目と化している光が明滅を繰り返す。

 人で言えば瞬きを繰り返している。

「吾輩の、吾輩の攻撃を見切ることなど、まして、生身で」

「笑えるね。何が最も遠き罪何だろう?」

 お前は、傲慢だよ。


 蔓を全力で引き寄せると、その蔓に繋がる身体を始点にくの字に折れ曲がりつつ迫る。

「ぐぎぃぃぃぃ」

 折れ曲がったスーツが内部を傷つけたのか、耳障りな悲鳴が上がった。

「運が悪かったね」

 白藤には聞こえなかったはずだ。


 一撃で終わらせる訳にはいかない。それはMr.ジャスティスの専売特許だ。

 候補生如きがそれだけの力を持っていてはならない。悪目立ちし過ぎる。

 加減した俺の拳が、肘が、膝が、ヴィランのスーツを奇怪なオブジェと化すまで打ち続けた。苦悶の声を大きく上げる程の余裕も与えず、連打する。そして、頃合いで俺の抜き手がヴィランのダスト・ハートを貫いた。

 本当は回収したい。Sランクヴィランのそれだ。でも今これを所持しているリスクが高過ぎる。

 激情に駆られた振りをして不要な傷を負わせてもよかった。だけどそれはヒーローらしくないだろう。


 ヴィランが絶命したところで、皆に纏わりついていた蔓が腐り落ちた。

「大丈夫?」

「だ、いち」

 可愛いと評判の白藤が顔をくしゃくしゃにして俺の腰に抱き着く。

「ごめんね、遅くなった。すぐに皆で学園に帰ろう」

 気が抜けたのか、白藤はそのまま意識を失った。

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