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たった一人のヒーロー  作者: ちゅん
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エピローグ

 季節が巡っていた。

 厳粛な式の直後で興奮の冷めやらぬ学園の廊下はどこか哀愁を漂わせているように思える。

 喧騒を経て前にした扉は静けさを帯びていた。

「失礼します」

 ノックに応えた声に促されるまま入室する。

「卒業生代表を呼び立ててすまないね。いいスピーチだったよ」

「どうも。また痩せたんじゃないですか?」

「相変わらずいい観察眼だね。ヒーローとしてはもって五年だそうだ」

「ヒーローとしては、ですか。後五十年は生きるんじゃないですか?」

「君が隠居したら茶飲み友達になってくれるかね?」

「喜んで」

 豪快な笑いが室内に響く。

 学園長室に足を踏み入れたのは初めてだった。

 飾り棚には多くの写真立てが並べられている。

 一枚一枚例外なくMr.は笑っていた

「いい写真ばかりだろう? 特にこれなんかお気に入りだ」

 卓上に一つだけ置かれた写真には俺を含めた皆の姿がある。

「どうですかね」

「なんだ、まだ気にしているのかね?」

「どうですかね」

 あの戦いのあと、俺は一切の罪が認められなかった。

 あの戦いは碌に授業を行っていなかったSランク候補生クラスのための実戦形式の試験とされ、俺の悪行は自供だけの証拠不十分として却下。

『最高評議会の時もそうだったろう?』

 そんなMr.の発言は酷い物だ。しかし全ヒーローがそれに賛同した。

「しかしいい判断だったと思うよ。君がいなかったらインベーダー共を相手にしていた頃どうなっていたか」

「面白い冗談ですね」

 あの戦いから半年後、新しい異世界人共が現れた。

 Mr.や皆を知らないバカたちは一週間で逃げ帰っていったけど。

 総勢百万のうち八十万をMr.が返り討ちにし、残りを皆や他のヒーローが相手したそうだ。

「あの頃あった噂なんだが知っているかね?」

「どんな噂ですか?」

「補給という名目で略奪を企てる度に相手の指揮官が行方不明になっていたらしいよ?」

「不思議なこともあるもんですね」

 噂になっているとは思わなかった。

 あの異世界人共はなんで敵側に指揮官がいなくなったことを知られているのか。

 無能過ぎると言える。

「まあいいだろう。それで大地君、私の後継ぎだがね」

「マサトがいいでしょう。白藤は線が細いですから」

「なるほどね。そういう理由なら君も当てはまるか」

 筋骨隆々のMr.から白藤に代替わりしたら実力を目にしない限り抑止力にはならないだろう。

 特異能力の地味さという意味合いもある。

 マサトならその辺りも問題がない。

 恵まれた体躯に派手な特異能力。Mr.が受け入れられているこの世界ではキャラクターとしても申し分ない。一度は失いかけたヒーローとしての素質を反省してか座学にも真面目に取り組むようになっていた。

 相変わらず水鏡にはバカ呼ばわりされているけどそれはもう褒め言葉だろう。

 事実三年になってからマサトは三位を取り続けた。

「それではブリリアント・ハートはマサト君に授けるが異論はないかね?」

「寂しくなります」

「何、放っておいても五年後には失われている力だ。ならより価値の高い時に、とは思わないかね?」

 ジャスティス・ゼロの変身機構。それがMr.の使ったブリリアント・ハートの正体だった。

「それに君のお父上と孫のおかげで生きることも出来るようだしね。私は幸せ者だよ、良き生徒に仲間家族に恵まれた」

「なら、俺から言うことはありません」


 ノック音が響いた。

「爺さん入るぞ。大事な用事ってなんだ? お、大地。お前も爺さんに呼ばれたのか?」

「まあね。でももう帰るところだよ」

「そっか。打ち上げするってよ、忘れずに来いよ」

「了解。それとマサト」

「おう」

「頑張れよ」

 疑問符を浮かべたマサトを置き去りにして俺はまた来た道を戻る。


「大地」

「マサトなら今学園長室だぞ」

 眼鏡のズレを正し、水鏡は息を吐いた。

「ということはまさか」

「そのまさかだね。頑張れ幼馴染」

 きっと水鏡は次代のMr.ジャスティスの秘書官になるだろう。

 心の中を読まれたのか、水鏡は少し不機嫌そうだ。

「くそ、他人事だと思ってるな」

 実はMr.にも秘書官がいる。

 Mr.に暴走されてはその後始末をしている苦労人だ。

 Mr.と似ているマサト、その秘書官となるのだからきっと今の秘書官と水鏡は仲良くなれるだろう。

「はは、でもきっと退屈しないよ」

「まあな。そして俺はきっとそんな日々を悪くないと思いながら過ごすんだろうな」

「わかってるじゃないか」

 軽く笑い合って別々の方向へ歩き出す。

「打ち上げするそうだ」

「うん。マサトからも聞いたよ」


「うげ」

「うげってなんだよ」

 保健室前で華にあった。

 レディがDr.ジャスティスとして学園に赴任してからは前時代的なヤンキーの恰好をしていない。

 今はおしゃれな女の子だ。

 口は変わらず悪いけど。

「争奪戦前かよ」

「何の話?」

 視線を追うと、どうやら俺のボタンを見ているようだ。

 だいたい察した。

「はあ、しょうがねぇな。預かっててやるよ」

「ごめん、お願い」

 ヒーロー学園は儀式の日だけは正装が義務付けられている。

 正装はブレザーだけどそんなことが通じる二人ではない。

「大地君じゃん。お、何? うちの娘に粉掛けてんの? たはは~、浮気はダメだよ? うちの娘がどんな目に遭うかわからないし」

「浮気なんてしませんよ」

 Dr.はてくてくと俺の前まで来ると顔を覗き込んでくる。

「うん、良好、良好。その調子だよ」

 あの戦いから俺はDr.のカウンセリングを受け続けていた。

 初めは子ども扱いして来るDr.にげんなりしたが、それももう慣れた。

「それじゃあ、俺はこれで失礼します」

「おい」

「華? おいじゃないでしょ?」

「いいんだよ、こいつにはおいで」

 後で怒られるって知りながら。と思いつつもそれがこの二人のコミュニケーション術なんだろう。

「何?」

「打ち上げ、やるってよ」

「うん。わかった」

「なにそれ私も行きたい!」

「いいんじゃないですか?」

 それだけ言ってまた足を進める。


 なんというか、しんみりする暇もない。

 次から次へと声を掛けられた。

 ようやく昇降口を出た時には思わず深呼吸をしてしまった。


「ダーイチ!」

 腰の辺りにスクールバッグがぶつけられた。

 顔を向けるとそこには白藤がいた。

 今日もトレードマークの頭のリボンが揺れている。大きな白いリボンだ。

「痛いよ、白藤」

「ごめんね。ちょっと急いでたから。それでぼた――あれ?」

「大ちゃん、ぼた――あれ?」

 雫が首を傾げたまま俺を見ている。

「雫ちゃん、私が先に声を掛けることになってたじゃない?」

「うん。声を掛けたのは先だったでしょ?」

 一見すると俺を取り合っているように見えるかもしれない。

 ただこれは俺を出しにして二人がじゃれているだけだ。

「打ち上げ、するんだってね」

「そうそう、打ち上げ。打ち上げに行こう!」

 雫が俺の手を取る。

「よし、行こう」

 白藤も俺の手を取った。

 そうして引きずられるようにして俺は連れて行かれる。


 その手を出来るだけ柔らかく外した。

「大地?」「大ちゃん?」

「一人で歩けるから」

 一瞬だけ目を丸くした二人だったけど、すぐに笑顔を見せてくれる。

「うん、それがいい」

「だね」


――――――


「親父、そっちはどうだ?」

 スーツの通信機の感度を全開にする。

「ああ、あと一分もすりゃ終わる。それで、いいのか?」

 是非もない。

「誰かに相談したか?」

「Mr.にDr.にProf.に親父に華にマサトに水鏡に雫に白藤に評議会」

「オールスターだな」

「うん」

「なら、これは正しいんだろうさ」

「俺もそう思う」

「よし、始めよう」

 親父のその発言から間もなく、世界にノイズが走る。

 この世界は異世界とは空間を別にした。

ブクマ、評価、感想をくださいました読者の皆さまのおかげで完結まで辿り着くことができました。少しでも心に響くものがあったなら幸いです。拙い作品ではあったと思いますが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。とても嬉しいです!

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