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たった一人のヒーロー  作者: ちゅん
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35話-まっすぐ-

 七色の空間にいるとそれが酷く綺麗に思えた。

 きっと世界中の綺麗な物に包まれたらこんな気分になるんだろう。

 いたたまれない。

 こんなにも美しい世界に俺という汚物がいることを許せなくなってくる。

 だから俺は早々にここを出るべきだ。

 だけど身体は指一つ動いてくれなかった。

 きっと七色の壁と同じ効果で、壁ではなく液体。

 その液体の中に入れられたと考えていいだろう。

 胸の中にあるヴィランの箱の回転数を上げることだけ考える。

 まだ足りない。

 もっと速く。そう願いつつ、命じつつ時間が過ぎていく。


 少しずつ余計な思考が混じる。

 きっと二人は俺をこのまま閉じ込めておくつもりはないだろう。

 なら解放されるのはMr.が全快して、レディ・ジャスティスがいて、そして皆のいる世界のはずだ。

 きっと厳しい戦いになる。

 眼球の動きだけでは袈裟切りにされた身体は見えない。

 ただ出血している感覚もなかったのできっとこの空間にいる間は止血されているのだろう。

 もっとも、六将の能力の一つである超回復を用いればすぐに塞がる傷ではあるが。

 

 ヴィランの箱はこれ以上速くは回れない。

 そこまで到達した。

 いつでも帰れる。

 帰りたくないな。自然とそう思った。

 バカバカしい。表情筋が動いて、身体の周囲に泥が浮く。

「帰ろう」

 七色の世界に穢れが混じり、そして俺は元の世界に戻る。


――――――


 一番初めに目に入ったのは手を繋ぎ、眠る雫と白藤だった。

 場所は変わらず、空には明けの明星が浮かぶ。

「半日経ってたんだ」

 ずっと七色の世界にいたら浦島太郎を経験できそうだ。

「久しいの、大地」

 その声は、一年振りなのに、もっと久しぶりに聞こえる。

「お爺さん……」

「酷い面構えをしておる。かか、しかし二人の話では三日後に出すという話じゃったが、半日で脱出したか」

「一番、戦いたくない人と出会っちゃいました」

「心配無用じゃ。儂はもう戦えん」

 そう言って上をはだけさせると、身体の中心に大怪我のあとが残っていた。

「ヒデオの心臓を貫いたと同時に貫かれたわ、ブリリアント・ハートさえなければ儂の勝ちじゃったがのう!」

 豪快な笑い声だ。一生を費やして剣を磨き続け、それがダメになったというのにお爺さんは変わらない。

「親父とレディ・ジャスティスを頼れば元通りになりませんか?」

「治るかもしれんのう」

 ただそれをするにはレディ・ジャスティスも見逃さなくちゃいけなくなる。

 どんどんとほころびが生まれていく。

 そしてそのほころびはもう取り返しのつかない領域にまできているのかもしれない。

「何も失ってなどおらぬよ」

「何がですか?」

「それは自分で答えを見つけなければならん」


 重い何かが飛来して来た。

「ハッハー、半日振りだね大地君。時間稼ぎに来たよ」

「何の話ですか?」

「Sランクヒーロー五名、Aランクヒーロー十名。君の討伐隊だ。残った高ランクヒーローたちの総数でもある」

 Mr.に続いて続々と彼らは地に降り立つ。

「全員無駄死にしますよ?」

 きっと数秒で終わらせられる。

 どこからどう考えても足手纏いにしかならないだろう。

「君の目的が達成出来るということだ。残った低ランクヒーロー何て君じゃなくてもお父上だけでもどうにでも出来るだろう。つまり共倒れ以上なら君の勝ちだ」

「そうですか。なら、始めましょうか」

「いや、それには及ばん。言っただろう、時間稼ぎだ。話でもどうかね?」

「いいですよ」

 どんな話だって聞こう。

「もしもあの日私が孫の希望に応えていたら君たちはどうなっていただろうね?」

「……後悔してるんですか?」

「前にも話したと思うが後悔していない。何度繰り返しても同じ決断を下す」

 そのはずだ。正義そのものと冠される男は過ちを認めてはいけない。

 それがどれだけ辛いことか、わかると言ってはだめだろう。

「仮にそうであったらバカなガキがバカのまま育ったと思いますよ」

「そうか。ならば世界は変わらなかったね」

 八十の老人から見れば今の俺も変わらないようだ。

 反論する気はなく、腹立てる気も起こらなかった。

「それだけですか?」

「そうだねえ」

 Mr.の視線は白藤たちへと向けられる。

 猫を驚かせたらあんな顔をするだろう。

「大地、もう?」

「十年借りてた力だからね。何となくだけどわかるよ」

「Mr.他の皆は」

「後一時間はほしいそうだ」

 二人の会話から察するに後一時間もすれば戦力が揃うと見ていいだろう。

「一時間くらいなら、待ちますよ」

「良いのかね?」

 見たところMr.はもうほぼ万全だ。

 なら結果は同じだし、有無を言わせない結末を迎えるには各個撃破よりも都合がいい。

「俺は負けませんから」

「勝利以外の道は我々にも存在していないよ」

 きっと大丈夫だ。

 雫も白藤も、Mr.にも対処出来るだけの策はある。


 一時間が過ぎた。

 今俺の目の前にはSランクヒーロー五人、Aランク十人。

 レディ・ジャスティスにマサトに水鏡に華。

 Mr.と雫と白藤が立っている。

「親父、下がっていてくれ」

 隣にいるのは親父だけだ。

「いいのか?」

「親父に死なれたら後が続かないだろ」

 ヴィランの箱の調整やその他補給は俺では出来ない。

「大地君。私はどうして君と戦わなくちゃいけないのか、わからないよ」

 少しだけ皺が出来たかもしれない。

 だけど俺が最期まで認めたヒーロー、レディ・ジャスティスはそれでも美人だ。

「ヒーローなんですからそういう発言は、ダメですよ」

「いやいや、君はヴィランじゃないもの。おかしなことは何も言ってないよ」

「ヴィランではないです。でも、俺はきっと世界の敵ですよ」

 間違ってる。

 きっとこの世界に意思があるのならもう異世界人を受け入れてるのだと思う。

 俺みたいに中途半端に受け入れてほころびを生まず、全部を受け入れてる。

「年長者として、一学園の主としていじけた子供を教育せねばならんな」

 Mr.の言葉にぐうの音も出ない。

 俺はきっとガキのままなんだ。

「いこうか、皆。輝けブリリアント・ハート」

「「「「変身」」」」

 Mr.の身体が金色に輝き、他の皆が個性的なコスチュームで彩られる。

 そして各々のコスチュームからはそれぞれの色の光の粒が生まれている。

「親父…………」

「不満か?」

「カッコ良すぎるだろ」

 半日でヴィランの芽を受けたヒーローたちの治療を終え、さらにコスチューム改造まで済ます。

 どれだけの技術力があればそんな芸当が出来るのか。

「お前程じゃねえよ」

「親父が親父で良かったよ。ありがとな」

 思い出が一瞬にして脳裏を流れた。

 役立ちそうな記憶はほぼない。だけど色々思い出せてよかった。

「淀め」

 ヴィランの箱から漏れる黒を身体に纏う。

 すでに怪人化はしてある。その上から黒い靄が俺を覆い、それは俺の意思通りに動く。


「ジャスティス・ブレードぉぉ!」

 Mr.の突き出した腕から力の奔流が生まれた。


次話で最終決戦、その次でエピローグ、完結予定です。

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