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たった一人のヒーロー  作者: ちゅん
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34話-手-

「この人たちを鋼龍号に入れる訳にはいかないよ」

 二人が身を竦ませる。

 こんな言い方はしたくない。だけど。

「二人ともどういうつもり? 親父は?」

「大地、早くしないと皆が――」

「俺のやるべきこと、知ってるよね?」

 どのみち誰も逃さない。

 一度助けておいてその後命を奪うなんてまね、俺はするつもりなかった。

「そうする理由がなくなったから私も白ちゃんも大ちゃんを止めに来たんだよ」

「ふむ。状況は飲み込めないが、私も助けられるのならば協力しようと思うのだがね」

「動かないで下さい。あなたを倒すには今が好機なんです」

 仕切り直しになったらどう転ぶかわからない。

 今ここで倒すのが確実だ。

「大ちゃん……邪魔をするなら私たちが相手をするよ?」

「何でそんな話になるの?」

「レディ・ジャスティスさんもいる。マサト君、水鏡君、華ちゃんはクラスメイトだったんでしょ? なら、死なせないほうがいい」

 異世界人は皆追い出す。その目標は二人とも知っているはずだった。

 記憶が戻ったことで忘れたのだとしても白藤の説明がつかない。


「白藤、どういうこと?」

「雫、ちゃんは記憶を取り戻して、失った十年も、許すって」

「大ちゃんは失くした十年が許せない?」

 許す許さないの問題じゃないだろう。

「言ってる意味が、わからないんだ」

「大ちゃんが異世界の人たちを追い出そうとするのって、なんで?」

 そんなことは決まっている。

 もう二度と雫みたいに異世界人同士の争いに巻き込まれる無力な人を出さないためだ。

 俺みたいな人間を増やさないためにも、そうするべきだと思った。

「たぶん、私のせい、なんだよね? でも私はそんな大ちゃんを見たくない。私が好きな大ちゃんはそんな人じゃない。まっすぐ前を見て、おじさんを尊敬しているから恥ずかしくない生き方をしようとしてた。不器用だから上手くは出来ないけど諦めが悪くて、やっぱりまっすぐ前を見るんだ」

 好きだと、そう口にしてくれた。だけどそんな男を俺は知らない。

 俺が知ってるのは親父を好きな女の子を振り向かせようと、その親父の真似をして背伸びしていただけのガキだ。

「前なんてわからない」

 わからないから決めるしかなかった。

 一度決めた方向を信じるしかない。そうじゃなかったら俺は泣き崩れてそこから一歩も動けなくなっていた。

 誤った方向に進むのでも立ち止まるよりはいい。それは確実に進んでいるのだから。

「前がわからないなら一緒に手を繋いで進もうよ。きっとどっちかが間違えたら痛っ! て思うはずだから。そしたらその時は間違えたんだなってわかるよ」

「どっちが間違えたのかなんてわからないじゃないか」

「そうしたら白ちゃんがどちらかの空いてる手を握って引っ張ってくれるよ。それでも間違えたら今度はおじさんが引っ張ってくれる。きっとここで死んだりしなかったらレディ・ジャスティスさんだって、華ちゃんたちだって空いてる人の、空いてる方の手をつないでくれるよ。一人だと間違うことだって、皆と一緒なら間違えないよ」

 そんなことはない。

 多くの現界人が認めたから異世界人が増えた。

 その結果が現界人では手が出せない事柄を増やしたんだ。

 無力な現界人は嘆く以外の手段しか取れない。

「こんな世界を見ても、そう思うの?」

「うん。私にとっての世界は今この世界だもん。大ちゃんがいて、白ちゃんがいる。この世界はキラキラしてるよ」

「ヴィランに襲われて家族を奪われた人たちがいる。ヒーローに家を、財産を壊されて路頭に迷った人たちだっている。その人たちの前でも同じことが言えるの?」

 相手が現界人だったらまだ一矢報いることが出来るだろう。

 だけど、異世界人を相手にするならスタートラインが違う。

 そして、その差が致命的だ。

 俺は人に恵まれた。親父がいて、ご先祖の遺産も使って何とか異世界人と並べた。

 普通の現界人は無理なんだ。どれだけ身体を鍛えようと種のるつぼの生活は耐えられないし、異世界の物を口に出来ないからCランクヴィランにすら歯が立たない。

「言うよ。だって私は差し伸べられた手を掴んでここまで来たもの」

 ヴィランに家族を奪われ、ヒーローに十年を奪われた雫。

 言う資格はあるのかもしれない。

「その手が差し伸べられない人だっている」

「いるかもしれないね。でも私たちはそうじゃない。そんな私たちがそういう人を助けようとするのかな? 誰でも、何でも助けられるのかな?」

 誰かを助けようというつもりはない。

 ただその誰かが進めるようになればいいと思う。

「助ける必要なんてないんだ。ただ、その誰かが言い訳をせずに済む世界だったらいいと思う」

 ヴィランが悪い。ヒーローが悪い。でもあいつらには手が出せない。

 そんな泣き寝入りをして、だから仕方がないと口にする誰かがいなければいいと思う。


「そろそろ鋼龍号に連れて行かないと間に合わなくなる。白ちゃん、Mr.に場所を教えて二人で皆をポッドへ」

「雫ちゃんはどうするの?」

「……大ちゃんを止められるのは私だけだから」

「私だって止めて見せるよ」

 二人が俺の前に立った。

 たぶん、俺が間違ってるってことなんだろう。

 だけど止まれない。俺が今まで積んできた悪行の数はここで止まっていい程少なくないんだ。

「一端ポッドで預かりはする」

 いつからいたのだろうか、親父が透明化を解いた。

「おじさん、どうやって?」

「あの七色の壁はまだ張ってある。ただきちんと底も作った方がいいぜ。掘ったら出れたぞ」

 親父は煙草に火を点けた。

「大地、使え」

 そう言って投げ寄こされたのはダスト・ハートとよく似た色をした小箱だ。

「出来たの?」

「まあ、出来てたってのが正しいけどな。雫ちゃん、白藤ちゃん、俺は大地の手を取った。これが間違っているというのなら、教えてくれ」

「一番初めに治療するのはレディ・ジャスティスさんでお願いします」

 雫への返事代わりに親父は手をおざなりに振ると、Mr.と二言三言交わし、歩いて行った。

 きっと皆の治療に入ったのだろう。


「大地、それは?」

「ヴィランの箱。ヴィラン帝時代より後のヴィランは弱いからね。ダスト・ハート一つじゃ到底ブリリアント・ハートには敵わないから」

 だから量を一つにまとめた。

 ヴィランの箱を装束の胸元に収める。

 内部でヴィランの箱が回っていく。

 回転速度が増すにつれ、少しずつ力が装束へと流れこむ。

「Mr.を倒すよ」

「それを許したら、きっと大ちゃんはもう戻れなくなる」

「もう戻れないよ」

「私たちが戻してみせるよ、大地」

「二人と戦いたくない。だから通して」

「「通さない」」

 どうしてこうなるのだろう。

 晴天はいつしか赤くそまっていた。

 俺は雫が一番大事だと思っていた。なのにどうしてだか俺は拳を収められない。

 異世界人を憎んでいる訳でもないと思う。

 それでも俺は異世界人を追い出さなきゃいけないという気持ちで一杯だ。


 一歩踏み出した瞬間に周囲に七色の壁が生まれた。

 きっとこれがあるから雫は俺を足止めしていられると思ったのだろう。

「埋まれ」

 ヴィランの箱から泥のような黒いエネルギー体が生じる。

 七色の壁が黒く染まり上がり、黒くなった部分を通過した。

 何度もは使えない力だ。だけど通じないと思わせるだけで十分だ。

 振り降ろされた白雪の刃を素手で握り込む。

「大地の隣をずっと歩いていくつもりだった。間違った道でも一緒に歩いていこうと、それが愛情何だって思ってた」

 正誤はわからないけれど、それはとても尊い気持ちだと思った。

 正しいと思うとは言えない。白藤の気持ちには答えられないから。

 誤ってるとも言えなかった。たぶんそうされたら俺は幸せだったと思うから。

「どうして違うと思ったの?」

「昔の大地の話を雫ちゃんから聞いた」

「……そっか、雫は記憶喪失何かじゃなかったんだね」

「違うよ。少し前に思い出したんだ。それで、聞いた」

「何を?」

「大地がどれだけ雫ちゃんを好きだったか、雫ちゃんがどれだけ大地を好きだったかをだよ」

 白雪の刃が引き抜かれ、また走る。

 きっとこれまでで一番鋭い。だけどヴィランの箱の力を得た俺からすればまだ避けられる。

「桃道院白雪!」

 これは避けられなかった。

 気づけば袈裟切りにされ、血が噴き出す。

「絶界!」

 雫の声がして、俺は七色の箱に囲まれた。

 親父の助言を聞き入れたのか、それとも異なる技なのかそれに逃げ場はなく。

 俺は七色の空間に浮かんだ。

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