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たった一人のヒーロー  作者: ちゅん
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33話-桃道院白雪-

口づけをしてきた雫はそのまま俺へと倒れ込んだ。

 身体に起こった異変は二つ。

 一つは怠さがなくなった。

 二つ目は、俺が着ていた雫の装束がなくなり、そして自分の中にあった暖かな力も消えた。

 怠さがなくなった理由はわからない。雫が治癒系の能力を持っているとは思えない。

 暖かな力がなくなった結果はきっと、俺がそうしようと思っていたことをもたらしてくれたはずだ。


「白藤、お爺さんのところへ」

「大地――?」

 即座にMr.と白藤の間に立った。

 そのままMr.の腕にしがみ付く。

「ハッハー。無茶をするね」

「油断も隙もないですね」

 しがみ付いた両腕がそれだけで痛んだ。

「凝着」

「どんなトリックだい?」

 Mr.の声に、初めて焦りが滲む。

「この身は怪しき者なり」

 スーツが変形し、装束となる。

「第二ラウンドに入らせてもらいます。親父、雫を頼む」

「あいよ」

 恵まれていると思う。

 皆俺を信じてくれて、失敗をしたらフォローもしてくれる。

 それでいて俺をもう一度信じてくれる。

 親父は雫を抱き抱え、透明化した。きっと鋼龍号まで戻ってくれるはずだ。

 白藤は崩れたヒーロー協会を目指し駆けている。

「失敗したかな」

「どうですかね。切札はもう使ってしまいましたし」

「わかっているだろうに。案外性格が悪いのだね、君は」

「純朴さはあの日に置いてきました」

「あの日の君たちには千人分の命の価値があったかもしれないね」

「それでもあなたは千人を助けますよ」

「違いない」

 Mr.はもうほとんど体力を残していない。

 反対に俺はかなりの体力が戻っている。

「ピンチだね」

 きっとMr.を倒したいのなら今日この場を置いて他にはないだろう。

 だから来るかもしれないとは薄々思っていた。


「お久しぶりですお爺様。もっとも以前よりは感覚が短いですが」

 リ・ジャスティスは純白のコスチュームを翻している。

「引っこ抜くくらいじゃ、ダメだったんだね」

「……けひっ。ばれちゃったか」

 他にレディ・ジャスティスがヴィラン側に付く理由が思いつかなかっただけだ。

「いやね、本当は根付かなかっただろうさ? でもこの女の治癒能力のおかげだろうねえ、根付いて芽どころか花まで咲かせてくれたよ。ヴィランの芽もおかげさまでだいぶ進化した。君には感謝だMr.ジャスティス、それに大地君」

「その人の顔で、そんな面するなよ」

「いいねえ、その顔。大好物だ」

 異世界人で守るのは白藤とお爺さんだけ。

 恩だって仇で返す。それだけの覚悟をしたつもりだ。ふと閃いたのは偶然に過ぎない。

「ふむ、つまり君は私の孫ではなくヴィラン帝だと」

「察しがいいじゃないかジャスティス。君もしかして脳筋じゃないの? どうでもいいけどね、よくもこれまで邪魔し続けてくれた。感慨深いよ、君を殺せる日がやって来たんだ」

 ヴィラン帝が指を鳴らすと七体のヴィラン、二十はいるヒーローたち、そして。

「「「………………」」」

 物を言わぬマサトと水鏡と華が現れた。

「あまり調子に乗らない方がいいよお大地君。君が倒した出来損ないの複製と違ってオリジナルだ。複製も苦労したけどそれよりももっと大変だったよ、この三人の調整はぁ」

 倒した方が複製だった。

 ならきっともう一度やり直せる道も考えられたかもしれない。

 だけど俺はもう決めている。決めた未来に皆の姿はなかった。


「輝けブリリアント・ハート」

 Mr.の短い言葉にブリリアント・ハートが応えた。

 力を与えるというよりMr.の体力を回復させたように見える。

 ただ、それでも先ほどよりも全身の輝きが鈍い。

「けひっ、悪あがきはみっともないよスーパー・ヒーロー」

「足掻き続けるのがヒーローの勤めだ。そして誤解しているなヴィラン帝。私はこの場にある全ての困難に打ち勝つ。足掻いているのではない。ただ勝利を掴むために歩むのみだ」

「カッコいいこと言うじゃないか。もっとも、実現不可能だから結果的にはカッコ悪いことこの上ないけどねえ」

 ヒーローたちがまずは俺たちを囲んだ。

 一応皆高ランクだろうが、俺たちにとっては取るに足らない程度だった。

「ちなみにそのヒーローたちはヴィランの芽を植えつけられただけの憐れなひが――」

 ヴィラン帝が言い切るまでにはその全てがMr.の手によって倒された。

 敵として相対しなければ、それほどまでに集中していなければ見えない速度なのだと知る。

「死にぞこない風情がやるじゃないか」

 このまま見ていても漁夫の利は得られそうもない。

 ならこの場を収めてから改めてMr.との決着を着けるべきだろうか。

 ヴィラン七体は俺が粉砕した。

「末恐ろしいね。敵として見ていないと君の姿は見えないよ」

同じ評価がMr.の口からこぼれる。

「け、けひひ。いや、けひひひひ。本当に煩わしい相手だよ。初めから使うべきだった」

 言い終わりに、マサトと水鏡がMr.に。

 華が俺へと襲い掛かって来た。


 華の拳を湿った肉塊が覆っていた。

 重変身によって生じたグローブなのだろう。

 投石は石が砂になった。

 やはり何らかの能力が付与されているようだ。

 だけどそんなものに当たるほどお人好しじゃない。

 一撃を華が放つ度に五度殴りつけた。

 崩れる華の首を掴みあげ、あばらを砕く。

「うぐ、う、あ」

 物は言えなくとも呻き声だけは上がる。

 絶壁を何度も使用していたが、そんなものに意味はなかった。

 水晶の防御は複雑な制御が必要なのだろう、一度も使用していない。

 だけど使用したところで無駄だったろう。

 横目で確認すると向こうも似たような感じだ。

 Mr.の前に、ボロ雑巾のようになった二人が転がっている。


「何故だ、何故。傑作のはずだ。私の帝国をもう一度、この世界で」

 ヴィラン帝が後ずさりするのを俺とMr.の二人が前進して追う。

 一歩下がれば一歩進める。

「け、けひっ」

「ヴィラン帝、君の時代は終わったのだよ」

 Mr.の全身の輝きがやや強くなった。

「今度は塵一つ残さん」

 ジャスティス・ブレード。今度は全方位だろう。

 マサトも水鏡も華も、そしてヴィラン帝、レディ・ジャスティスも皆消し炭になるはずだ。

 俺だって無事じゃ済まないかもしれない。

 身体をMr.とは反対に向け、駆ける。跳び退ったくらいでは巻き込まれるかもしれなかった。

「ジャスティス・ブレードぉぉぉぉぉぉ!!」

 閃光が周囲を照らし、物の影が一つもなくなったようだった。

 一度見たそれよりもよっぽど派手さがある。念動機雷を浮かばせ、衝撃に備えた。


 しかし、その衝撃が一向に来ない。振り返ると、Mr.の周囲には七色の壁が生まれていた。

 そしてその壁の上に雫が降り立つ。

「何で?」

 俺の問いに応えてくれる存在はいなかった。

 親父は何をしているんだと思わず悪態を吐きそうにまでなる。

「お願い、桃道院白雪。今この瞬間だけでいいの。だから、力を貸して」

 声の主は宙を浮いていた。改造されたコスチュームが白い光を無数に放出し、落下までの時間を大幅に伸ばしている。

「おお、まだ君たちがいたか! ヴィランの芽がようやく根付いたか!」

 ヴィラン帝は泡を飛ばしながら歓喜の声を上げた。

 状況は最悪だ。

 あの二人がヴィランの芽に取り込まれていたら、俺は何も出来ない。


「大丈夫だよ、大ちゃん」

 その呼び方、笑い方に涙が流れた。

 今この状況にまったく相応しくなくて、愚かしくて、今Mr.や誰かに攻撃されたらそのままやられてしまいそうだと考える妙な冷静さ。

 ごちゃ混ぜの感情がどんどん溢れてくる。

「泣き虫だなあ」

 ほっとけ。昔は雫の方が泣き虫だったじゃないか。そう口を動かそうとしてやっぱり動かない。

 気づけばヴィラン帝が七色の光に覆われている。隙だらけだったのだろう、俺を襲おうとして雫に捕らわれたらしい。

「何故邪魔をする!?」

 ヴィラン帝の叱責に誰も反応しない。

「お願い、桃道院白雪」

 もう一度その声が上空から聞こえ、そして。


 刃が鞘を走る音がした。

 どれほどの名器であればここまで美しい音色を奏でられるだろうか。

 俺が聞いたどの楽器が奏でる音よりも耳に馴染むその音とともに耳障りな断末魔が轟く。

「「「「がぎごご、ぐげ、千年、千年生きたこの、わた、ぐげげげ」」」」

 ヴィランの芽を受けた者たち全員の口から同じ言葉が紡がれ、地面が揺れるようだった。

「大地、Mr.も、皆をポッドの中へ! 鋼龍号の中にあるポッドならまだ間に合う!」

 白雪が唇を震わせながら、そう告げた。

 その目には涙を浮かべつつ、俺を真っ直ぐに見ている。

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