32話-異世界人の頂点-
ブリリアント・ハートの起動と共にMr.の圧が大気を揺らす。
きっと手加減している余裕はなく、お爺さんを救出する時間的な問題もある。
背部からは念動機雷、腕からは縄。肩と腰からドリル付連節剣、足からは伝導。
「まさか怪人六将全ての力を使えるのかね? やはりすごいな君は!」
念動機雷は腕を振るった衝撃波で誘爆させられる。
縄は巻き付いた先から膂力で引き千切られた。
ドリル付連節剣は接続部分を手刀で断たれる。
雷撃は気合一閃で散った。
「あなた程じゃありませんよ」
拳が迫れば遅れて突風が吹く。
右の拳を避けた先から左の拳が追う。
蹴りを防げば押し込まれた方向へ転がる。そうでなければ怪人化したスーツですら砕けそうだ。
「強いね」
「あなたこそ」
まさかここまで強いとは思わなかった。
引き分けに持ち込めると調子づいていた自分を殴ってやりたい気分だ。
「百五十年前に怪人たちと戦っていてよかった」
「たとえ今回が初めてでも対処したでしょう?」
「それはそうだよ。私はヒーローだからね」
Mr.の知らない、俺だけの武器を出し惜しみしている余裕はなくなった。
「俺にとってはヒーローじゃなかった」
「そうだな。あの時私は君を見捨てろと指示した。無論謝るつもりも悔いるつもりもないがね」
あの時のMr.の判断は皆のヒーローとしては正しかったと理解している。
俺たち二人を助ける間にヴィラン帝が何人殺すか、そう考えればMr.としては俺たちを見捨てるしかなかった。レディ・ジャスティスの独断を許しただけでもMr.にとっては失策という思いだろう。
「皆のヒーローとしてはそれでいいと思います」
「大地君、君は救われなかったことでヒーローを恨んでいるのか?」
そんなつまらない感情なんかじゃないはずだ。
「レディ・ジャスティスが救ってくれました」
俺も雫も、レディ・ジャスティスがいなければ死んでいた。
「では私個人に対し?」
「いえ、わかってますから。あなたは百人を救うため、一人を見殺しにする。それが間違っているとも思えません。俺はただ、事の発端を生んだ異世界人の存在を許すつもりがないだけです」
「この世に悪が栄えていなければ私たちは要らなかった」
「違います。悪が栄えていても自浄作用さえ生めばそれでいいんです」
「それが、私たちだ!」
二メートルは超える大男が信じられない速度で眼前まで来る。
「あなたたちは劇薬だ。百五十年前の現界人たちは自浄を怠って薬に頼ったに過ぎない!」
左右の手の装束が焼け落ちる。そこから生じたのは双剣だ。
Mr.の振り出した腕を左右から挟み込み、切断。
「……サイコブレードか。それも私の腕を断つことが出来るほどの。それほどまでの技術・精神力を持ち、何故道を誤った」
「間違ってません」
Mr.は落ちた腕を拾い、切断面を合わせた。
寒気がして左右の剣を走らせたその瞬間。
「ハッハー! 勝つぞぉぉぉぉぉぉ!!」
Mr.の周囲の大気どころか大地が揺れる。
そして本人は金色に輝き、落ちた腕はくっ付いた。
「私はヒーローだ大地君。必ず勝って皆の前に立たなければならない」
さっきよりも強くなっただろう。
その目が、体躯が、金色に可視化された精神力がそれを物語る。
「それでも俺は負けません」
「いや、勝とうとしない君では私を倒すことなどできはしない」
残像が残る速度でMr.の拳が、肘が、膝が、足が攻め寄ってくる。
白藤とお爺さんとの修行がなかったら絶対に避けられなかっただろう。
「よい眼だ! しかし君たちのように私にも切札があると思わなかったかね!」
ハッタリだ。切札はブリリアント・ハートのはずだ。
「これが数多の異世界で悪を滅した私の剣だ!」
背筋に冷や汗が流れた。
その瞬間後ろに下がろうとし。
『漫然と引くでないわ!』
お爺さんの声が聞こえた気がした。
「ジャぁぁスティスぅぅ、ブレぇぇぇぇドぉぉ!」
Mr.のサイコブレードだ。
俺みたいに装束の補助もないだろうに、それは本当に感じられた。
可視化されている精神エネルギーも剣の形状を取り、それがハッタリ何かじゃないと証明する。
距離を取るのではなく詰めた俺の背後数十メートルで、ヒーロー協会は、二階部分が消滅し、上階が一階を巻き込みながら垂直に崩れていく。
Mr.の胸に俺のサイコブレードと拳が触れる。
じんわりと血が流れ、俺の拳を濡らす。
「これが俺の切札です。我願うは青空なり、我望むは晴天なり」
装束が光の粒になる。
残ったスーツが砕けた。
そして、拳の先からそれらを維持していた全エネルギーが放出される。
Mr.の胸を、背中を突き抜け、空へと勢いを落とす暇もなく走った。
雨雲が霧散し、あとには青空が残る。
俺もMr.も同時に膝を着いた。
「ハッハー。タダヒロと同じところを撃ちおって」
額は喀血の衝撃を感じとり、耳は背後の地面に吐かれた血の音を捉えた。
余力を残している暇はなかった。全身が怠く、今は動けない。
「だが、残念だったね大地君。私の、勝ちだ」
Mr.が立ち上がり、俺は地面に崩れる。
「まだ動けるんですか」
「必ず勝つと、そう言った。もっとも、君の切札が私の右胸に撃たれていたらまずかったがね。左は既にタダヒロに潰されていたよ」
ブリリアント・ハートが右胸でMr.を生かしていたのか。
それに思い当たっても俺はもう指一本動かない。
「神衣憑依」
口にしたのと同時に、拳の拉げる音が響いた。
「忘れていたよ」
それから隔絶が一瞬にして消えたのがわかった。
きっと例の眼だろう。
いったいいくつの力をMr.は持っているのだろうか。
「君の、負けだ」
負ける訳にはいかない。
死ぬ訳にもいかない。
多くを巻き込んで、多くを殺した俺がこんなところで諦める訳にはいかない。
力の入らない全身を起こそうとするが震えるだけで実にはならなかった。
「さらば――むう」
誰かが仰向けにしてくれた。
その視界いっぱいに雫がいる。
「大丈夫?」
視線をずらせば白雪をMr.の腕に通した白藤。
Mr.の腕に連節剣を巻きつけた親父。
「大地は殺させません」
「悪いな、Mr.ジャスティス。親バカなんでね」
「第二ラウンドは、君たちにとって分が悪いぞ?」
皆ではMr.には敵わない。
見る間にやられてしまうだろう。
「ごめんね、白ちゃん。それから大地君、皆を守ってね」
何を言っているんだ。そう問う前に、雫はその唇を俺のと合わせる。
身体の中から大切な物を失う、そんな喪失感が生まれた。




