23話-過去・2-
雫はプレゼントを抱き、俺はその雫を抱き、そして姉ちゃんはその俺を抱きしめていた。
かっこ悪いことに声が出ない。
「二人とも大丈夫だった?」
「ありがと、ございます。小春さん」
「うんうん、二人とも泣いてなくて偉いね。それに引き替え……」
周りはぎゃーぎゃーとうるさかった。どたばたと走りまわってる。
「ヴィランが出たぞー」
そんな声がして、それからゆっくりと静かになっていく。
足元に泥沼みたいなのが出てきて皆それに飲まれていった。
「クレイ・マン? どうして? ゲート・マンは何をしてるの?」
姉ちゃんのその言葉の意味はわからなかった。
でもヴィランと聞いたらすぐにすることは決まっている。
「雫、シェルターに急ぐぞ」
「うん!」
せっかく走り出したのに俺たちは姉ちゃんに掴まれた。
「何すんだよ、ヴィランが出たらシェルターに行かなくちゃいけないんだぞ」
「不用意に動くとクレイ・マンが助けられないよ。心配しなくてもさっきの泥沼はヒーローの特異能力で助け出されただけだから」
「うう」
確かに親父からもヒーローの助けがある時は自分で何とかしようとしないで頼れって言われてる。
でも待つというのは結構辛い。いつまたさっきみたいな地震が起こるかわからないんだ。
地震は、怖い。
そんな情けないことを考えていたら、繋いだ手から震えが伝わってきた。
ヴィランに反応してるんだと思う。
「大丈夫だ」
手を強く握ってやると、雫は少しだけ表情を和らげた。
足元に泥が生まれる。ちょうど二人分ほどの大きさだ。
「姉ちゃんも詰めれば入れるんじゃない?」
「たはは、男の子だねー。大丈夫だよ私は。次で逃がしてもらうよ」
姉ちゃんは何てことないと手を振っている。
少しだけ足元が沈んで、そして、そこで泥沼が消えた。
何かが割れるような音がしたと思う。その後、泥沼は消えてしまった。
そしてまたデパートが揺れる。
「うそ、やられたの? サポート役がやられるとか皆何してんの!?」
何かまずい雰囲気だ。
「くっ、大地君雫ちゃん、一緒にシェルター向かおう」
「わかった。姉ちゃんも子供なんだから無理すんなよ」
「――へ?」
姉ちゃんが足を止めたせいで先行する形になった。
慌てた姉ちゃんがまた俺たちの隣に並ぶ。
「大地君、私君たちくらいの子供もいるお母さんなんだけど」
「うそつけ。いつも制服着てるじゃん」
俺たちを先に逃がすためか何か知らないけど大人ぶってる余裕はないだろうに。
「いや、着てるけどさ、あれ、教官服だぜ?」
「あっそ」
「たはは~。信じてないね? まあ若く見られてるってことで良しとしよう。それじゃこのまま隠し通せる訳じゃないしお礼代わりにいいかな。ふっふ~、刮目せよ。変身!」
純白のコスチュームだった。とてもきれいなそのコスチュームを翻しながら、姉ちゃんが言う。
「無理だってするさ、何ていったって私はヒーローのレディ・ジャスティスだからね。ま、まあまだBランクの上に非戦闘員だけどさ」
「ダメじゃん」
姉ちゃんががっくりとうなだれながら走るが、正直心は軽くなった。
エレベーターは危ないからと階段を使う。八階から下りるのは結構大変だけどしょうがない。
「雫、こけんなよ」
雫の手を引っ張り過ぎないように加減して走る。
「うん」
振り返った時だった。下りてきたばかりの階段の上、踊り場に何かが壁を突き破ってやってきた。
「ぐっ、最強の名は伊達ではないな」
ヴィランだ。カブトムシみたいに堅そうなスーツのマスク部分の光が細い線を描いている。
その線が点になって、俺たちを見た。
「くはは、逃げ遅れた人間がいるじゃないか!」
ヴィランがゆっくりと俺たちのところへ近づいてくる。
「私もいるけど、ね!」
ヴィランからは死角だったろう。姉ちゃんの見事な蹴りがその顎先に刺さる。
だけど、そのヴィランは微動だにしなかった。
「何かしたか、ヒーロー?」
「大地君、雫ちゃん、先行って!」
躊躇わなかった。
俺たちがいたら邪魔になる。
でも頭の中では姉ちゃんが非戦闘員だと言っていたことがぐるぐるとまわる。
破壊音が頭の上からする中、無我夢中で走った。
途中何度か振り返って雫を見ると顔が真っ青だ。
「大丈夫だ」
「うん」
二階まで着た。後は一つ。
そこで大きな地震がまた起こった。これまでで一番強い。
ぱらぱらと壁が剥がれて、そして。
頭の上の階段が崩れてくる。
とっさに雫に覆い被さった。




