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たった一人のヒーロー  作者: ちゅん
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20話-当日-

 万年桜。異世界から持ち込まれたという離れの軒下に生えている桜だ。

「かか、いい酒じゃ。白藤、つまみが足りん!」

「も~、何かいいことでもあったの?」

 白藤は本宅と万年桜の間をもう何往復もしていた。

「手伝うよ」

 雫も一緒になって白藤の料理と、その配膳を手伝っている。

 元々要領のいい子だった。今では白藤曰くいつ嫁に出しても恥ずかしくない料理の腕を持っているそうだ。

 実際雫が作ったという卵焼きはとても美味しかった。

 一年の頃、調理実習の時間に作った弁当で争奪戦が起こった。

 その製作者である白藤の力量にも劣っていないと思う。


「飲み過ぎ食べ過ぎじゃないですか、Mr.との戦いで戻しても知りませんよ?」

「構わん、白藤の全レパートリーを口にするまでは止められんわ!」

「……死ぬつもりなら、俺がMr.の相手をしますよ」

 実のところ、Mr.とProf.の力はややMr.に軍配が上がるはずだ。

 十年前のヴィラン帝との最終決戦に、Prof.は参加出来ていない。

 ヴィラン帝の右腕と呼ばれたヴィランの決死の一撃を前に、瀕死の重傷を負ったのだ。


「お主ならヒデオを倒せると?」

 そしてそれ以上に相性の問題だ。俺はMr.にほとんど自分の技を見せていない。

 反対に、長い付き合いだというProf.の能力の多くはMr.の前で発動しているはずだ。

 同じ能力が二度は通じないMr.の特異能力を前に、その差は大きすぎる。

「少なくとも俺の方が勝機は多いですよ」

「かか、言いおるわ!」

 大きな杯にとくとくと酒を注ぎ、それを一気に煽る。

 赤ら顔はこれまでで一番ご機嫌に見えた。


「飲め」

 お爺さんの手で大きな杯にもう一度酒が注がれた。

「飲んだ事ないので」

 いざという時動けなくなっているような事態は最悪だ。

「飲む振りだけでも付き合っとけ。舐めるだけでいいんだよ、こういう時は」

「珍しいな、親父がそういうこと言うの」

「機会がなかっただけだ」

 少し舐めた酒は苦かった。ただどこかで感じたことのある香りがする。

「白藤という酒じゃ。美味かろう?」

「そんなに白藤が大事ならお爺さんも一緒に逃げて下さいよ」

 ヒーロー協会本部に秘匿されている装置を使えば異世界へと渡れる。その装置のありかをお爺さんは知っているはずだ。

 そして無限にある異世界へと逃げればおいそれと追って来ることもないだろう。


「かか、なんじゃい、寂しいのか? 愛い奴め!」

 白藤のためにと言ったのに聞いちゃいなかった。

「はいはい、寂しいですよ。だから逃げて下さいよ」

 冗談めかしたけど本心だった。だけどそれは拒絶される。

「それは無理じゃ。ヒデオとの約束でな、儂がこの世界から離れることは二度とない」

「守る必要性がありますか?」

 Mr.は殺しにやってくる。そんな相手とした約束何て、守る価値があるのか。

「ある。のう大地、お主はヒーローとは若くたくましい男だけがなるものと思っておらんか?」

「そんなことはありませんよ。実際他のヒーローたちだってMr.を敬っていますし」

「そうか。ならば儂の好きにさせい。儂もヒーローじゃ。年老いても、みすぼらしい姿になっても、それでもヒーローじゃ」

 歳は取っている。だけど、みすぼらしくなんてない。

 お爺さんは親父に劣らずカッコいいと思う。


「お爺ちゃん、Mr.が来たよ」

 白藤と雫が料理の乗ったお盆を持ち、Mr.を連れだってやって来た。

「やあタダヒロ」

「うむ。ヒデオ、飲め」

「私は下戸なのだがね」

「何が私に下戸じゃ、気取りおって」

 肩を竦めたMr.は杯を受け、一気に煽った。

「ところでMr.何しに来たんですか?」

 白藤は評議会で話し合われた内容も知らないし、お爺さんの予測も耳に入れていないのだろう。

 そうでもなければのん気に料理を作っている訳がない。


「世界の敵と戦うこととなった。その前に、ね」

「ヴィランたちの本拠地がわかったんですか? 私には声が掛かっていませんけど……」

 白藤はAランクヒーローと遜色のない腕を持っている。

 普通に考えればヴィランたちとの最終決戦に呼ばれるだろう。

「相手側に華たちがいるからですか?」

「いや、そうではないよ」

「なら何で私には――」

「相手が儂と大地だからじゃよ」

 瞬間、万年桜の花が散る音までが聞こえてきた。


「嫌だな、お爺ちゃん。そんな冗談、面白くないよ」

 白藤がMr.とお爺さんの間で目を往復させる。

「残念ながら事実だ、白藤君。タダヒロと大地君はヴィラン帝の芽をその身に受けたとヒーロー協会側は断定した。その意味は学年主席の君だ、わかるね?」

「おかしい。そんなのおかしい! 大地の家を壊したのもそう。大地のお父さんがいたかもしれないのに問答無用で壊せとか命令して来たし、ヴィラン帝の芽を受けてるのは協会のおじさんたちの方なんじゃないの!?」

「そうかもしれん。だけど、証拠がないのだよ。証拠がない以上、彼らは最高評議会員で、私は彼らの決定に逆らわん」

 逆らえば、それはもうMr.ジャスティスではない。

 組織としてのヒーローが終わる。

「Mr.とお爺ちゃんが作った組織でしょ! おかしくなったと思うなら正すのが創設者の責任じゃ、ないんですか――っ、――それに、幼馴染なんですよね?」

「白藤、お主はもう少し感情を抑える術を学べ」

「こんな時に淡々と何てしてられないよ、したくないよ」

 その目からは大粒の涙が零れている。

「Sランクヒーロー五名が既に取り囲んでいる。逃げようとはしないでくれたまえ」

「彼奴らがヴィランの芽を受けておればさすがに大地たちは行方を阻まれるかの」

「いえ、逃げ切ります」

 俺の言葉に、Mr.が片眉を上げた。

「万に一つ、ありえるかもね」

 そして、Mr.は箱を取り出す。

「かっ、使う気か?」

「仕方がないだろう? この十年、いや五十年。現れなかったのだ」

「じゃからお主がもう十年続けると?」

「うむ。それ以外に方法があるかね?」

「大地の目指した世界があろう」

「百五十年前の悲劇を繰り返すと?」

「思えばあの頃、儂らは間違えたのじゃろう。異世界人の出る幕ではなかった」

 箱の中から、光り輝く宝石が取り出された。

 それはきっと、お爺さんに出会うまでの俺が欲しがった物だ。

「地球人が流す血は減ったよ」

「異世界人が地球人に流させる血は新たに生まれたがのう」

 Mr.が宝石を握りつぶしたその瞬間、Mr.の威圧感が増した。


「白藤ぃ!」

 お爺さんはそう呼んで、二本の刀を白藤に投げて寄こした。

「貸せい!」

 躊躇ったのは一瞬で、白藤は目元を拭うと腰に携えていた細白雪を投げ返す。

「うむ」

 満足げに頷くと、Prof.は細白雪を抜く。

「親父殿に雫嬢、それに白藤、そしてお主自身。守りきれるか?」

「神衣憑依」

 またこの装束、雫の力に頼ることとなる。

「違うの、大地。それではない。逃げるのではない、守るのじゃ」

 隔絶なら皆を守りながら逃げられるはずだ。

 親父へと視線を向けると、俺と同じように首を傾げていた。

「守るというのはな、こういうことを言うのじゃ。変身」

 光が生まれ、晴れた後には、白藤のとどこか似ている白いコスチュームをまとったProf.がいた。

「おいおい、凄まじい力だな。ブリリアント・ハートの力が霞んで見えるぞ」

 Mr.が白い歯をむき出しに笑う。

「お主がそれを使った時のため、それだけに備えて修行してきたわ。五十年振りの変身じゃ」

 Prof.の瞳が怪しく輝く。

「行け、大地、白藤」

 俺は親父を抱え、白藤は雫を抱え、その場から飛び出す。

 振り返ると、Mr.とProf.が一進一退の攻防を繰り広げていた。


「行かせん、ヴィランめ!」

 Sランクヒーローたちが俺たちの前に立ちふさがる。

「大地」

「隔絶であいつら全員閉じ込める」

 言うより早く、既に隔絶を張ってある。

 しかしその隔絶が砕けた。

 Mr.の方へ振り返ると、その右眼が金色に光っている。

 知らない能力だ。


 隙を突かれ、橙色のコスチューム姿のヒーローが俺に迫っていた。

 隔絶で盾を生み、そいつが腕から放出した火炎放射を防ぐ。

 熱も何も感じることはないが、すぐに他のSランクヒーローも集まってくるのが見える。

「白藤!」

「大丈夫、雫ちゃんも無事!」

 白藤は緑色のコスチューム姿のヒーローと一合だけ剣を合わせ、それから跳び退っていた。

「白藤はヒーローだろうが!」

「Prof.ジャスティスの行けという命令を聞いた。ヴィランでなければ出来ない芸当だ」

「ばっかじゃないの!」

 白藤に完全同意だ。

 隔絶での幽閉は破られる。この姿で誰かを傷つける訳にはいかない。

 それに孤独よりも、恐ろしいものが俺にはある。

 そして、もうヒーロー相手に遠慮する必要もない。


「甘い夢を見てたよ」

 少しだけ夢から覚めて悲しく思った。

「凝着」

 神衣憑依を解き、俺はそう唱えた。そこから繋がる。

「この身は怪しき者なり」

 ヴィランのスーツに覆われていた俺の本当の装束があらわになった。

「なんだ、その姿は!?」

 Sランクヒーローでも見たことがないだろう。

 この世界で俺と親父と、Mr.とProf.のみが知っている。


 肩から伸びる連節剣で行く手を阻むSランクヒーローを撃墜した。

「行くぞ、白藤」

「う、うん」

 幸いにも白藤は取り乱すことはなかった。

 前は大慌てだったけど、それも随分前の事に思える。


 急いで進むが、それでも背後からヒーローたちは追い続けてきた。

 背中の装束を開き、無数の念動機雷を向かわせる。

「なんだ?」

 その声が耳に届いたのと同時起爆。

 背後で連続した爆音が轟く。

 最後まで追ってくるヒーローがいた。

 右腕を相手に向け、発射。

 何本もの縄を巻きつかせ。

「ぶっ飛べ」

 そのまま思いっきり縄を引き、放り投げた。

20話まで何とか書けました。かなり迷走して来た気がしないでもないですが頑張ります。たぶん8万文字辺りで完結するのではないかと思います。最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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