16話-目覚め-
目が覚めると、雨が降っていた。
それだからか辺りはわずかな雨音を除いて、静まり返っている。
日曜日だから目覚ましが鳴ることはなく、いつもよりも少し寝坊をしてしまったようだ。
お爺さんから借りた和服を着て、障子を開くと庭木が雨粒で化粧をしていた。
何かが起こる。そんな気がした。
雫が眠り始めた日も、回復の兆しを見せた日も、強い雨が降った。
今はまだ弱い雨だが、これから強くなりそうな空模様だ。
和傘を手に取り庭に出る。
医務室で寝泊まりしている親父と雫のところへと足を運ぶ。
湿り気を帯びた玉砂利を踏みしめていくと、段々と不安が沸き起こってくる。
「大地」
「おはよう、親父。どうかした?」
あの日、レディと俺の前に姿を現した時の顔だ。
自分の顔が引きつっているのがわかる。
「落ち着いて聞け」
目を、耳を塞ぎ座り込んでしまいたかった。
唾を飲み込むことが難しく感じる。
「記憶喪失だ」
和傘を放り投げ、駆けだした。
視界がぼやけて、息苦しくて、胸が苦しい。
駆けて、より速く足を運んで、そして辿り着いた医務室の障子を開け放った。
涙と雨のせいで曖昧になった視界でも、絶対に間違えようがない。
「大地、おじさんから聞かなかったの? 雫ちゃんが混乱するかもしれないから私がまず話を――」
ゆっくりと足を進めたつもりが、もつれ、転んだ。
鼻を打って、また違う意味の涙が浮かぶ。
感情が溢れすぎてわけがわからなくなった。
膝を着いたまま俯いていると、影が俺を覆う。
「大丈夫?」
優しい手つきで俺を上向かせると、そのまま涙を拭ってくれた。
その視線の先、そこには雫がいる。
澄んだ瞳の中に、みっともない男がいた。
そしてまた何もかもがはっきりと見えなくなる。
だから俺は雫を抱きしめた。
「しず――し――」
しゃくり上げているせいで上手く名前が呼べない。
「うん」
記憶喪失のくせに、いきなりこんな男に抱きしめられてるくせに、その声はどこまでも優しい。
「雫」
「うん」
名前を呼んで、雫が短く返事をする。
そんなやり取りを繰り返した。




