15話-こうして日常は過ぎていく-
白藤の家のお世話になり始めてから十日が過ぎた。
そして今日も俺は白藤と対峙している。
「せっ!」
細白雪が少し前まで俺の腕があった場所の空を切った。
そして手元に戻る細白雪の動きに合わせて白藤の腕を取る。
「そこまでじゃのう」
Prof.が告げた終了の合図で俺は手を離した。
白藤を相手にするのはいい。
しかしこの後が憂鬱だった。
「それでは次は儂の番か」
このお爺さん、実にノリノリである。
和装の上半分をはだけさせ、上半身を裸身にしてから軽く素振りを行う。
その素振りが軽く振っているのに刀身は白藤の全速に近い速度で走る。
またその音が余計な物は斬らないというように静かなのが末恐ろしい。
「Prof.」
「ちと待て。もう少し慣らす。いかんな、歳を取るとエンジンのかかりが悪いわい」
「あの、ですから」
「ええい、せっかちな奴め。童貞など白藤で捨てておけ」
この十日間でえらく気に入られたようだった。
道場で汗を流した直後の白藤に遭遇し、エロガキ呼ばわりされ追い回されたのが嘘のようだ。
もうこんなやりとりにもいい加減慣れたのか、白藤は身内の恥に顔を赤くこそすれ、大人しく正座している。
このお爺さんは雫を俺の何だと思っているのか、近頃はやたらと白藤を勧めて来ていた。
その度に俺は答える。
「俺は雫以外と一緒になるつもりはありませんってば」
「ふん、白藤は才色兼備、良妻賢母となるべく教育をして来たのじゃがのう!」
言いつつ、素振りは止めない。
しかし案外俺がこう答え続ける物だから安心して白藤を勧めているのかもしれなかった。
下手にじゃあ。などと言えばおそらくどこかは斬り飛ばされる気もする。
「うむ、これくらいでよいじゃろう。行くぞ大地」
Prof.が白雪を構えた。
細白雪よりも厚く長い刀身に全体が乳白色をした、白藤の家に伝わる三神刀の一本で細白雪の上位にあたるそうだ。
「止めませんか?」
「やりたくなければ儂を屠るのじゃな」
出来ないとは言わない。それにProf.も出来ると俺を評価してくれている。しかしそうなった時、俺はおそらく身体の半分は失っているだろう。
「行くぞ」
静かに言って、声調と同様に刀が振られた。
ギリギリ躱すが前髪が数本落ちた。昨日よりも速い。
「かか、強い、強いのう! ここまで血が滾るのはヒデオとやりおうて以来じゃ!」
振り下ろした刃を同じ速度で切り上げてくる。
避けるだけなら出来るが中々攻撃に移れない。
「遠慮はいらんぞ! こう見えてもヒデオの拳をまともに受けても死なぬわ!」
見た感じそれは嘘だろう。耐久力はとてつもなく低そうだ。
速く鋭く隙の少ないProf.の斬撃だが、何回に一回は微妙に隙が出来る。
しかしその隙も、致命的にはなり得ないのがやっかいだ。
「行きますよ」
機会が現れ、拳を振るった。
しかしその拳がProf.の腕に当たった瞬間、手応えは霧散する。
「甘いわ」
柄で拳を打たれた。
距離を取る。
「漫然と引くでないわ!」
白雪を鞘に収め、そこから一閃。
腹の皮が一枚切れた。腕の長さを加えても刃の長さからは届かない距離のはずだった。
それは例えるなら斬撃が飛んだというところだろうか。
「終いじゃのう」
再び白雪を収め、Prof.は白藤から手拭いを受け取った。
禿頭を拭いつつ、俺へと視線を向けると恒例の説教の時間だ。
「大地、お主変身してみい」
「あの、雫の力なので不用意に使うつもりはないのです、けど」
言っても無駄な顔だった。きっとやるまで何時間でも立っているつもりだろう。
「不用意にではない。必要じゃから言うとる」
「わかりました」
神衣憑依と唱え、六色の光と共に雫の装束が俺を覆う。
「ふむ、特別防御力がある訳ではなさそうじゃの。そうなると特異能力か。使ってみい」
隔絶をProf.と俺の間に生むと、Prof.は無色透明のそれを叩く。
信じられない思いをしている俺を余所に、続ける。
「なるほどの、空間を分かっとるか。ヒデオの拳でも割れなかろう。じゃからこそか」
ぶつぶつと不満そうに漏らしたProf.が新たにもう一本の刀を取り出す。
そして、居合斬り。
音は一切しなかった。
だというのに、隔絶が砕け落ち、消えた。
「こういった技を使う輩もおろう」
「今の、何をしたんですか?」
「桃道院白雪。儂の一族が代々鍛え上げて来た刀じゃ」
続きを聞かせては貰えなかった。
それはきっとこの一族の秘中ということだろう。
「お主は防御がおざなりじゃ。確かに攻撃力も高く、よい眼も持っておる。白藤の斬撃でも腕が飛ばん防御力もある。しかし強大な力に対しては何かに防御を頼っておる節を見せる」
頭にスーツのことが過った。
「何かを防ぐことよりも砕くことの方が往々にして容易い。覚えておくとよい。もっとも今のを砕けるのは世界広しと言えど儂くらいじゃろうがのう、ぶわっはっはっは!」
「ありがとうございました」
Prof.ならスーツも断てるかもしれない。
そんな相手はいないだろうと、いつの間にか慢心していた。
致命的な事態になる前に気付けて、よかった。
「うむ、汗を流すぞ。大地、背中を流せ!」
「はい――白藤、時間はいいのか?」
お爺さんが出てくるのを待ってから入浴したのでは登校時間に間に合わないかもしれない。
「本邸にも浴室はあるから」
「構わん、こっちで白藤も入れ」
「俺に背中流せって言いましたよね?」
そういうのは、ちょっと困る。
「え~と、ど、どうしよっかな~」
ちらちらとこちらを見てくる白藤。
「どう考えても本邸で入ってくる一択でしょ」
近頃の白藤はお爺さんの後押しが得られたからか、少しあざとくなった。




