13話-白藤の家に行こう-
世界から隔離された親父の研究室で、小さくなった白藤が膝まで抱え、さらに小さくなっている。
「普段なら君の行動は大地の父親として誇らしくもあり、嬉しくも思う。君のことを微笑ましくも思っただろう。が、今回に限って言えば冗談では済まされない。呼べば来る。Mr.がそういう男だとは知っているね?」
「はい、すみませんでした。嫉妬で段階を踏み外しました」
白藤を親父に任せてポッドを見下ろすと、中の液体がわずかではあるが濁りを生じているように見えた。
「親父、まずいんじゃないか?」
「まだ余裕がある。だからそんなに殺気立つな」
「この子が雫ちゃん? うわ、ほんとに可愛いし美人だ……」
責めの対象が映ったからか、白藤がポッドを覗き込んだ。
角度を変え、まるでへばりつくようにしてポッドに頬を当てると、白藤は勝ち誇るように小さく拳を作った。
「何してるの?」
「ううん。何でもない。このポッド、見た感じ浄化装置に繋がってないけど大丈夫なの?」
「よくはないかな。だからこれからどっかの病院のを借りようって大地と話していたんだ。ポッド一つ浄化装置に繋ぐくらいなら他のポッド患者にも迷惑を掛けずに出来るからね」
「お医者さんってそんなことまで出来るんですか?」
普通は出来ない。だけど親父は出来る。
それをどう上手く伝えようかと考えるが甲斐はなかった。
「おじさんはこう見えてベテランだからね。浄化装置異常で技術者と接している内に、というわけだ」
「そうなんですか? やっぱりすごいな~。うん、やっぱりヒーロー協会のおじさんたちおかしいよね。あの、おじさん、大地を連れてMr.のところに行ってもいいですか?」
「どういうこと? たぶんMr.は俺のことを敵だと思ってるよ?」
そして敵にMr.は容赦しない。今のこのこやっていけば即戦闘になるだろう。隔絶もあと何回通じるかわからないし凝着では引き分けに持っていくのが関の山だ。
「だからだよ。一緒に頭下げたげるから謝りに行こうよ。それで、ヒーロー学園に戻ろ。大丈夫、いざとなったらおじいちゃんに間を取り持ってもらうから!」
白藤の祖父。つまりはProf.ジャスティスだ。
「おじいちゃんとMr.の関係は知っているよね?」
「確か最も古い戦友、だったね」
親父が代わりに答えた。満足のいく回答だったのか、白藤の声が弾む。
「そうです。だからたぶん問答無用でMr.に襲い掛かられることはないと思います」
名案と言わんばかりに白藤が胸の前で手を合わせたが、首を縦に振るつもりはなかった。
もうすでに俺がブリリアント・ハートを継ぐことはないだろう。そうなるとMr.の近くにいるということが単に最大の敵を傍に置くだけに過ぎない。取り急ぎポッドとMr.の二件についての時間は稼げる。しかしそれだけで、後に続かない。ヒーロー協会が雫を人質に使うかもしれないという心配だってある。
それに俺は対ヴィラン戦に協力させられることになるだろう。レディたちを倒した後、めでたしめでたしとはいかないはずだ。次の脅威として俺が警戒されるのは目に見えている。
「だめだよ、白藤。俺はもう学園には戻れない」
わかってもらおうとは思わない。だから悪いけど説明する気もない。
「どうしても、だめ?」
無言で返す。決別ならそれでも構わない。
俺は白藤の気持ちには答えられないし、それならそれで白藤のためにもなるはずだ。
「わかったよ。それならおじさん、よかったら家に来ませんか?」
白藤の家ということは。
「Prof.ジャスティスの家に?」
「はい。家には浄化装置もありますし離れもありますし他の人たちもやすやすと入って来られません」
確かにMr.ジャスティスの幼馴染でSランクヒーローでもあるProf.ジャスティスに狼藉を働ける相手はそうそういないだろう。
身を潜める環境としては申し分ないが、可能だとも思えない。
「白藤ちゃん、それはProf.が許さないんじゃないかな?」
「おじいちゃんは昔から私には甘いので大丈夫だと思いますよ。それにMr.とは百五十年前からの付き合いになるとか少し呆けが始まっちゃったようなこと言っているので心配ですし、おじさんに診て貰えたらな~なんて」
あんまりな言葉だ。実のところそのProf.の発言におかしなところはない。
「どうする? 大地」
「万一の時は白藤を人質にしてたって話でどうかな?」
実際のところProf.に人質が通じるかどうかはさておき、そういうシナリオで協力を仰ぐ。
「他にいい手はないしな」
親父も賛成なら、決まりだ。
俺たちは白藤に頭を下げた。
「ごめん、お世話になります」
「全然いいよ」
白藤は晴々とした笑みを浮かべてくれた。




