Innocent-Prides (4)
"アッシェンプッテルはドレスをきて、きぬのくつをはいて、ふたりの姉のいるパーティへ行きました。しかし、姉たちはアッシェンプッテルではなく、どこかのしらないおひめさまだとかんちがいしました。それほどきらびやかな服にみをつつんで、りっぱでうつくしくおもえたからです。アッシェンプッテルはいえで灰まみれになっているから、ここにいるはずがないとおもっていたのです。"
本当にあの日、お姉さまたちは立派で美しい彼女が、妹だと気づくことはできなかったのでしょうか。
【引用元】
グリム兄弟作(大久保ゆう訳)・「アッシェンプッテル―灰かぶり姫のものがたり―」(青空文庫)・2014年4月3日最終更新・<http://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/46344_23172.html>・2014年12月10日訪問
馬車が止まり、お城の前でその扉は開かれました。馬車を降りたお姉さまたちは2人とも同じように、口をあんぐり開いたままそのお城の姿を見つめました。光り輝く王宮の、なんときらびやかで美しいこと! 豪華な宝石やドレスを見慣れ、着慣れていたはずの彼女たちにとっても、それはそれはとても美しく、華やかな世界でした。
「お嬢さん。お手をどうぞ」
「まぁ」
下のお姉さまの目の前には、一人の殿方が手を差し伸べています。その仕草に下のお姉さまは心をうばわれてしまいます。一方の上のお姉さまも、遠くから歩いてくるお向かいの家のお兄さまを見てにっこり微笑みました。
「お姉さま、では私はこちらの殿方と一足お先に」
「えぇえぇ勿論、粗相のないようにね」
「分かっております」
招待状は王子様の年齢に近い年頃の男女が対象でした、だから年齢の近い彼がここに居るのも当然です。少し前に妹ちゃんの"自慢話"をしてすっかりお姉さまの機嫌を損ねてしまっていた彼は、申し訳なさそうにお姉さまの前にやってきましたが、お姉さまはそんな昔の嫌な思い出など、既にすっかり忘れてしまっていました。
「今日も美しいね」
「まぁ、ありがとうございます」
こうしてエスコート役の殿方とお向かいの家のお兄さまの手助けもあり、お姉さまたちは無事お城の舞踏場の中へ。きらきら光り輝くシャンデリアに磨かれた床の上、お姉さまたちは来てよかった! と心の底から思うのでした。
その舞踏場の中心には人だかりができていました。見れば王子さまがにこやかにほほ笑んで、若い女性たちを虜にしています。しかし、下のお姉さまは既にエスコートしてくれた殿方に夢中でしたし、上のお姉さまもお隣にいてくださるお兄さまと踊ることだけを望んでいました。お母さまにいつも耳が痛くなるほど言われていました――「王子さまとの結婚」――でしたが、既にお姉さまたちにとってはもう重要なことではないのです!
彼女たちにとっての王子さまは「お国の王子さま」ではないですが、彼女たちにとっては王子さまに変わりはありません。お姉さまたちは王子さまとその取り巻きを遠くに見ながら、自分たちの"殿方"しか目に入りませんでした。豪華なシャンデリアの下、ハーモニーを奏でるオーケストラがかわるがわる曲を変える度、彼女たちは嬉しくなって殿方たちの手を引き、踊りまわりました。
しばらくすると辺りが先ほどとは違う騒がしさに包まれます。
「あんなに美しいお姫さまは、近くの国にいらしたか」
「あんなに美しい髪、どうしたら手に入るのでしょう」
「王子さまがあのお美しいお姫さまを見つけられたぞ!」
お向かいに住むお兄さまもその騒ぎで踊りをやめてしまったので、上のお姉さまは王子さまたちが集まる舞踏場の中心に目を向けました。そして王子さまが手を差し伸べているお姫さまを見た途端、顔を真っ青にして、だらだらと冷や汗をかき始めました。
「まるで妹ちゃんのように美しい髪と瞳をしているね」
「妹は――今日は、家で休んでいますからおりませんけれど、う、美しい髪をしていらっしゃるお姫さまですね」
彼の言葉でますます上のお姉さまは青ざめました。毎日同じ家で生活をしているのでわかります、いえ、分からないはずがありません! あのお姫さまは間違いなく妹です、灰にまみれ、お母さまが無理難題を押し付けては泣かせていた可哀想な、美しい妹です。金銀の光輝くドレスなど一体どこで手に入れたのでしょう、少なくともお姉さまたちのクローゼットの中にそのようなドレスはありませんでしたから、彼女はただただ驚くばかりでした。
「お姉さま」
泣きそうなお顔をした下のお姉さまが、上のお姉さまにすがります。
「あのお姫さまは……」
「……いいえ、あの子は違います……きっと」
上のお姉さまは彼女が妹だと分かっていましたが、あえて違うと言いました。今ここでお姫さまがあの妹だと言ったところで何が変わるでしょう。まして騒ぎが大きくなれば、"あのこと"が皆にばれてしまうのではないかと思ったのです。あの事――お姉さまたちがしている妹へのいじわる――は、良いことではないことくらい、お姉さまたちにはよくわかっています。
だから彼女たちは、妹であるそれはそれは美しいお姫さまの姿を見ても、見ぬふりをすることにしました。心の中では少しだけ"どうじょう"もしていたのです。いつも汚れまみれで部屋の中を走りまわる彼女は、少しくらいおめかししてお出かけしたかったでしょう、そういうお年頃なのですから。あのドレスが泥棒されたものでない限りは、お姉さまたちもそれを咎めようとは思わないのです。
「でも羨ましいです」
下のお姉さまがぽつり言いました。
「私たちは美しいと言われ続けてきましたが、彼女は更に美しいんですから」
「えぇ……いつも比べられて、私たちは常に格下だと言われるのは、癪に障るわね……」
でも結局、彼女たちはそのお姫さまが逃げるように姿を消した後も、しばらく彼女たちの殿方とお話をしてからお家に帰ったのでした。
家の中にはお母さまからの意地悪でいいつけられていた豆のせん別も終えた妹が、変わらぬ薄汚れたワンピース姿で横になっていました。
「そういえば、今日の王子さまのお相手はずっとずっとあのお姫さまだったわね」
「あら私の美しい娘たち、貴女たちは王子さまのお相手にならなかったの?」
「そうなんですお母さま。どこから来たかもわからない美しいお姫さまは、帰りも慌てた様子で帰っていかれてしまいました。その後の王子さまの落ち込みようったら!」
「まぁ、お姉さま方、美しいお姉さまたちが王子さまとお踊りになられなかっただなんて……残念ですわ」
「そうよ、貴女のように薄汚れていない、美しい娘たちなのに、どうして王子さまはお手を取られなかったのかわからないわよ!」
「……明日もまだ舞踏会は続くですし、今日はもう休みますわ」
「そうですわねお姉さま、今日は少し"踊り"疲れましたわ」
お姉さまたちはただお城の中にいた"なぞ"のお姫さまのお話をお母さまにした後ですぐに寝てしまいました。彼女たちも疲れていましたし、そもそももうお姫さま――美しく着飾った妹が自分よりも遥かに美しく、たいそう王子さまに気に入られていたことなど――を思い出すのも嫌だったのです。
そして何より、お姉さまたちは、妹がさも「家にずっといて、舞踏会になど行きませんでした」というような口ぶりをしていることに、腹を立てていたのでした。
少しお久しぶりとなりました。
今回の話は少しだけ私の中で気に入らない部分がありますので、また手を加えるかもしれませんが、まずは完結させるということに重きを置きたいと思います。
10人もの方々に定期的に読んでいただけていること、大変嬉しく思うと同時に恐縮です。皆さまお読みいただきありがとうございます。