表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

Snow-Blood (4)

 そう、全ては明らかになってしまうものです。

 悪事は……


"けれども、そのときは、もう人々がまえから石炭(せきたん)の火の上に、(てつ)でつくったうわぐつをのせておきましたのが、まっ赤にやけてきましたので、それを火ばしでへやの中に持ってきて、わるい女王さまの前におきました。そして、むりやり女王さまに、そのまっ赤にやけたくつをはかせて、たおれて死ぬまでおどらせました。"


グリム作(菊池寛訳)・「グリム 世界名作 白雪姫」光文社(青空文庫) ・2005年2月22日作成・<http://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/42308_17916.html>・2014年12月7日訪問



 でもそれが全て、彼女の気持ちを後世に残していたとは限らないのです。

 彼女の気持ちなど、誰にもわからないのです。




 お妃さまが心を取り戻されてからというもの、王様とお妃さまは、それはそれは仲睦まじく過ごしています。白雪姫が亡くなっても、国の民はまだ"世継ぎ"を望んでいます。お妃さまは白雪姫が亡くなってようやく、自分の平穏を、自分自身を取り戻したと安堵していました。



 でも心の奥底では、全てがいつ明らかになるか、恐れていたのです。そして彼女は鏡に毎日尋ねました。


 美しいのは私よね?

 さようでございます、お妃さま。


 この言葉を聞いて、本当に白雪姫は死んだのだと確認することが、お妃さまの朝の日課になっていました。








 ある日隣の国の王子さまが、山を越えて王様とお妃さまの治める国にやってくるという話を聞きました。お妃さまはその金色の髪を梳きながら、城の外を眺めつつ、到着を待ちました。しかし、到着するというその夜、森の中で迷子になったという知らせを聞き、お妃さまは不安で夜も眠れずに過ごしました。


 もしかしたら王子さまはあの山小屋に泊まったかもしれない。

 そこでもしも、山小屋に住む7人から話を聞いたのだとしたら、と。



 翌日、王子さまは事情があり急に隣の国に戻ることになったと報せがありました。お妃さまは何も悪い噂を聞いていないことを、そして王子さまが無事に隣の国に戻るのを祈りました。あの森はお妃さまも何度か通りましたが、気味の悪いことといったら!



 しかし、その報せが届いたと言ってからというもの、王様の顔は常に険しく、お妃さまは不思議に思いました。



 しばらくして、とうとう耐えきれなくなったお妃さまは尋ねました。





「王様、今日はいかがなさったのですか」

「妃よ、何もないのだ」

「本当でございますか?」

「あぁ、本当だ」



 お妃さまは、その愛のこもった瞳で王様を見つめましたが、それがますます王様の眉間の皺を増やしていることに気が付き、慌ててその場を去りました。廊下を歩くお妃さまは、いつもとは違う王様の様子に不安を覚えます。もしかしたら全てがばれてしまったのではないか。白雪姫を殺したことが、ばれることを恐れていたお妃さまは、すぐさま寝室に戻ると鏡の前に立ちました。



 それがお妃さまが鏡と対面する、最後の日となるとは知らずに。



「鏡や鏡、世界中で一番美しいのは、この、私よね?」

「お妃さま、貴女さまはこの国で一番お美しい」


 しかし、と正直な鏡は続けます。


「今度結婚なされる隣の国の若いお妃さまは、世界一美しい」





 お妃さまは自分の化粧台にあった結婚式の招待状を見つけ、その手紙に向けて罵詈雑言、呪いの言葉を次々と浴びせました。




 私が美しいはずなのに、なぜ隣の国などに更に美しいものがいようか。

 そもそも私よりも美しいのは白雪姫だけだというのに。




 そこでお妃さまは、気づきます。





「若いお妃さまとは……もしや」





 お妃さまはいてもたってもいられなくなりました。

 そしてそんなお妃さまの心を読んだかのように、結婚式の招待状は、その式が2日後であることを伝えてくれました。恐ろしくなって行きたくないと漏らしたお妃さまを、王様は優しげな声で慰めました。



「大丈夫だ。全て、全て大丈夫なのだから」


 お妃さまには何が大丈夫なのかわかりもしませんでした。












 馬車に揺られて、お妃さまは隣の国のお城に到着しました。馬車を降りて披露宴のある舞踏場に向かいますと、そこには大勢の人が、花婿を取り囲んでいました。彼はあの日国を訪れることなく帰国してしまった王子さまで、金色の髪は、昼間だと言うのにつけられたシャンデリアの明かりで輝いていました。



 白雪姫とはまるで違う、私と同じ髪色だわと、お妃さまは思いました。



 しかしお妃さまはそんな同じ髪色の彼の横、静かに微笑む人物を見つけました。純白のドレスに身を包んだ美しいお姫様――いいえ、若いお妃さまは、雪のように白い肌を赤く染め、その血のように赤い唇は弧を描いています。優しげに微笑む彼女の瞳は宝石の黒曜石さながらに輝き、そしてその髪は――





 あの雪の日、お妃さまがまさに願い、そして長い間愛してやまなかった、黒檀のように艶のある黒く長い髪だったのです。そんな彼女はお妃さまを見てこう言いました。




「お母さま」と。











 白雪姫の瞳からは、母親であるお妃さまを責めるような雰囲気はありません。ただ嬉しそうに、お母さま、と駆け寄った白雪姫に、お妃さまはただ動くこともできずその場に立ち尽くしていました。白雪姫は嬉しそうでしたが、周りの人間は違います、口々に隣の国の貴族は、真相を噂するのです。



「あのお妃さま、実の娘の白雪姫さまに嫉妬して、殺そうとしたそうよ」


「まぁ、森に置き去りだなんてむごいことをするわ。森の中の7人に助けられて、本当に白雪姫さまは幸運なお方でいらしたのね!」


「白雪姫さまが森の中で暮らす間も、お妃は必死に彼女を亡きものにしようとしたそうな」


「なんて残忍で卑劣なことを……」


「白雪姫さまの大好物に毒をもったそうよ」






「お母さま?」


 お妃さまを抱きしめたまま見上げた白雪姫の瞳を、お妃さまはまっすぐ見つめることはできませんでした。ただ唇を一文字に引きしめたまま、数歩前に進んだ王様の姿を見守ります。







「我が妃を、鉄の踊り場へ」












 お妃さまは、人々が退いて通路を作ったその先にある自分の運命に、ただ目を閉じました。












 真っ赤に焼かれた、鉄のハイヒール。

 置かれているのは、黒い鉄の板の上。舞踏場の中心にそれはありました。まるで見せしめの刑……いいえ、お妃さまは知っていました、既に何もかも、明らかになったのだと。




 鉄のヒールは嫉妬やねたみで凍りついていたお妃さまの心を溶かします。

 曲に合わせて踊るように命じた王様を見つめるお妃さまの瞳は、かつてのお妃さまの瞳そのものでした。






「お母さま! お母さま!」




 何も知らなかったように、実の母親の処刑を止めようとする白雪姫の、その長い髪をひと房だけ触れて、お妃さまは笑いました。涙でゆがむ視界の中、愛する娘が泣き叫ぶ姿に涙しました。


「いやです、嫌ですお母さま! 私は、私は!」








 鉄のヒールがお妃さまを焼いていく中、彼女は心優しいお妃さまに戻っていました。夢の中でみた恐ろしい顔などお妃さまはもうしませんでした。






 ただ愛する娘の髪をもう梳くことはできないことに涙していました。

 愛する王様にもうキスができないことに涙していました。





 どうしてあの時私は、"1番"を願ってしまったのでしょうか。

 今は見えぬ月を想いながら、彼女は穏やかな日々を思い出していました。










 もしもあの日。

 私を2番目でも愛してくれていますかと、聞けばよかったのです。


 もしもあの日。

 白雪姫は1番美しいとしても、2番目には私が美しいのでしょうと、問えばよかったのです。


 もしもあの日。

 馬車で白雪姫を置き去りになどしなければ。

 王様に正直に全てを伝えていれば。

 白雪姫が生きていることを素直に伝えていれば。

 白雪姫の住む山小屋まで行こうとしなければ。




 しかし、お妃さまがいくら後悔しても、鉄のヒールは彼女が倒れるまで離してはくれませんでした。

 倒れるまで、ずっと。

 ずっと……















 以上4話で、私の大好きなドイツ民話であり偉大なるグリム兄弟の描いた「白雪姫」の悪役とされる「お妃さま」目線の物語はおしまいです。これは私が夢の中で見た、お妃さま視点の物語をこうして文字に起こしてみたものでしたが、いかがでしたでしょうか。


 さて、少しだけ「白雪姫」について語りましょう。とはいっても少しだけです。たとえば白雪姫の原型は「雪白」というタイトルの意味を持つドイツ語の民話であるとか、それでも世界中に似た話が存在しているだとか、グリム童話は何度も改稿されていたり、翻訳している方によってニュアンスが若干違うだとか。そういう感じです。


 そして前書きの引用に使わせていただいた白雪姫の訳も、実はこの物語の中で完璧にその設定を採用したわけではありませんでした。それは私がこの物語を英語文で読んだり、四苦八苦しつつドイツ語版で読んでみたり、翻訳者の違うバージョンを読んだり、初版から第五版?までは読んでいたりしたため、頭の中に描かれている白雪姫の物語が、どうにもごちゃまぜバージョンになっているからです。


いくつか白雪姫に関して、トリビアではありませんが知っていることをいくつか。

①お妃さまの髪の色などはどの物語にも明記されていないこと

②白雪姫の黒檀のような黒は、版の違いによって髪を示していたり瞳を示していたりすること。

③白雪姫の血にような赤もまた、お話によってはどこの赤とは明記されていたりいなかったりすること。

④7人の小人は本来さほど重要視する登場人物ではなかったほか、ものによっては7人の人殺しになっていたり、ただ山で仕事をしているだけで明記されていなかったりすること。

⑤王様は基本的に出てこないこと。しかし話によっては白雪姫の容姿を望んだのは王様だったということ。

⑥王子様はそもそもどうしてあの山に迷いこんだのかは理由が不明ということ。

⑦あの感動的な白雪姫のシーンは説がいくつもあり、棺が乱暴に扱われたり、棺が蹴られたり、棺運びが彼女の背中をどついてみたり、などなど。そして今回の物語の中にはそれらは全く登場しなかったこと。

⑧妃の処刑方法は、狂い死ぬ、焼けた靴(鉄かどうかは諸説)で死ぬまで踊る、そしてうる覚えですが有名なディズニー映画版では7人の小人たちにより追い詰められて落雷により落ちて亡くなるなど諸説あること。


 それくらいですね。詳しくは<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%9B%AA%E5%A7%AB">白雪姫(Wikipedia)</a>にも載っているようですので、興味のある方は是非。


 この度参考にさせていただいたのは



・http://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/42308_17916.html [グリム 白雪姫 菊池寛訳 (青空文庫)]

・http://suwa3.web.fc2.com/enkan/minwa/snow-white/01.html [円環伝承 白雪姫のあれこれ(FC2blog)]

・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%9B%AA%E5%A7%AB [白雪姫(Wikipedia)]


 そして記憶の片隅に残っている様々な白雪姫に関する書籍などなど

 最終的に物語を構成しましたのは、私の下らぬ、ちっぽけな夢であります。




 長いあとがき退屈だったかもしれませんが、この機会にぜひまた、図書館、本屋、そして自宅の本棚などで「白雪姫」他童話を手にとっていただければと思います。長々とお付き合いいただきありがとうございました。またお会いできることを楽しみにしています。


 たまご(Someone's Egg)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ