Innocent-Prides (6)
“「ぼくは、この金のくつがぴったりはけるおひめさまを、おきさきにしたいです。」
(略)
まま母がみまもるなか、くつをはいてみようとしました。けれども、くつはおもったよりもちいさくて、おやゆびがじゃまして、くつがはけませんでした。まま母はそれを見て、上の姉にナイフを手わたしました。
「だいじょうぶ、切り取ればいいのよ。おきさきさまになれば、おやゆびのひとつやふたつ、どうでもいいことになるわ。あるかなければいいんですから。」
上の姉は、まま母のいうことをききいれて、おやゆびを切ってしまいました。”
親指を切るというのは大変痛く、苦しいことです。なのに上の姉はお母さまの言う通りにしました。それはきっと、とてもとても苦しいことだったでしょう。
嫉妬と罪悪感の間に揺れる、そんな上のお姉さまにとっては。
【引用元】
グリム兄弟作(大久保ゆう訳)・「アッシェンプッテル―灰かぶり姫のものがたり―」(青空文庫)・2014年4月3日最終更新・<http://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/46344_23172.html>・2015年8月31日訪問
翌日、表戸を叩く音に、お姉さま方は目をお覚ましになりました。素早く寝巻きから普段着に着替え、白粉をはたき、上のお姉さまは慌てて下に降ります。
なぜならそこには、下のお姉さまを見初めた公爵さまと、その横に並ぶ王子さまの姿があったからでした。
灰の上に横たわる妹には、くれぐれも姿を現さないよう、下のお姉さまは言いました。そして上のお姉さまを見て笑います。
「お姉さま! とうとういらっしゃいましたわ。私にはあの公爵さまが。そしてお姉さまにら王子さまが」
本当に、そうでしょうか。上のお姉さまは何も答えず、ただお母さまのいる階下に参りました。
「お母さま」
「まぁ、私の美しい娘たち。今日も一層輝いているわ。さぁ、この靴をお試しになって」
お母さまは上機嫌に、ふたりの娘たちへ靴を差し出しました。それは金の、小ぶりな靴。それは間違いなく、あの日の彼女が履いていたものだと、上のお姉さまは悟りました。
「ほら、まずは貴女からよ」
奥にある、お父さまの書斎には、大きなチェス盤がありました。その傍らで上のお姉さまは椅子を使い、靴に足を差し入れます。
「……どうせ、入らないというのに、お母さまは何もわかっていないのね」
「何か言った? 私の可愛い娘」
「いいえ、お母さま」
靴に、大きな上のお姉様の足は入りません。そんな彼女を見た下のお姉さまは恐ろしいことを呟きました。
「余計なものは切ればいいのですわ」
「え?」
「そうね! このナイフで邪魔な親指を切り取りなさい」
下のお姉さまの呟きに、驚くばかりの上のお姉さま。お母さますらもそれに賛同した時、上のお姉さまは気づきました。
私は、可愛い、清らかな妹が羨ましかったのです。でも、妹の代わりになど……
なりたくなかったのです。
私は。
物ではない。お母さまの思い描く未来を作る、まるでチェスの駒にはなりたくなかったのです。
「ほら、早くしなさい。王子さまが帰ってしまわれるわ」
「お姉さま、早く、妃になってしまってくださいな」
「わ……」
私……は。
「わ…………は、?」
「お姉さま?」
「……」
上のお姉さまを見つめる二人の瞳には、狂気すら宿っておりました。足の先、ちょうど親指のあたりに、鈍く光る刃が差し込まれ、上のお姉さまの顔が苦痛にゆがみます。
苦痛だなんてものではありません。肉をちぎり、骨を断つ。靴に足を差し入れれば、その開いたまま傷が痛み、涙が出ます。
靴下を履けば分からないわ。
妃になれば歩かなくていいのですから。
そう歩かなければいいのですから。
妃になれば。
お母さまの声は、悪魔のような響きをたたえていました。頭は痛みを伝え、足の先の大切なものがないことを伝えていました。
もう私は。
普通には、歩けない。
上のお姉さまにとってそれが、どれだけ辛いことだったのか、他の誰にもわかるはずはありませんでした。所詮家族といえど赤の他人のごとく、身体の痛みを共有することはできなかったのです。
静かに扉は開きました。心なしか赤い目をした上のお姉さまが、応接間に姿を現し、優雅にお辞儀をします。台所からその様子を見ていたらしい妹の、美しい、灰まみれの顔がゆがんでいました。
上のお姉さまはそのまま、王子さまの右手に導かれるまま、玄関を飛び出しました。
「君だったのだね」
「……」
「愛しの君、どうして口を開いてはくれないのだい」
「……それは」
上のお姉さまの声は、震え、空に消えました。馬は進み、裏庭の木のそばを、とおりました。
「ほら見なよ、王子さん、
くつの中は血だまりに。
きっと、くつは小さかった。
本物はまだ家の中」
この声は一体、誰の声だったのでしょう。
告発したその声で、上のお姉さまは王子さまから馬を下ろされ、足の検分が行われました。そして、王子さまは、その事実を知ると、途端に冷酷な眼差しをもって上のお姉さまを家に押し返しました。
上のお姉さまは、下のお姉さまの靴を履く様子は見たくもありませんでした。王子さまの声も、眼差しも、下のお姉さまに“ぞっこん”の公爵さまの同情を持った眼差しも、全てが全て嫌でした。
だから、お姉さまは外に逃げました。足はもつれ、何度も転んだその先に、先ほど不思議な声がした裏庭の木に向かったのでした。
「私が悪かったのです、神よ」
嫉妬ではなかった。
ただの羨望だった。
「でも、きっと。もう私の罪は許されない……私は長年かわいい妹を苦しめてきましたもの」
この足では、きっとお嫁さんになどもらってくれる方はいません。こんな大切なことに気づくのに、お姉さまは少しだけ遅かったのでした。
「ほら見なよ、王子さん、
くつの中は血だまりに。
きっと、くつは小さかった。
本物はまだ家の中」
その時。ふと上のお姉さまの近くで声がしました。馬車の走り去るすぐそば……先ほどの声でした。
「えっ……」
トリが。
鳩が。
歌っていたのです。
それはまるで、魔法を見ているかのようでした。
「あぁ、貴女こそが、僕のあの日のパートナーだったのですね!」
部屋の中から、王子さまの嬉しい声がします。上のお姉さまは、声の主が鳩だった衝撃と、戸惑いで、くらり、気を失ってしまうのでした。
おはようございます。更新遅くなりました、むあです。そろそろ、頭が少し弱いお姉さまも大切なものに気づいたようです。下のお姉さまも、と思いましたが、救いようのない悪役も、1人くらいいても悪くない、ということで私は彼女を見捨てるのでした。
というより、私はそれ以上に、王子や公爵の、とある致命的な欠陥を指摘したいのです。次の更新まで、お待ちください。できるだけ早く頑張ります。
それでは。
鵐明 (Mua)




