Snow-Blood (1)
さて、それは皆さまも知る白雪姫の世界。
どうして白雪姫は生まれたのでしょう。
それは雪のある日、お妃さま(女王さま)がこうお考えになったことが、きっかけだったのかもしれません。
"「どうかして、わたしは、雪のようにからだが白く、血のように赤いうつくしいほっぺたをもち、このこくたんのわくのように黒い髪をした子がほしいものだ。」と。"
【引用元】
グリム作(菊池寛訳)・「グリム 世界名作 白雪姫」光文社 (青空文庫) ・2005年2月22日作成・<http://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/42308_17916.html>・2014年12月7日訪問
――1――
Once Upon A Time- (それは昔)
In a county of somewhere - (どこかの国に)
それはそれは美しいお妃さまがおりました。
肌は雪のように白くなめらかで、金色の巻き髪は歩けば宝石がちりばめられているかのように光り輝きます。青い瞳は、国の民をいつもおだやかに見つめていました。
人々は皆、お妃さまを見ればこう言います。
「お妃さまはこの国で一番、いや、世界一美しい」
そんなとびきり美しいお妃さまを、王様も深く深く愛していました。
王様とお妃さまのいる国の子供たちは、いつか二人のように素敵な伴侶を見つけたいと夢見るのです。
そんなお妃さまがある雪の日、黒檀の枠がはまった窓の側で縫物をしている時でした。針がチクリ、お妃さまの指をついてしまったのです。
「痛っ」
黒檀の窓枠の外の雪の上、ぽたり、赤い血が数滴落ちました。
落ちた赤い血は白い雪に映え、お妃さまはとても綺麗だと呟きました。
そこで彼女は願います。
「私のように、そしてこの雪のような白い肌をもち」
「私の憧れた、この黒檀の窓枠のように黒いまっすぐな髪と黒い瞳の」
「私のこの血のように美しい頬と、真っ赤な唇をした」
「かわいいかわいい、娘が欲しいわ」
――2――
お妃さまの願い通り、春の風が吹くころ、それはそれは可愛いお姫さまが生まれたのでした。
雪のように白い肌をした、黒髪で黒い瞳の、真っ赤な唇をしたお姫さま。笑えばその白い頬に朱が差して、それはそれは、可愛らしいお姫様なのでした。
さて、お妃さまには日課がありました。それは毎朝横に眠る王様に、朝のキスをして、お気に入りの鏡の前で、こう唱えるのです。
「鏡や鏡。世界で一番美しいのは、この私よね?」
すると鏡は、天使のような頬笑みを浮かべたお妃さまの美貌を映しながら、答えます。
「勿論ですお妃さま、あなたこそ、この国で一番、いえ、世界一美しいのです」
この魔法の鏡は嘘をつかない、正直者の不思議な鏡でした。だからお妃さまは、そう言われると頬を赤くそめて、それはそれは嬉しそうに有難う、と鏡の側を離れるのです。
この鏡は王様への献上品の一つで、お妃さまは毎日その美貌を褒めてくれる不思議な鏡がお気に入りでした。その日課が終われば、お妃さまは表情を引き締め、凛としたたたずまいで良き母、そして良き国王の妃であろうと努めました。
お妃さまは美しい愛娘を、それはそれは大切にしていました。
お乳をあげる時にはその黒檀のように黒く艶やかな髪を指で梳きながらこう言いました。
「私の娘、いつまでもこの美しい髪を母に梳かせて頂戴ね」
お風呂に入れるのは、お付きの娘たちの仕事でしたが、お妃さまはお姫さまから離れることなく、その側で微笑むのです。
「私の娘、どうかいつまでも美しく、心優しくあり続けて頂戴ね」
お妃さまが美しい言葉をかける度に、お姫様は可愛らしい声できゃっきゃっと笑うのでした。
――3――
それはお妃さまの娘であるお姫様が、7歳になった頃でした。ある日王様がお妃さまにこんなことを言うのです。
「我が娘、白雪姫は、この世で一番美しい」
「王様、それは勿論でございます」
ちなみにお姫様の名前はその雪のように白い肌をしているところから、白雪姫と名付けられました。お妃さまは自分の娘が褒められたことに、心の底から喜びます。しかし、次に王様がおっしゃった言葉に、彼女は絶望しました。
「私は白雪姫を世界一愛していると言えよう」
お妃さまは答えませんでした。側に仕えていた騎士たちは、そんなお妃さまの顔から血の気が引き、真っ青な唇で震えていることに気が付きます。しかし王様は、自分の横に座っているお妃さまの瞳から涙がこぼれ落ちることに気がつくことはありませんでした。
お妃さまはお姫様――白雪姫を生んだ後も、それはそれは美しくおいででありました。民は皆彼女が変わらぬ美しさを持つことを羨み、そしてほめたたえます。しかしお妃さまにはどんな褒め言葉も届くことはなくなったのでした。
「お母さま、そんなに顔色を悪くしていかがなされたのですか」
黒い艶のある髪をなびかせながら、白雪姫はお妃さまの頬に手を当てました、「まぁ冷たい!」そう言った彼女はお妃さまの頬に小さな両手をあて、温めるようにします。お妃さまは、混乱していましたが、それでも、白雪姫の心の清らかさに涙をこぼしながら呟きました。
「そう、私の娘はいつまでも美しく、そして心優しい、一番の娘よ……」
お妃さまはその日の夜、王様の横たわる寝床に腰かけて尋ねました。
「王様」
「なんだ」
「私を愛しておられますか」
「勿論さ」
お妃さまは安心しました。
そして寝床へ横になり、王様へのお休みのキスをしようとした時、王様は続きの言葉を紡いだのです。それは彼にとって寝言のようなものでしたが、寝言とは最も人の"本性"が現れるものなのです。
「我が娘の次に……」
お妃さまは酷く顔をおゆがめになり、よろよろと寝床から距離を取ります。そして夜だと言うのに日課を早めて鏡に尋ねました。
「鏡や鏡。世界で一番美しいのは、この私よね?」
震えるお妃に、正直者の鏡は答えました。
「お妃さま、貴女さまはとても美しい。しかし、この国で、この世界で一番美しいのは貴女さまの愛娘、白雪姫さまでございます」
その日、お妃さまは王様の横で眠ることなく、朝日が昇り、白雪姫がお妃さまに髪を梳いてもらおうとやってくるまで、嘆き続けたのでした。
別サイトにて投稿用に書きためておりました「白雪姫のもう一つのストーリー」という短編をこちらで「たまご」という名で投稿することにいたしました。こちらは第一話から第三話になります。全十話の予定で書きすすめておりますがまだ不明です。私なりに悪女と呼ばれ最後には罰せられることになる妃の、新たな物語の可能性を開いていきたいと思っています。
たまご(Something's egg)