ショートショートI「精神分析2.0」
高名な精神分析医は新しい診断法を開発した。プログラマーの友人との共同開発である。
インターネット上にある全ての文章を検索し、日記や「呟き」などから精神病の疑いがある人を見つけ出す。そして、自動的に精神科への受診を促すシステムだ。
ある日、妻が聞いた。
「ねぇ、あなたのプログラムどういう仕組みなの?」
「例えば『死にたい』という文字を検索ロボットで探し出すだろ? その人のIPアドレスを追跡して二週間経ってもよくなる気配が見られなければ……つまり『死にたい』という文字が消えなければ……精神科の受診を勧める、という仕組みさ」
「もし行かなかったらどうなるの?」
「そのときは家族に知らされる」
この診断プログラムで早期発見につながり、精神分析医はささやかな富を築いたのだった。
しばらくして、精神分析医のもとに手紙が届いた。内容は、「精神科受診のご案内」。プログラムのバグに違いない。そう思って彼はプログラマーへ連絡を取った。
「わかった。調べてみる」
しかしバグは一向に見つからない。やがて精神分析医は「重度の精神病」とプログラムに診断されたのだった。
「それにしてもどうやったんだい? 調べたんだけど、バグなんてなかったぜ」
プログラマーはベッドの上で彼女に聞いた。
「あら、簡単よ」
すました顔で彼女は答えた。
「トイレに立ってる間、あの人のパソコンで掲示板に書き込んだの。……これであの人の財産は私のハンコがなければ一円だって使えないわ」
真珠のような月が、雲の隙間から現れた。医者の妻はうっとりした笑みを浮べながら、預金通帳を眺めている……。