第3話
一週間後。
「吉野、今日は暇か!?暇ならちょっと付き合え!」
放課後になるとゲーセンによく一緒に行く友人 加藤利行が僕の机に押しかけて来た。
帰り支度が終わる直前にだ。
あと一分遅かったら帰ってたな。
「別にいいけど、どうした?なんだかテンション高いな」
「いっやぁ~、ついに俺にも春がきたのさ!」
「意味がわからん」
説明してくれ。
「この前、偶然にも中学校時代のクラスメートの女子に会って、少し話したんだよ!」
「で?」
「意外や意外。なんか趣味が一緒でさ今度一緒出かけようってなったんだが、二人で行くのもあれだから互いに友達連れてこうってなった」
「なに?口説いたわけ?」
「違う!いや、でも、口説きたいとは思ってるが」
展開が急だな。
で、クラスメートと一緒に出かけるってどうやったらそんな話になるんだ?
ていうか、なに?こいつはあれなの?フラグ頑張って建設中なわけ?
で、しかも初っ端から出かける約束取り付けるほどに中々いい結果を生み出してたり
なにそのギャルゲー。
「そっか。じゃあ、頑張っていってらっしゃい」
「吉野も行くんだけどな!」
「なんで?」
「今説明したよな!?」
「聞いたけど、僕が行く理由には心当たりがない」
「友達連れて行くことになったんだって」
「だから?」
「一緒に行かね?」
「なぜ僕なんだ?人の恋路に興味ないんだけど」
「他にアテがない。リア充爆発しろって言われて断られた」
「ドンマイ」
「今度ラーメン奢るから来てくれ!頼む」
ラーメン?
僕の耳が一つの単語に反応する。
「その言葉に嘘偽りはないな?」
「え?」
「必ずラーメン奢ってもらうからな」
「ってことは来てくれんのか!?サンキュー!!」
ラーメンは大事だからな。
「で、いつ?」
「今日」
「ん?出かけるんだろ?」
「そうだな。でも、今日だ」
「既に4時だぞ?どっか行くにしても微妙過ぎやしないか」
「問題ない」
えーーーー
問題しかなくない?
口説くんなら土日に遊びを誘ったのかと思ったじゃん。
まぁ、いいけどさー
「で、どこ行くんだ?」
「決まってるだろ」
そう言うと加藤は表情を引き締めた。
気のせいかもしれないが、というか気のせいだが、一瞬だけ凛々しく見えた。
「アニメイトだ!」
僕は無言で立ち上がり足早に教室をあとにする。
くだらない。付き合ってられるか
「ちょっ!吉野!お前来るんじゃねぇのかよ!」
「すまん。気が変わった」
「ラーメン奢らねぇぞ?」
「それは困るな」
「なら行くぞ」
「大盛り着けてくれるならいいぞ。人の恋路に協力なんて面倒なことしなきゃいけないんだ。対価はそれ相応」
「いいぜ。変わり徹底的に付き合え」
「大盛りのためならば容易い!」
ラーメンっておいしいよね
「その前にちょっと状況を確認していいよな?」
「おう」
「お前は中学の友人にあって、ちょっと話した。んで、今度でかけると」
「うん」
「でさ、お前はなに?相手のことが好きなの?それによっては手伝うぞ」
「……ま、まぁな。今回はマジで本気だ」
「……で、あの子がそうか?」
僕と加藤は駅の改札を出て、みどりの窓口前で待っている女子二人を見つけた。
「おぅ!」
加藤はテンション高めに返事をするとそちらに駆け足で寄って行った。
僕はのんびりと。
「ごめん。待った?」
「ううん。待ってないよ」
二人のうち黒髪ショートの女の子が笑顔を加藤に向けた。
あぁ、あっちが中学校時代の知り合いね。
じゃあ、もう一人の不機嫌そうにケータイを眺めている長髪の子が付き添い。
……ん?この子、ゲーセンで合わなかったっけ?
そうだ。トイレを出て、すぐに会ったあの子だ。
僕に似ていると思った子。
これまた出会うとはね。
偶然ってあるんだな。
そんな事を思っていたら、彼女がケータイから目を上げて、僕を見た。
そして、一瞬驚いたような表情をしたもののすぐに不機嫌なものに戻した。
それでも僕からは視線を外さなかったので、とりあえず微笑んでおく。
すると、更に険しい表情になった。
なんだか面白い。
「あっ、こっちはクラスメートの吉野悠哉」
加藤は横にいる僕の事を忘れて中学校時代の知り合いと話していた事に気付いて紹介した。
「どうも」
特になにを言う事もないので簡潔に。
「加藤くんのクラスメートってことは柳南高ですよね?頭いいんですね」
ニコッと人懐っこそうな笑みを見せる。
「そうでもないですよ。でも、その制服見る限り星華女子でしょ?そっちの方が頭良くないですか?」
自分より頭良いやつが自分に対してそういうお世辞じみた事を言うのは好かない。
お世辞なんて言われても嬉しくない。
「うーん、最近は偏差値落ちてますから、あんま変わらないんじゃないですか?」
いや、確実にそっちの方が上だ。
県内No.1、2を争うほどの進学校なんだし。
「いや、それはないでしょ」
ウチは優秀ではあるけどそれほどでもない。入ろうと思えば、少しの努力で入れる。
「ま、学力の話はいいとしてそっち側も紹介してくんない?」
加藤が話を打ち切るように言葉を発した。
まぁ、確かに先に紹介して欲しい。
「そだね。あたしは加藤くんの中学の頃のクラスメートで新井春香、こっちはあたしのクラスメートで楠木香織」
黒髪ショートが新井さんで、もう片方の無愛想さんが楠木香織ね。
「んじゃ、早速アニメイト行こうぜ」
加藤は足早にアニメイトの方向へ向かって行く。
僕も行かなきゃダメなのか?
なんかめんどくさくなってきたんだけど。
帰りたい。
いや、でも、ラーメンが……
ラーメン>帰宅願望
くそぅ、ラーメン強し
やっぱりラーメンには敵わないか。
自分の中でのラーメンの位置づけは相当高いからね。
中々勝てるもんはない。
スパゲティなら並べるかな。
牛丼じゃダメ。
「そっちの2人早く来ないと置いてくよ~」
考え事というか一人でよくわからない優劣をつけていた僕とつまらなそうにケータイに目を落としている楠木香織に新井さんが手招きする。
僕なら恥ずかしくてできない行為だ。
駅の雑踏と言うほどでないにしろそこそこ人がいる中で大きく手招きしながら人を呼ぶのはちょっとキツイ。
それについて来ない人はおいてく主義だ。
「…………別に行きたくはないんだけどなぁ……」
ぼそりと呟いてから僕はゆっくりと2人に向かって歩き出す。
楠木香織もついてくる。
相変わらずケータイを見ていて、コミュニケーションを取る気はなさそうだが、それならそれでいい。
別に気分を害する事もない。
なんとも思わない。
不干渉を貫くならそうであって欲しい。
そんな事を思いながら駅から徒歩4分のところにあるアニメイトに到着。
着くなりすぐに加藤と新井さんはなんか漫画っぽい表紙の小説(?)のコーナーに行って語り合っている。
僕はあそこに加わろうとは思わないので、少年漫画の新刊が出てないかなぁ、とチェックする。
というか、少年漫画のところ以外行く場所がない。
少女漫画には興味もないし、アニメにもそんなに。
普段は歴史小説とか読んでるからこういう店でする事がない。
オタク向け(?)の場所はなんか馴染めない。
僕と同じなのか楠木香織もケータイをしまって、少年漫画を物色していたが、目の前を通り過ぎたおっさんを見て顔をしかめた。
チェックのシャツをズボンにいれリュックの小太りのおっさん。
オタクのイメージ通りのおっさん。
加藤曰く実際はこんなやついねぇよと聞いていたが、実在するじゃん。
あれでハチマキとか巻いてたらもう完全にアウト。
「なにあれ…………」
楠木香織はドン引き。
まぁ、確かに現役高校生からしたらありえないファッションだろう。
「一言で言えばオタクじゃない?」
おそらく返事は求めていなかったのだろうけど、僕としては彼女と話す機会が欲しかったのでここだ!と機会を逃さず返事をした。
「あんな格好してる人そうそういないらしいけど」
by加藤
「…………」
なぜかやたらと警戒した様子で僕を睨む。
えー、なんで?
まだそんなに嫌われる要素ないと思うけどな。
「香織~、あたしの小遣い全部飛んだけど、ついに念願の限定版買えたんだよっ!」
楠木香織に新井さんが後ろから抱きついた。
手には袋を持っている。
何か買ったらしい。
どうやらレアもの(?)だったのかご機嫌だ。
「そう」
それに対するは無愛想な返事だ。
言われたのが僕なら、おそらく同じ返事をするだろうけど。
「お金持ってる人が羨ましいよ。いろんな物買えるっていいよね!人生絶対幸せでしょ」
新井さんが袋を片手にグッと拳を握って力説。
楠木香織はそれを見つめながら、腕を組んだ。
「『輝くものすべて金にあらず。』って言うからそうでもないと思う」
へー、楠木さんはその言葉を用いるか。
「そんな風に言うの?そんなの始めて聞いたよ?」
新井さんはキョトンとした様子でまばたきをしていた。
まぁ、普通は知らないよね。
「シェイクスピアの言葉だね。楠木さんは古典好きなの?」
でも、僕は知ってる。
古典文学を読むのも趣味の一つだからね。
楠木香織は引用元を言い当てられた事に驚きつつも小さく頷いた。
「楠木さんとは話が合いそうだね」
僕は笑顔で言う。
別に口説こうとか思っているわけではない。
「可能性はあるかもしれない」
今度は警戒せずに普通に冷たく返してくれた。
「でも、多分ない。私はあなたみたいな人嫌いだから」
警戒はされなかったがバッサリ切られた。
それでも笑みは崩さない。
新井さんが慌てている姿が視界に映ったが気にしない。
別に気を悪くしたりしてない。
むしろ良くなった。
「うん。知ってる。今の僕みたいなキャラ嫌いだろうなぁ~っと思って演ってるから」
楠木香織が顔を顰める。
僕って実は性格悪いみたいでさ、人を怒らせるの好きなんだ。
最も少し謝れば許してもらえる程度にしかやらない。
それ以上だと楽しみよりもその後の手間の方が大きいからね。
「でさ、ちょっと話したいんだけど、奢るからそこのマック行かない?楠木さんに少し聞きたい事あるんだよね」
話したいのもあるが、どちらかといえばこのまま帰って加藤と新井さん2人にしてやりたい。
僕は加藤に付き合って来たのだから、一回くらいは新井さんと親しくなる機会は作ってやりたい。
ラーメン奢ってもらう対価としてはまぁ釣り合いはしないが、気にしない。
「……」
もちろん、僕の考えてる事が彼女に伝わるわけじゃない。
だから、僕は会ったばっかの(しかも面と向かって嫌いと言われた)子をお茶に誘ってるわけだ。こんな事をするなら涼にお茶の誘い方くらい聞いとけばよかった。
……なんか今の僕は道化だなぁ
「いいわ。行きましょう」
え?マジで?
「んじゃ、そういう事だから、買い物終わったら来て」
加藤と新井さん2人に向けて言った後、加藤の肩を叩き耳打ちする。
「せっかくの機会だ。仲良くなっとけよ」
「サンキュ!恩に着る!」
「ラーメンの代わりだ」
さてと。
行こうかな。
僕と楠木香織は少し離れた所にあるマックに入った。
僕はポテチのLとコーラを注文、彼女はカルピス。
適当な席を見繕って座る。
「ポテト食べたかったらどうぞ」
一応先に言っておく。
ほら、僕だけ食ってるのあれじゃない?
「で、なんの話?」
「話は別にないんだけどね。強いて言うなら質問したいかな」
ちょいと興味出てきた事が少々。
「なんで誘いに乗ったわけ?」
誘っといて聞くのはおかしいかもしれないけど、聞きたい。
だって、嫌いって公言した直後だぞ?
「じゃあ逆に聞くけど、なんで誘ったわけ?」
「君に興味があるって言って欲しい?」
「全く欲しくない」
「だろうね。それに僕も言うつもりはない。……理由ね。ほら、加藤に誘われて来たわけだし、あいつの願望達成に一役買ってやろうと思ったからかな?楠木さんは?」
「……だいたい同じ」
「そ。やっぱ似た物同士って事か?」
僕は頬杖をつきながらニヤニヤと楠木香織を見る。
「違う」
「どうして?」
「なんで答えなきゃいけないわけ?」
「別に答えなくてもいいよ。これは僕の好奇心からの質問だから」
「なら答えない」
「そう言うと思った」
「…………」
僕は笑みを消していつも通りの仏頂面(自覚はないがそう見えるらしい)に戻し、ポテトを頬張る。
「楠木さんってさ、古典の中で何が一番好き?」
楠木香織は真剣な表情で少し考えた後に僕に言った。
「『夏の夜の夢』」
なるほど。あれか。
「シェイクスピアだね。でも、僕はロマンス劇なら『十二夜』の方が好きかな」
シェイクスピアは年を経るにつれて、作品が悲劇からロマンスへと移り変わって来た。
しかし、僕と楠木さんが挙げた二つの作品は悲劇を書く前の華やかさを持った喜劇。
『夏の夜の夢』は一つの森に迷い込んだ4人の男女の話(他にも重要な人物はいるが、割愛させてもらう)。
当時の時代背景もあって結婚というのは親に縛られる所が多かった。
そのせいか、喜劇には親に反対される恋が多く取り上げられる。
これもそうだ。
『十二夜』は少し違うが、これもまた望まざれる恋の話だ。
オーシーノ公爵がオリヴィアという女性に求婚をするが、断られる続ける。
公爵は自分の小姓であるシザーリオを毎回その女性の所に自分の使いとして送っていた。
その小姓シザーリオというのが実はヴァイオラという名で昔乗っていた船が難破し、双子の兄と生き別れ、身を守るために男性のふりをして暮らしていた女性なのだ。
しかし、そんな事を知らないオリヴィアはヴァイオラに恋していしまう。
一方、ヴァイオラは公爵に対し淡い恋心を抱いていた。
また、オリヴィアには公爵以外にも結婚を申し込まれていた。
その人たちも物語に加わり、進む。
「『十二夜』読んだ事ある?」
「ある。面白いとは思うけど、最後の部分が好きじゃない」
うん。なんとなくわかる。
最後には結局ハッピーエンドなのだが、僕個人としても賛成はできない終わり方だ。
「うん。まぁ、受け取り方は人それぞれだからね。でも、意外だよ。『夏の夜の夢』が一番好きなんて。アレだね。女の子ってのはああいうのに憧れるわけ?」
「悪い?」
「いや、いいと思うよ。僕も恋愛劇は嫌いじゃないし」
「そう」
「でもさ、ああいうのって理想だよね。結局、好きな人と結ばれるなんて保証はないわけだし。自分がいくら相手を好きでも向こうがこっちに気がなきゃ傾かないんだからさ。しかも、互いに好きでも気付かないまま終わることだってあるわけだ」
僕がいきなり語り出し始めたので楠木香織は訝しげに首を傾げる。
「僕としてはさ、親友を応援したいんだよ。できれば、楠木さんも協力してくれないかな?」
「?」
「新井さんが加藤をどう思ってるかを聞き出したりさ、今みたく2人の仲が進む機会を作りたい」
そうするためには協力してくれた方が楽でいい。
実際どうなるかはわからないとしても、まぁできる限りは応援したい。
面白そうだし、何より面白そう。
「……春香はどっちかって言うと好意持ってると思う」
楠木香織がボソッとこぼす。
「え?」
「多分だけど。春香は……あの人に悪印象はない」
いま、名前出て来なかったろ。
加藤利行だよ。
「……えと、あー、協力してくれってことでおk?」
そんな事を教えてくれたんだから、そうだよね?
こくり
「んじゃあ、よろしく。互いの親友の幸福の為に」
もう一本歴史小説らしきものを書いてるからこっから先は投稿ペース落ちます^^