第二話
「お?戻ってきたな。遅かったけど大の方か?」
友人は先ほど取ったフィギアに視線を向けながら尋ねてきた。
「違うよ。てか、僕はそろそろ飯食いに行くけど、お前どうする?」
今日は塾だから家に帰らず外で飯食ってそのまま直行する予定だ。
「あー、俺は金ないから帰るわ」
「そっか。じゃあな」
僕は足早にゲーセンを出て、駅近くの有名牛丼チェーンに入る。
安いし、高校生一人でも入りやすいからよく来る。
いつもと同じく並盛りを頼んで単語帳を開く。
毎回授業の度に単語テストがある。
別に一切勉強しないで白紙で出してもいいのだが、それをすると先生からのラブコールがもらえる。
受かるまで帰れない。
だから、先んじて予習をしておかなくちゃいけない。
全く面倒な事だ。
ページをパラパラと捲りながら、単語を眺めているとすぐに牛丼がやって来る。
この注文から客に届けるまでのスピードは流石だと思う。
軽く手を合わせてのんびりと食べる。
元々、食うのは遅い方だ。
早食いはできなくもないが、混んでるわけでも急いでいるわけでもない。
食事は自分のペースが一番。
食べ終えて小さく手を合わせる。
「ごちそうさまでしたー」
一応礼儀として一言言って店を出る。
そして、ケータイで時間を確かめる。
「まぁ、ちょっと早いけどいいか」
先に教室入って勉強してればいいし。
駅の反対側に行き、大通りから少し入り、少しばかり暗くなったところに塾はある。
塾の入っているビルの3階にある教室のドアを開けて適当な席に荷物を置く。
座席は自由なのだ。
僕はだいたい壁際。
横に人がいるのはなんだか落ち着かない。
「よぉ、今日は早いな」
荷物を置いた僕に最後列の席に座っていた先客が声をかけた。
西田涼。
高校は別だが、僕の中学時代のクラスメート(なんと三年間一緒だった)であり、今もまだ親交は続いている友人だ。
整った顔立ちに明るい茶色に染めた髪に右耳にピアスをしている。
ピアスの穴を開けるのは嫌なので、僕は当然ながら開けてない。
開けようぜ、と誘われたが断った。ピアスはつけない。イヤリングならまだしも。
ちなみに僕はアクセサリーとかはほとんど持ってない。
ネックレスが一つか二つあるかな?
ま、僕とは似ても似つかない外見だ。
いや、今はちょっと似ているのかもしれない。
髪を切りに行くのが面倒で伸ばしているからか、時々この男と同列の扱いをされる。
勘弁して欲しい
「お前は一体何時からいるんだ?いつも先に居る」
「はははっ、俺はアレだ。最近ちょっとしくじって浮気がばれて彼女から追求されててな。塾は逃げ場所にちょうどいい」
爽やかな笑みで言う事ではないと思う。
ちなみに中身は外見よりも酷い。
ただの女たらし。
「お前な……浮気何回目だよ……」
「片手の指じゃ足りない位だな」
「反省しろよ。紗矢香さんが時々僕に愚痴のメールを送って来るんだぞ」
僕に迷惑をかけるな。
「そりゃ、すまん。あとでお前に迷惑かけないように言っとく」
「まず、浮気をやめようよ」
「難しい相談だな」
間髪いれずに返された。
「容易い事だと思うけどね」
「いや、実に難儀な事だ」
「難儀じゃない。そんな事言ってると僕が紗矢香さん口説くぞ」
涼は一瞬キョトンとしたものの今度はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「やってみろ。どうせ無駄だぞ」
「だろうね。それに僕はお前と違って女の子の口説き方なんて知らないし」
紗矢香さんは涼にベタ惚れで他の男が何をしようと揺らがないだろうな。
「なんなら教えてやろうか?」
女の子の口説き方をか?
興味なくはないが。
「結構だ」
使う機会がない。
「それはそうとさ、今度合コン行かね?お前も彼女作れよ」
涼は何かと僕を合コンに誘う。
毎度断るのだが。
「余計なお世話。僕は彼女なんて欲しくない」
「そう言うなって。できてみりゃいいもんだからさ。俺の知り合いに今フリーのやつがいるんだけど、紹介しようか?」
涼は画像を見せてくる。
「だからいらないって」
僕が頑なに断り続けると諦めたようで、大げさなジェスチャーで呆れた様子を示す。
「ったく、そんな調子じゃ彼女できねぇぞ?」
「別に困らない」
「うん。そう言うだろうと思ったぜ」
「わかってるなら聞くなよ」
苦笑しつつ涼は椅子に背を預け傾ける。
「わぁったよ。でよ、今度一緒に星華女子の文化祭行かね?」
「いつ?」
「一ヶ月後」
「別にいいよ。どうせ暇だし」
「うし、近くなったらまた言うからな。勝手に予定いれんなよ」
「予定はいつも白紙だから、心配いらない」
「なら、合コン来いよ」
「ヤダ」
「なんでだよ」
「疲れるだろ。他人に気を遣って話すのとか」
「俺は別に気遣ってねぇけどな」
「お前はだろ。僕が普段通りの言動をしたら速攻で葬式になるぞ」
「確かに」
涼は笑いながら、こっちに身を乗り出す。
そして、じっと僕を見る。
「なんだ?顔になんかついてるか?」
「いや、宿題写さしてくんない?」
「ほらよ」
僕は宿題のノートを涼に放り投げる。
「サンキュ」
パシッと見事にキャッチして涼は早速模写を始めた。
僕は単語を眺める。
「西田ー、いるか?」
後頭部がハゲた英語講師が教室のドアを開けて入ってくる。
「ん?吉野もいるのか。ちょうどいい。お前ら、うちの塾のチラシに顔乗せていいか?」
先生の言葉の意味を図りかねて僕は口を閉じて考える。
授業風景の写真が乗るって事だろ?
それってわざわざ個人に許可取るのか。
大変なんだな、塾も
「それってよ、俺らが個別に乗るって事か?クラスの写真とかじゃなくて」
涼が僕の横にきて机に座っている。
先生の前だろうと一切関係はないらしい。
「そうだ。お前ら二人並べときゃそこそこ見栄えするんじゃねぇかっていう根拠の元の考え」
はぁ
って事はあれか。塾の看板を僕と涼が背負っちゃうみたいな?
「いんじゃね?俺としては一向に問題なし。悠哉は?」
「僕が嫌でもお前は強制的にやらせるんだろうが。いいですよ。写真使ってくれて構いません」
僕は一応だが、先生に対しては敬語だ。
「そうか!チラシできたら渡してやる。楽しみにしとけ!」
先生はニコニコの笑みで教室から出て行った。
「なぁ」
「うん」
「やっぱりか?」
「やっぱりだな」
僕ら二人が考えている事は一緒だと断言できる。
それくらいの付き合いだし、変なところで気が合うからだ。
「先生の生え際が更に死んでたね」
「あぁ。ありゃ間違いない。ハゲが進んでる」
「先生も大変だな」
「誕プレに育毛剤でもやるか」
「それは……先生号泣するぞ」
「はははっ、見てて楽しそうじゃないか。やってみる価値ありじゃねぇ?」
「ないな」
「そうか?」
「間違いなく怒られて終わる」
「そりゃぁ、嫌だなぁ。んじゃ、やめっか」
「そうしておいたほうがいいな」
僕はそう言いつつ、単語帳を閉じる。
もう覚えたからいい。
「んでよ、悠哉はクラスどう?馴染んだ?」
涼はペンを走らせながら、僕に訊ねる。
「いや、まったく」
僕が即答すると、涼は顔をあげ苦笑した。
「おいおい、もう半年経つぞ?そろそろ修学旅行だろうに」
「別に仲良い数人と居りゃいいだけだし。クラスメート全員からよく思われる必要もないだろ?」
「まぁな」
「逆に僕はクラスの女子の半分が名前と顔が一致しない」
「おい」
「それでも支障はないだろ?だから良いんだ。別に僕の名前を知らなくても向こうも困る事ないし」
「お前らしい言い分だな」
「最近のモットーは自分さえよければそれで良い、と、やりたい事しかやらない」
「最低じゃねぇか」
「でも、おかげでずいぶんと気楽だ」
僕はニコッと笑みを浮かべる。
「まぁ、中学の頃に比べたら顔色はいいけどよ。……あ、思い出した」
涼は自分に席に戻って鞄をあさり始めた
「どした?」
「ほれ、プレゼントだ。誕生日明日だろ?」
そう言いながら、茶色い小包を投げた。
「よく覚えてたな……」
キャッチすると中でチャリっという音がした。
「一番仲良いやつの誕生日忘れっかよ。それにお前も俺の誕生日に飯おごってくれたしな」
涼は平然とこういう事を言えるやつなのだ。
一番仲良いやつとか言われたらちょっと照れる。
照れ隠しに小包を開けたが、
「いやいやいや、それとこれじゃ釣り合わないだろ……」
明らかに僕がおごった飯代よりも高価だ。
ブレスレットと髪留め。
どこで買ってきたのかは知らないが、これまた随分と洒落たデザインだ。
しかも、鎖とかでなく、皮。
ブレスレットを取ってみると、五重になってるレザーブレスレット。
髪留めは……男が使うものなのか?シンプルなデザインだけど。
「いんだよ。俺と紗矢香の二人からのプレゼントってわけだ」
「初めてもらった異性からのプレゼントの送り主は友人の彼女ってのも微妙だ」
「?それより前にもらってんだろ。バレンタインとかで」
「あれはプレゼントに入らないと思う。それに家族からしかもらった事ない」
「そういうもんか?」
そういうもんだ。
モテない男子はな。
お前みたいなのが全部かっさらっていくのが悪いんだが。
「どうでも良い事か」
そうだな。
「あー、そうそう。言い忘れるとこだった。そのブレスレットでここ隠しとけ。クラスメートに見られると面倒だろ?」
涼はそう言って自分の左手首を指で叩く。
僕は視線を自分の左手首に向ける。
そこには掻きむしったような線が幾本も薄く刻まれている。
「……サンキュー」
早速ブレスレットは着ける。
髪留めは……しまっておこう。
果たして使用機会があるのか微妙なところだ。
「中々傷が消えないもんだな」
「なんでだろうな。まぁ、僕の中では一種の記念的なものになりつつあるけど」
左手首を眺める。
「まぁ、昔の話だね。1、2年前の事だし」
「そうだな」
涼は何やら再び鞄を漁っている。
あった!と言いながら何かを引っこ抜く。
「うわっ、破けおった。ったく、安い紙使ってんな」
「で、その紙はなんだ?」
「ウチの学校の修学旅行の日程表」
「あ、おまえのとこはどこ行くんだっけ?」
「オーストラリア」
「私立はやっぱり違うね。僕の方は沖縄だし」
「いいじゃんよ、沖縄。オーストラリア行くのはいいんだけど、見ろよ。半分以上移動時間だぜ?おかしいだろ」
うん。
これは酷い。
「日程組んだやつバカだろ。いくら日数行くとはいえ、これはありえねぇ」
県内トップの学力を誇る私立高校にも頭がちょっとおかしい先生はいるらしい。
良かった。
公立だけじゃない。
「まぁ、オーストラリアの自然を見るってことでいんじゃない?」
移動が多いなら。移動中窓から見える景色を楽しめばいいじゃん。
景色見るのは好きだから僕だったら相当楽しめる。
「つまらん。だったら、こっちで女の子と遊んでる方が楽しい」
「おい」
「冗談でもないけど、冗談だ。でよ、お土産いるか?」
聞くまでもない。当然返事は決まっている。
「いる」
「おk。なんか面白そうなもん買ってくる。最悪、そこの薬局で買ったゴムでいいか?」
「いいと思ってんのか?マジで殴るぞ」
「ハハハ、冗談だって」
冗談に聞こえないから怖い。