初夜。帰宅。
「じゃあ色々教えてあげましょうか。それとも眠いかしらね?」
女はそう言うと吸血鬼と言うものの事を話始めた。
「まず吸血鬼になって実感するのが身体能力が強くなる事かしらね、細腕の私があなたを圧倒できたのもそのおかげ、吸血鬼になっただけで取りあえず人間に負ける事はないんじゃないかしら? まぁ一番の利点ね。」
「でもあんたに俺は勝てそうにないですけど」
さっき手を抑えられた時ビクともしなかったし。
「風見春香」
「え?」
「自己紹介。あんたって呼ばれるのは気に食わないの。君の名前は?」
「え、森本勇人です」
「そう、じゃあ勇人って呼ぶからね。ハルってよんで」
女性とあまり付き合いが無いから下の名前で呼ぶのはあんまり得意じゃなかったけど取りあえず従っておいた
「えっと…ハルさんですか」
「違う。ハルよ。年下にあだ名を呼び捨てにしてもらえると嬉しいじゃない。自分も若くなった気がして」
「はぁ…」
なんとも気が抜けるような話だった。
「続けるわ。あなたが今私に勝てないのはまだ吸血鬼に体が成りきってないから。あなたが言ってた力で支配できなくなる可能性ってこれね」
じゃあいずれはこの女に復讐するって事も可能なのか。
「まぁでも。吸血鬼って位だから人の血を吸えば力は上がっていくわ。まぁ成りたての勇人が私より力を付けるのはまず不可能だと思うわ。それは経験していけばわかると思うけど、吸えば力が増えるけど、今まで私が吸ってきた数を考えれば年季の違いが物を言うようなシステムだし。あなたが私を無理やり私を超えようとして血を吸いまくっても多分無理じゃない」
「はぁ……」
取りあえずは復讐は考えない方が良いってことか。
「後は吸血鬼になっても不死身にはならないわ」
「え?」
吸血鬼って不死とかいうのは有名なはずだけど違うらしい。
「年を取るスピードが遅くなるの。あとは首切られたら多分死ぬし心臓とか。人間がやられたら死ぬ事は大概死ぬわ。体が頑丈って事と再生する事があるから中々死なないけど。車に引かれるくらいならすぐ治るわ。あ、あと日の光は全然大丈夫。普通に生活を送れるわ」
「日の光ってダメって良く聞きますけど」
女はバカにしたように首を振りながら「あれは創作の中の物よ。便宜上は吸血鬼って名前だけど私達の出どころはそこじゃないもの」と当たり前のことを聞くなよみたいに言った。いや、俺からしたらよく解らんことだし。
「後はそうね。吸血の事かしら。これ一番大事よ。バレないように吸いなさい」
「はぁ……ずいぶん曖昧ですね」
一番大事な事だと思うんだけど。
「血を吸ったら吸血鬼になるわけじゃないから。一度相手の血を含んで自分の唾液と混ぜた後に戻したら仲間を増やせるけど。吸うだけなら何も問題ないわよ。」
「間違えてそうなった場合はどうすればいいんですか?」
「ん? その作業って結構な量を出し入れしないといけないから気にしなくても大丈夫。安心して吸いなさい」
安心して吸いなさいって……。
「やっぱ血を飲まないと生きてられないんですか?」
「そうね…。難しいと思うわ。我慢しすぎると無意識に場所を選ばずガブって行っちゃうし。まぁ基本は家に忍び込んだり、飲み会とかで男とか引っかけるとかで私は補ってるけど」
私可愛いし男に不足しないし。と最後に加えた。
「……吸血鬼って結構地味ですね」
聞いていると血を吸わないといけない位で、寿命が延びた人間位にしか感じられない。もっと怪物然としたものを想像したわけだけど。
「まぁ向こう10年位は別に特に問題あるわけじゃないと思うわ。老けないって言われるくらいかしら。」
そう思うと利点ばっかりかもしれない。この人が軽く言ってるからそう思ってしまうだけかもしれないけど。
「まぁ同じ場所に居すぎなければ怪しまれないし。弱点らしい弱点なんかもないから気にしない方が良いわよ。まぁ怪我とかを人前でしなければ良いのよ。楽でしょ」
「はぁ……」
それで女の吸血鬼講義は終わった。大分色々端折られている気がするけど。取りあえずの生活の問題は無いと言うので、信じても良いと思う。人の血を吸うのは正直嫌だけど。
「なんか軽く見てる雰囲気があるようだけど、まぁ良いわよ。後々にしか気付けない事ってある訳だしね」
女はそう言うと、後は何か聞くことはあるかと目線で促した。俺は考えを巡らしたが、今日一日で起こった事が多すぎだったり、むしろ聞きたいことが整理しきれて無かったのだが、一番聞きたい事だけはすぐに浮かんできた。
「人間に戻る方法とかあるんですか?」
そう、死ななかっただけ良いけど、戻れるなら元通りになった方が良いと思う。て言うか人間じゃない物が居るって事は理解できたけど、俺がそうなった事って言うのはまだ実感がないし。
それにもう人間じゃないってことは、人間の俺。森本勇人という人間が死んでしまったと言う事だとも思う。
吸血鬼になりました。と言う事で、人間の俺を見捨ててしまうのは親に申し訳なさすぎる。まぁ、正直な所は期待なんかしてないけど。
「あるわよ」
「あるんですか?」
そう言って頷く女。戻れるんだ。え、戻れるの?
「ほんとですか? ブラフだけじゃなくて?」
「ブラフって言わないの。勇人は疑り深いのね。そんな人を疑って掛っちゃ疲れるわよ。体はともかく、精神は人間のままだから。」
人じゃなくて吸血鬼だけど、と口には出さなかったけど。健全な精神は健全な肉体に宿るって言うなら、この女はとても上等な精神が宿っているのだろう。
「あらなにか、失礼な事を考えてない? 体が強くなる分精神的に余裕が出来るけど、それは……そうね、野球部がグラウンドの中でだけスポーツマンシップに乗取って、学校の中じゃ肩で風を切って歩いてる様な物よ」
要は人間には負けることが無いから、余裕って事なのだろうか。
……野球部にもの凄い失礼な事言ってたけど。やっぱ人間は増長すると上から物を言ってしまうのか? 気を付けよう。
「でまぁ。人間に戻る方法なんだけどね」
「はい」
「そうね、私の中ではまだ確定事項じゃないから、あんまり口に出したくは無いんだけどね。」
確定事項じゃない? 試した事が無いと言う事だろうか? それとも、サンプル数が足らなくて、確信が持てないのだろうか。
「……まぁ今は聞かないでちょうだい。確信が持てたら話してあげる」
なんともよく要領の得ない回答だった。
「そうですか。春香さんは人間にもどる気はあるんですか?」
「ハル、よ」
「……ハルさん」
「ハル」
「……ハル」
「何度も言い聞かせるのは嫌いよ。面倒だし、体力使うし疲れちゃうし。それに聞きたいことは粗方聞いたでしょうし」
そう言って話を切り上げられた。色々面倒なのだろうか、ほかの質問は聞きません、みたいな態度を取られたので、もう聞けることは無さそうだった。
遅いから今日は泊まっていくかと聞かれたけど、明日の学校の荷物もあるし、母さんとかも心配するだろうから、帰る事にした。
女は明日も取りあえず此処に来なさいと告げて、玄関まで見送ってくれた。「暗い路地には気を付けてね」と別れ際に言われた。
あんたが暗い路地に行かなければ、この町は安全だと思うよ。ほんとに。
女のマンションを出るとなんとまぁ、現場の横のマンションだった。なんか綺麗に片付いていて、ここで何が起こったのか解らない様になっているくらい、綺麗なものだった。