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初夜。裏路地にて。

 最近部活の帰り道に感じる空気が段々冷たくなってきたのを感じる。あんなに暑かった夏ももう終わり、冷めた風が秋の始まりを教えてくれる。学校の夏服では少し肌寒かったが、歩いている分には心地よかった。

 今年の柔道部はダメだったが、来年の柔道部は近年まれにみる良いメンバーで、このまま行けば大会も良い所まで行けるんじゃないかとも思う。まぁ俺は軽いからスタメンでは無いけど、個人戦なら県までは行けるんじゃないかと思ってる。柔道は友人の誘いで高校から始めたので、個人で全国に行けるとは思わないけど、コーチにも目をかけて貰えてるし、体を動かすのは気持ちがいい。

「しかし疲れた」

 コーチも今年は豊作だと喜び、俺らにエグイ位の練習をさせてくる。

「6分10本の乱取の2セットってなんだよなぁ。コーチってば気合入りまくりだ」

まぁ先輩達の代がだらしなかったっちゃそれまでだけど、コーチもコーチとして一花咲かせたいんだからしょうがないか。

「近道っと」

さっさと家に帰りたかったので、普段帰り道として使っている大通りでは無く、薄暗くて狭い裏路地を使う事にした。人通りが少なく、お化けとか出そうだからあまり通りたくないのだが、キツイ練習の後だと自分がもの凄い強くなった気がして、暴漢一人位なら何とかなるだろうと思ってしまうので、最近使うようになってきた。

「あん?」

 路地に入って少し歩いたら、震えながら肩を抱いて蹲っている奴が一人いた。

「うわぁ…恐っ」

 着ているコートが汚くなかったからホームレスの類じゃなくて酔っ払いか何かだろう。しかし何故酔っ払いの倒れる場所は裏路地かゴミ捨て場と相場が決まっているのだろうか。本能的に大通りは人目に付きやすいと理解しているからだろうか? だとしても、此処で倒れられたところで俺を怖がらせてるんだからやっぱり家に帰って潰れて欲しい。

 よく見ると、女の先に路地の真ん中にもう一人倒れている奴がいる。超邪魔くさい。勝手に道で寝ている奴でも、跨いで行くのは心苦しいのだがしょうがない。

酔っ払い達に近づくにつれて嗅いだ事の無いような甘い匂いがしてくる。近くに来て気付いたが蹲ってるのは女だった。香水の匂いかな?んー、女の子と付き合った事ないからよく解らないけど、こんな良い匂いするんだ。

 ピチャ…

「ん?」

足元に水たまりの感触がした。見ると倒れてる方の奴が出どころの様だった。『うわー…ションベンかよ、帰ったら靴洗わなきゃ…』なんて思っていたら、水たまりは結構大きくて、うわっ特大ションベンかよとか思っていたら、どうやら違うみたいだった。尿かと思っていた水たまりは、膀胱の容量をはるかに超えている。

 しかもよく見れば、どうやったのかは知らないが、そいつのわき腹が無かった。

「はぁ!?」

恐らく死体だった。生きていても出血量からして、今から人を呼んでも助からないと思った。反射的に俺はそいつに近寄った。

「あんた大丈夫か!?」

揺すってみても反応は無い。あー…初めて死体みちゃった。救急車と警察呼ばないと。

 そう思って携帯を取りだそうとした時に、後ろの女は何をしていたのかが気になった。酔っ払いだと決めつけていたが、恐くて蹲って居ただけかも知れない。振り返って声を掛けようとしたら、背筋にゾクッとした感覚を覚えた。柔道の試合で相手から向けられる敵意よりも何倍も濃い様な何かをぶつけられた気がした。

 やばいと思うより先に体が動く、女相手に手を出すのはダメだとかは頭に浮かびもしなかった。視線だけ先に後ろに向けると女はさっきの位置よりこっちに近づいていた。体を向ける動作と共に、左手でコートの右襟を掴んで女に肩をぶつける。女が少し体制崩す時に右手で逆の襟を掴んで絞めながら引き寄せた。コートの下がチラッと見えた、血まみれだった、あ、犯人こいつっぽい。

しかし拙い、極まってない。咄嗟の事だったのと、肩をぶつけた時に女の左肩の方に間が空きすぎた。一応先手は取っているが、これじゃ落とせないし、ポケットにナイフなどを隠していたらまだ取り出せてしまう、使われたら刺される。

「ふっ!」

右手を支えにして左手を落として足を払った。幸いな事に、相手は荒事の素人なのか受け身も取らず仰向けに倒れて、俺も難なく馬乗りの状態に行けた。すかさず右手を奥に入れたら右手も良い位置に取れた。極められる。力を入れた両手に感じる必勝の感覚。これならば相手は暴れる事も出来ずに落ちるだけだと体が勝利を確信した。

「へえ、優秀ね。あなた」

女が何かを喋った、ありえない。首は完全に決まっているし、手に入れた力を緩めたなんて事は無かった。首の力が強いとか逃げ方を知っているとか、そんな事は関係ない位に完璧な絞め。これをやられたらうめき声も上げられないはずだった。

「良い反応だったし、一度逃げたら追い付かれたときに心理的に勝てない事も知ってる。」

 なぜ喋れるのかが恐かった。俺は一瞬前に感じた必勝の感覚を逃していた。女の手が俺の手を掴む。

「馬乗りになったら最悪でも逃げ切れるって思ってたのも良いわ。仰向けと膝立ちじゃ同時に、走り出した時のアドバンテージを守り切れるとあの一瞬で考えた。いいわ、凄い優秀よあなた」

 ゴシャ

喋れても首が極まっているんだから相手は最悪動けても力は入らないはず。しかしそれに何の意味があるのか。もう走って逃げるしかないと考えたが、その前に女は俺の動きを止められた。

腕を握り潰す事によって。

「えっ?」

 逃げようとしたが、襟に指が引っかかって手が外れない。指に信号を送っても、回路を途中で切られてしまった。

 痛かった。骨折や大きな事故の経験なんてした事は無かったが、多分出産くらい痛いんじゃないかな、これ。そんな現実逃避みたいな事を考えてしまうほど俺は絶対絶命だったし、正直もう助からないと思うし、なんでこうなったか訳も分からなかった。

「ぐあっ…」

 痛すぎて叫び声も出せなかった。力を入れると痛かったし、腕も外れないので全身の力を抜いて無様に女に倒れ込んだ。

 死ぬことを覚悟した。

 俺がした行動は多分、全部最善策だっただろう。ただ、この女みたいな埒外の奴を相手に実行したのが間違いだっただろうな。裏路地に人が居たら近づか無いのが一番の最善策だったんだ、きっと。

「あら、諦めたの。よく頭が回る事ね。気に入ったわ。」

馬乗りのまま前に倒れたものだから、胸から女の声がする。せめて息苦しくなってしまえ。

「普通は首だけど、もう我慢できないからこのまま行くわ。まぁ取りあえずキープ」

女の声は上機嫌っぽくて、最後に聞いた声が上機嫌な物っていうのも中々体験できないだろうから、良い体験かなとか。頭は冴えてるけど、そんな間抜けな事を考えた。

「頂きます」

 その言葉を最後に胸に食いついてきた。

「え? 食われる?」

答えは得られなかったが、胸の痛みで体を離そうとしたが、女に阻止された。肋骨に女の歯が掛って、そのまま砕かれた激痛で俺は意識を離した。

次に生まれ変わったら、裏路地に入らないようにしようなんて最後にフワッと頭に浮かんだ。


読んで頂きありがとうございます。

よろしければ次回もよろしくお願いします。

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