行間一
ファブレ邸にて。
二年前、『トール消滅事件』よりちょっと前の話。
その地を治めていたのは、当時、世界一の大富豪と言われていたゼウセリィ・リンク・フォン・ファブレだった。そして、ゼウセリィとディアとの間には三人の子供がいた。長男ランディ、次男アレイク、長女モア。平和で穏やかな日々を送っていた、五人の家族のある日の話。
「・・・・・それで良かったんだな?」
至極残酷な事件が起きる。
「お前は、父さん、母さん、妹であるモアの命まで奪って―――――――」
後にそれは『ファブレ家惨殺事件』と呼ばれるようになる。
「―――――それで良かったんだな?」
「・・・分からない」
ぼうぼうと燃え上がる豪華な屋敷。その火は、二つの影がある広大な庭にまで届いている。永遠と広がる芝生の庭に火が移り、萌える緑は今まさに燃えている。にもかかわらず、そこにある二つの影は、一切、全く、ピクリとも動かない。
「・・・・・分からない、・・・分からない、分からない分からないッ!」
怒鳴るような声が、ちょっと小さい方の影から聞こえたが、まだその影は、一切、全く、ピクリとも動かない。
言葉はまだ続く。
「俺は何も感じない、分からない。俺はそういう人間だ。否、人間かどうかも怪しい」
「・・・そう、だったな。お前はバケモノ、だったな」
バケモノ。
大きい方の影は、小さい方の影をそう呼んだ。
比喩とか、たとえ話とか、そういうんじゃなくて、正真正銘の『バケモノ』。
「そう、俺はバケモノだ。だから、父さんも喰らって、母さんも喰らって、モアの喰らって、そして、あんたも喰らって―――――させてもらう」
「なっ!―――――ッ!・・・そうか。そのためにこんなこと・・・、」
にぃ、と小さい方影は、小さく、それにしてはやたらと不気味に笑った。・・・ように見えた。
「すまなかったな、我が弟よ」
「謝るなよ、ランディ兄さん」
小さい方の影はそう言って、ふー、と片手をあげた。
直後。
大きい方の影が消えた。
否、後方に吹き飛んだだけだった。そのスピードがあまりにも早すぎて、まるで消えたように見えるほどだった。
二年とちょっと前の事件、『ファブレ家惨殺事件』の話。
騎士団が到着する頃には、ゼウセリィが所持していた敷地はすべて、跡形もなくなり、それに加え、五人の遺体が見つかった。その遺体は全員、顔の認識ができないほどになっていた。今は、その五体の遺体は、ファブレ家五人のものだとされている。
真相は未だ、ほとんど何も解っていない。