第九章 平凡・無力VS熱血・天使
in 監視寮
光の矢が綺麗な軌跡を描いてオウジを狙う。それこそ、まさに光の速さで発射された矢を防ぐこともできず、横に飛んで回避したときにはすでに頬を掠めた後だった。しかし、このままジッとはしていられない。すぐにまた別の攻撃がくる。
「【ホーリーランス】ッ!」
「クソッ!」
やみくもに動き回るだけではただの的になってしまう。そんなことは分かっているが、とにかく動かないとという気持ちが先走り、オウジは思わず前方へと駆けてしまう。
「おぉぉぉぉぉ!!」
足がもつれて転びそうになりながらも、なんとか走り抜けて頭上から降り注がれる四本の光の矢を避けきった。そして、その勢いのまま体勢を立て直して男との距離を一気に詰め、男の顔面目掛けて拳を放った。男はニヤリと笑うだけで動こうともしなかったため、オウジの拳は吸い込まれていくように男に直撃する。・・・・・・はずだった。
「なッ!?」
オウジの攻撃はするりと空振り。それどころか、嘲笑う声が聞こえたと同時にオウジの鳩尾に衝撃が走り、体はグンッ!と後方に引っ張られた。オウジの体は4,5M程度ノーバウンドで吹き飛び、何度も地面に叩きつけられ転がり、ジャングルジムにぶつかってやっと動きを止める。
そんな光景を見た男は、腰あたりまである長い金髪を揺らし、口元に嘲笑の弧を浮かべながら言った。
「全く残念だなぁ、こんなとこで世界を救った勇者様が死んじゃうなんさぁ♪・・・・・ま、偉大なる計画には犠牲は付き物、か」
男は右腕をすーっと持ち上げて、オウジがいるであろうジャングルジムの残骸に向け真っ直ぐ伸ばす。と、何をするでもなくただ立ち尽くすだけの男の体から光が漏れだし、開かれた手のひらに集まり、やがて形を造っていく。
魔法。
幾つもの模様が規則的に並んでできる円形の幾何学模様、魔法陣に、魔力を流して起こる現象。さっきの光の矢、【ホーリーランス】も同じような原理でできている。
そして今、男の前で展開されているそれも、何か『現象』を起こす事が出来る。
「それじゃあ、さようなら・・・・・。【ディバインストリーク】ッ!!」
轟!!と激しい音を立てながら、魔法陣から光線が放出され、その光はジャングルジムを襲った。ズドン!と砂埃が舞って視界が悪くなる。あんなものに当たればひとたまりもないだろう。直撃したジャングルジムは粉々に吹き飛んだ。
が、そこまでして尚、男は顔をしかめる。
「手応えが無いんだよね。随分しぶといなぁ♪」
「当たり前、だっての」
埃が沈み視界が良くなってくると、オウジがふらつく姿が見えるようになった。
ついに倒れそうになった時、ずんと足を踏ん張りなんとか体勢を立て直す。
「あんたの被害者様から依頼を受けてんだよ。やっと見つけたんだ、ここで逃がすわけにはいかねーよな、ティアルノ・ワイルダーさん?」
「ほぉ、名前まで知られてるのか。こりゃびっくりだな」
ティアルノ・ワイルダー。
本人が驚く通り、全くの一般人だ。いや、ワイルダーという名前は、王族の家系として世界的に有名なのだが、金持ちなんて世界中にいる。個人の名前まで知られていることは少ない。ティアルノもその一人。ほとんど一般人とそう変わらない。
「あんたが何をしようとしてるか知らねーが、俺はここであんたを止める」
「…君、騎士団の回し者かい?」
「そんなんじゃない。ただ、ダチの泣き面なんざ見たくねーんだよ」
「ザ・正義君ってか。ハハッ!」
アラベルは短く笑うと、すーっと右手を持ち上げた。【ディバインストリーク】を発動する時と同じように。
「俺様は止まらない、止まれない。計画を進めるためにも、君には犠牲になってもらうよぉ♪」
「ック!」
アラベルの手に光が集まっていく。オウジにはあれを防ぐ術はない。グッと拳を固めたが、
何もできない。
「んじゃ、死ね」
公園中が光に包まれた。
in 白桃寺学園前駅公園
「瞬迅剣ッ!!」
フレムは炎剣を構えて突き技を繰り出した。アークが初めてフレムに会った時に使った技だ。ちょっと体をひねる程度じゃよけきれない。アークは大きく後ろに飛んだ。
「ッ!!」
それでも避けきれない。このままじゃ当たる。
そう思ってアークは、右手にある大きな十字架を強く握った。
「【バリア】!」
すると、アークに炎剣が刺さる寸前で、隙間に青く透明な壁が現れガシュッと剣を弾く。そのうちにバックステップでフレムとの距離を離す。が、ライターが放り込まれた。
瞬間。
ボン!と広場一帯に爆発音が響き、さらにその衝撃は四方へ分散せず、全てがアークを襲った。フレムの能力である炎操能力だ。
生命力と魔力はお互いに干渉することはできない。ここで【バリア】を発動しても、炎は通り抜けてしまうだろう。
(っく、技や魔力系じゃダメだ。現象系の魔法で炎そのものを飲み込まないと!)
十字架をさらに強く握る。と、アークの左手に緑色の光が集まってきて、徐々に円形の幾何学模様を造っていく。それを炎に向け、
「【エアスラスト】ッ!!」
発動。
アークの声に反応して、魔法陣から二枚の丸鋸状の風が出現。勢い良く前進し炎塊をケチらしていく。そのスピードのままフレムに向かったが、今度は爆風によって簡単に吹き飛ばされた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・」
そこでようやく二人の動きが止まる。
運動量としてはそれほど多くないが、二人ともすでに息を荒げていた。魔法や能力の多用によって生命力を激しく消費したからだ。そしてなにより、死の恐怖が目前にあることで緊張し、変に気を張りすぎて余計に早く疲れがきてしまっている。
そりゃそうだ。一歩間違えれば両方死んでしまうような戦闘を、一介の学生が平気で行えるわけがない。
精神的には、すでに二人とも限界だった。
「はぁ、はぁ・・・・・・、本気、なんですね」
「あたり、前だ。俺は、ルミアを助けるためなら何だってしてやる」
が、二人が戦いを止めることはなかった。
互いの大切なものを守るために、戦わなければいけないから。
「ちょっと、いいですか?」
と、アークは一つ質問を投げかけた。ふと疑問に思ったのだ。
「なんで、そこまでルミアさんの事を助けたいって思うんですか?」
「んなのテメェだって一緒だろ。たった一人の家族が苦しんでるのに、何もしない方が不自然だ。オレはそんな事できねぇ」
「それもそうですけど、どうしてそこまでするのかなって」
「・・・・・・・・・・フン」
フレムは少し考えた後、小さく笑った。
「くだらない、本当にくだらない、昔の話だ」
懐かしむように遠くの方を眺める。
そして語りだす。
『くだらない』昔話を。