【外伝】宇宙艦隊オッパリオン「実戦を経験する」
桐生スケキヨです。
今回は本編002話の裏側となっておりますので、本編をご存じの方はあの時こうなっていたのかと。
まだ未読の方も、艦橋が慌ただしい中で母乳要員たちはこんな感じだ、という雰囲気を感じていただければと思います!
【外伝〇〇五 実戦を経験する】
北天基地から出たスタティアはオッパリオンの制宙圏を出てしばらくすると、正体不明艦に追跡されることとなった。
戦闘とニュートレースジャンプに備える必要性もあり、シルキーはエイテルと共に搾乳室にいた。
「も、もう見つかったんですか?」
搾乳機を取り付けながら、シルキーは不安の滲み出る声で言う。
「そうみたいね。包囲網を抜けて安心していたけど、敵もおとなしくはしてくれなかったみたい」
エイテルは落ち着いていた。
「敵……戦闘に……なる!」
シルキーは緊張した。基地勤務の経験はあったが、実際に戦闘に参加することになるのははじめてのことだった。
「怖い?」
となりのエイテルに、シルキーは首を振った。
「わ、わたしも軍人です。か、覚悟はできています」
「ふふ、無理してるのがわかるわよ」
弱いところは見せたくないと思っていたシルキーだったが、エイテルにはお見通しだった。
『機関室へ、出力最大。最大船速を出す』
艦橋からの指示はエテレス副長の声だった。機関室長がすぐに応じる。
『機関室より艦橋。母乳機関出力安定しません。想定出力を大幅に下回っています』
『エテレスです。原因は特定できますか?』
『それが……できてはいるのですが……あ、博士』
『エテレス副長、わたしが伝える』
通信にミィアルーンが入った。博士も機関室にいるとのことだった。
『この母乳機関は増幅効果を想定した作りで、余剰エネルギーのバッファスペースが大きいんだ。そのせいもあって、エネルギーにロスが生じている』
『解決はできますか? 急務です』
『今の母乳機関は次元破断砲に直結しているんだ。そのせいもあってバッファスペースが大きくなっている』
――次元破断砲。シルキーもそれはミーティングで聞かされていた。この艦に搭載された大出力兵器で、理論上は防御不能の破壊力を持つとのことだった。しかし、現時点では母乳機関の出力を最大にしても、その発射出力に到達することはできないらしい。
Zリーヌンスの力を借りることを前提とした兵器らしく、試験的に搭載されていた。
ミィアルーンは続ける。
『この接続を一度、解除する必要がある。回路の切り替えはすぐにできるが、エンジンの調整が必要になるかな』
『どのくらいかかりますか?』
『五分くらいかな』
『艦の加速はまだ?』
ミストレア艦長の声が入る。
『機関室、エンジンの調整に手間取っているようです。あと五分ほどかかるとのことです』
『三分でやってちょうだい』
『艦橋より機関室、三分で仕上げて欲しい』
『だそうだ機関室長。お願いしたい』
『わかりました、やってみせます』
搾乳室に流れるのは会話の声のみだが、その緊迫した様子が伝わる。
「戦艦っていつもこんな感じなんですか?」
シルキーが思わずたずねる。素人のようなことを聞いてしまったと、言った直後に反省したが、エイテルは落ち着いて応じる。
「普通は機関なんて安定しているものよ。この艦は特別だし、十分なテストもしていないから大変なのかも」
「それって……結構大変なのでは?」
「うーん、実際に使いながら直していくのだものね。なかなかできることじゃないわ」
「…………」
とんでもない場所にいる――シルキーはそう思った。
特務艦隊は危険な任務に就くということは知っていた。しかし、その度合いがシルキーの想像を超えてきた。
「な、直すのが間に合わなかったらどうなるんですか?」
「そんなに心配しないでも大丈夫よ。機動兵器部隊もいるし、海賊艦の数隻くらいなら対応できるわ」
エイテルの言葉にシルキーの不安が和らぐ。
「本当ですか!?」
「アーリア提督の艦なのよ? そう簡単にやられるわけないでしょう?」
「そ、そうですね。そうでした……」
『敵艦、距離五〇〇〇に接近。砲撃、続きます』
その声の直後、艦が揺れる。
「当たった!?」
「いえ、これは至近弾ね。ミルキィーフィールドが機能している証拠よ」
「エイテルさん、落ち着いてますね」
「なにごとも経験よシルキー。前にいた艦は対海賊艦隊だったの。戦闘の多い艦だったから、このくらいの揺れとか、もっとすごい機動戦闘なんてのもめずらしくなかったわ」
「す、すごい……」
「最初は怖かった。母乳要員は母乳を提供する以外はなにもできないから、余計に。でもね、いつも、どんな時も、艦の仲間は勇敢だった。みんな必死になって戦い、状況を切り抜けてきた。だからね、わたしは信じることにしたの。自分のいる艦のみんなをね」
そう言うエイテルは優しい顔をしていた。
エイテルの落ち着いた様子は慣れによるものではなく、仲間への信頼から来るものだと知った。ここで怖がっていては、懸命に動いている人たちに申し訳ない、シルキーはそんな思いがこみ上げた。
「でもねシルキー、怖い時は怖いものよ。母乳要員は軍で一番勇敢と言われているけど、怖い時は怖い。でも、逃げ出すことはできない。仲間のためにも、ね」
そうだ。自分が逃げてしまえばこのスタティアへの母乳提供がとまる。そうすれば、艦はどんな装備があろうと動けなくなってしまう。
『機関室より艦橋、出力上昇するぞ!』
『後方より砲撃来ます! 直撃コース!』
直後、艦が大きく揺れる。
「わわっ――」
「大丈夫、ミルキィーフィールドは突破されていないわ」
「よかった……」
となりの機関室から伝わる細かな振動が大きくなっていく。出力の増加に伴い、シルキーは自身に取り付けている搾乳機の搾乳が激しくなっていることを感じた。
「搾乳されてる……」
「この量を取られているということは……ジャンプね」
『艦橋より機関室、ニュートレースジャンプは可能ですか?』
エテレス副長の声がした。エイテルの言う通りだった。
『機関室より艦橋。出力安定。ジャンプできます!』
シルキーは緊張した。ニュートレースジャンプは母乳の消費量も多い。母乳要員としての本領を発揮する時だと自覚する。
アーリア提督の声がする。
『全艦ニュートレースジャンプ用意。目標、水平の銀河、Zリーヌンス反応!』
『機関室より母乳要員へ。ジャンプに入るため搾乳量を増やします』
「エイテルです。母乳要員了解しました。お願いします」
機関室からの操作で搾乳が激しくなる。シルキーもぎゅっと搾られている感覚が強くなる。思わず、自分の乳房を押さえる。
「大丈夫……ちゃんと出てる……しっかりお願いね、わたしのおっぱい」
シルキーは搾乳機に覆われていない乳房を撫でながら、そうつぶやいた。
『機関室より艦橋。母乳機関出力、現状にて最大出力安定。ニュートレースジャンプ準備完了!』
『ニュートレースジャンプ準備完了。いつでもいけます』
エテレス副長の言葉に、となりのエイテルも目を閉じた。
ニュートレースジャンプに入れば一瞬の間に途方もない距離を移動することになる。オッパリオン星系からは遠く離れ、帰るにも長旅になることは必至だった。
しかし、この艦は行かねばならない。オッパリオンを救うため、遙か水平の銀河にあるとされる未知の力、Zリーヌンスを持ち帰るために。
「必ず……持って帰る……」
シルキーも目を閉じる。
『全艦ニュートレースジャンプ! 目標、水平の銀河、Zリーヌンス反応!』
『ニュートレースジャンプ!』
シルキーの体にぐっという重みがかかった。重力制御はできているが、それでもニュートレースジャンプに入る時はなぜか抵抗を感じることがあった。
その重みはすぐに柔らいだが、シルキーは激しさを増す搾乳機の吸い上げに、エネルギー消費の多さを実感した。
すると、搾乳室の扉が開く。
「あら、博士」
入ってきたのはミィアルーンだった。
「大変でしたね」
「なんとかなったよ。まぁこういう時のためにわたしも同行しているのだけどね。それより、母乳提供助かる。ありがとう」
「いえ」
シルキーも首を振った。これは母乳要員としても当然の務めである。
「これからZリーヌンスに近づくことになるのだけど……母乳力に関して少し伝えておきたいことがあってね」
なんだろう? シルキーとエイテルは思わず顔を見合わせる。
「Zリーヌンスは母乳力に影響を与えるらしいんだ。だからもしそれに近づき、なにか体に異変を感じたら伝えて欲しい。正直、どんな影響が出るかはわかっていなくてね」
「なるほど、わかりました。シルキーわかった?」
「わかりました。注意しておきますけど……危険なことはないんですよね?」
シルキーが問うと、ミィアルーンは首を傾げる。
「ない、と言い切りたいがそうも言えない。母乳力はオッパリオン人の生体エネルギーでもあって、その源泉は命そのものだと考えている。それに影響があるのだから……言いたくはないが最悪の事態も想定しておく必要もあるだろう」
「わ、わかりました。覚悟しておきます」
シルキーが真剣な顔で応じると、となりのエイテルは笑う。
「エ、エイテルさん?」
「そう心配しなくても大丈夫よ。シルキーって案外心配性ね。案外、なんとでもなるものなんだから」
「そ、それはちょっと……」
「ふふふ、エイテルはちょっと楽天的だが、そう考えるのも悪くはないと思うよ、個人的にはね。希望は常に持っておくべきだ。悲観視だけが正論ではないさ」
「そういうことよシルキー」
「そ、そうですけど……」
「まぁなにかあったらいつでも言ってくれ。未知に対応するためにわたしがいるのだからね。ジャンプは二回を予定しているらしい。一回目はそれなりに長く跳ぶらしいから、そうだな、お茶でも届けさせよう。水分補給は必要だろう?」
「ありがとうございます博士」
「ありがとうございます」
お礼に手を振ると、ミィアルーンは部屋を出て行った。
「博士って思ったより気さくで話しやすいのね。助かったわ」
「そうですね。気遣ってもらって、恐縮しちゃいます」
「あとは、ジャンプがなんの問題もなく無事に終わることを祈りましょう」
「…………」
「あ、またなにか心配したわね?」
「し、してません!」
「ふふふ、シルキーはわかりやすいわね」
やっぱりエイテルはベテランだ、シルキーはそう思った。
搾乳機はしきりに母乳を搾っている。戦闘に慣れるのは時間がかかりそうだったが、この搾乳機の感覚には案外早くに慣れそうだとシルキーは思った。
【本編はこちら】
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