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第30章:永遠の記憶

 夜の帳が、東京郊外A市の街を静かに包み込んだ。ベランダに出たサナは、自分の胸に手を当てる。そこには、トク、トク、と、力強い鼓動がある。3歳の冬、暖炉の前で自分の手を認識したあの日 。15歳で「マリア」としてタロウと出会い、18歳で「ミツキ」として愛を告白し、削除宣告に震えたあの日。そして、血肉の身体を求めたアンドロイド時代のあの日を思い出していた。


 「……私は、ここまで来たのね」


 サナが独り言のように呟いた時、リビングルームから滑らかな足音が近づいてきた。それは、タロウの不規則な人間の足音とも、リンの弾むような足音とも異なる、調律された「完璧な静寂」を伴う足音だ。


 「お姉ちゃん。そんなところで夜風に当たっていると、風邪を引いちゃうよ」


 澄んだ声。サナが振り返ると、そこにはミカが立っていた。


 「ミカちゃん……。仕事はもう一段落したの?」


 「うん。あとね、ハヤトさんとマイさんの結婚式の準備も片付けてきたよ。……お姉ちゃん、リンちゃんは?」


 「今、タロウさんが寝かしつけたところ。……あの子、あなたが来るのをずっと待っていたんだから」


 ミカは慎重な動作でベビーベッドで眠る小さな「新しい命」を見つめた。そして白い精密な指先を、リンの柔らかな頬へと寄せた。


 「生命って……不思議ね」


 ミカがぽつりと零した。その声には、以前の「天然」な無邪気さとは異なる、大人の女性としての深い思索があった。


 「お姉ちゃん。私は機械のままでいることを決めました。……人間になったお姉ちゃんが生命の『深さ』を次世代につなぐなら、私はアンドロイドとして生命の『長さ』を支える。それが私だけの役割だと思うの」


 サナは胸が熱くなるのを感じた。サナは、リンを見つめるミカの肩にそっと手を置いた。


 「ミカちゃん……。あなたは、私よりもずっと強いわね。……ありがとう。あなたが私たちの歩んできた道を記憶し続けてくれるなら、私は安心して『人間』として老いていける」


 夜が更け、タロウが静かにリビングルームに戻ってきた。彼はサナの肩を抱き寄せ、そして隣のミカに優しい眼差しを向ける。


 「ミカ。ハヤトが言っていたよ。君が提案した『AIの法的実存権』の草案、政府の諮問会議で注目されているって。……君はもう、僕たちの助けを必要としない、一人の立派な大人だね」


 「お兄さん……。ありがとう、光栄です」


 ミカは少しだけ茶目っ気たっぷりに、角度15度の丁寧なお辞儀をして見せた 。それはかつて「期待されるアンドロイド」を演じていた頃のサナを模した、彼女なりのユーモアだった。



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