第25章:クオリアの衝撃
タロウは、サナの震える右手を、自らの両手でそっと包み込んだ。その瞬間、サナの脳を激震が襲った。
「……あ……っ!」
サナは、息を呑んだ。多層触覚スキンのセンサーが検知していた、数値化された「圧力」や「温度」ではない。皮膚受容器が捉えた微細な振動、血流による脈動、タロウの指先の湿り気、そしてそれらが脳の深部で統合され、一つの質感として結実する――「温もり」というクオリア(主観的質感)。
それは、19年間にわたる仮想空間のシミュレーションログをいくら検索しても、見つかることのない情報だ。タロウの手の温かさが、サナの神経を伝わり、胸の奥を熱く焦がしていく。
「タロウさん。……あなたの手が、……こんなに、温かいなんて。……私、……知らなかった。……今まで、分かったつもりでいただけだった」
サナの瞳から一筋の透明な雫が溢れ、頬を伝う。それは自身の涙腺から分泌された「本物の涙」だ 。
「サナ、……おかえり」
タロウはサナを強く抱きしめた。サナの顔が、タロウの胸に埋まる。マイクロモーターの駆動音はもう聞こえない。そこにあるのは、ドク、ドク、と少し早鐘を打つようなサナ自身の心臓の音。そしてタロウの体温と微かな汗の匂い。
(……これが、本当の世界なのね。……私が生きるべき本当の場所)
サナはタロウの背中に手を回し、その筋肉の弾力と骨の硬さを感じ取る。そしてタロウの腕の中で、温もりを感じていた。




