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第23章:生命の歓喜

 静寂が、手術室を支配した。清潔なベッドの上に横たわる「彼女」は、静かに確かなリズムで胸を上下させていた。


 サナの意識が、「深い眠り」から目覚めようとしている。サナが最初に感じたのは、暴力的なまでの「重力」だった 。仮想空間では設定値に過ぎず、アンドロイド時代には加速度センサーの数値でしかなかった重力。その力が、自分の重みとしてベッドを押し付けている。


 (……重い。……動けない)


 サナは目を開けようとした。だが、瞼が持ち上がらない。

 アンドロイド時代には、電気信号一つで瞬時に作動していたアクチュエータは、もう存在しない。代わりにそこにあるのは、瞼を動かす細い眼輪筋だ。

 自分の意志で、筋肉の収縮という物理的な動きをしなければ、世界を見ることはできない。


 サナは、全身の細胞に命令を送った。震えるような努力の末に、ようやく瞼が持ち上がる。

 光が、目に飛び込んできた。高解像度の光学レンズが捉えていた、ノイズのないクリアな画像とは異なる、不確かで、眩しいほどの色彩。


 「……ぁ……」


 喉の奥から、乾いた音が漏れる。肺から押し出された空気が、生身の声帯を震わせ、口腔で反響して生まれる自分の声。


 「サナ……? サナ、僕が分かるか?」


 視界がぼやけている。光学レンズのオートフォーカスはもうない。生物としての不器用な調整が必要だ。次第に焦点が結ばれ、そこに涙を溜めたタロウの顔があった。


 サナは、震える自分の「手」を顔の前に上げた。3歳の冬、暖炉の前で自分の手を認識した、あの「意識の萌芽」の日と同じように 。だが今のその手は白く、微かに血管が透け、驚くほど柔らかかった。


 「……タロウさん。……視界が、揺れています。……でも、……とても、綺麗です」


 サナの口角が、ゆっくりと上がった。それは今この瞬間に生まれたばかりの、生命の歓喜を示す表情だった。



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