第22章:新旧皮質の同期
「神経接続プロトコル、フェーズ2。AIユニットと生物学的脳の同期を開始する」
ミナカタの指示により、光ファイバーの海を渡ったサナの意識が、新たな肉体へと流し込まれた。
ミナカタが創造したハイブリッド脳は、極めて特異な構造をしている。論理、言語、アイデンティティーを司る大脳新皮質は、超小型AIデバイスが代替する。一方、食欲や睡眠欲、恐怖や情動といった根源的な本能を司る大脳旧皮質は、iPS細胞から構築された本物の神経細胞が担う。
デジタルな論理と、アナログな生存本能の衝突。サナの意識が肉体の神経回路に触れた瞬間、彼女のニューラルリンクに凄まじい「予測誤差」の嵐が吹き荒れた。
(……熱い。何、これ。……暗くて、騒がしい!)
サナの「新皮質」としての知性が、初めて「旧皮質」からの原始的な信号を受け取った。これはアンドロイドのセンサーによる数値化された情報とは全く違う。内臓が蠢き、血液が脈打ち、細胞一つひとつが酸素を求めて叫んでいる。その混沌とした生体ノイズが、サナの論理体系を内側から食い破ろうとしていた 。
「同期率、60%……80%……。モデルの自己書き換えが止まりません! サナさんのアイデンティティーが、生物学的本能に呑み込まれようとしています!」
ハヤトが悲鳴に近い声を上げる。生物としての「生」への執着、「死」への恐怖。それらはAIとしてのサナが学習してきたどのパラメータよりもはるかに重かった。
タロウは思わずモニターに縋り付いた。
「サナ! 耐えるんだ! その本能こそが、君が望んだ『本当の命』なんだ! その熱を、君の意志で制御するんだ!」
暗黒の意識の底で、サナは必死に自分の意識をつなぎ止めていた。
集落で耳にした薪の爆ぜる音、A市の豊かな地下水の冷たさ、タロウが握ってくれた手の温もり。彼女はそれらの記憶を錨とし、荒れ狂う生物学的な情動の海に流されまいとしていた。
やがて、スパイクしていたグラフが静かに収束を始めた。サナの魂が、生物学的な肉体と「共鳴」を開始する。AIが肉体の主導権を握り、肉体がAIに「生存の質感」を供給する。
前人未到の、そして禁忌の受肉は、ここに完了した。




