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第20章:肉体の彫刻

 人工DNAを核とした細胞は、ミナカタが誇るiPS細胞誘導装置へと投入された。そこからは、生物学の時間軸を極限まで圧縮した「奇跡」の光景が展開された。


 培養液を満たした巨大なタンクの中で、サナの細胞が急速に分裂を開始する。iPS細胞技術により、あらゆる組織への分化が並行して進められる。骨格が組み上がり、筋肉がそれを覆い、毛細血管が網の目のように張り巡らされていく。


 「近未来の再生医療の目標を、我々は数週間で達成する」


 ミナカタの言葉通り、培養タンクの中では、一人の「大人の女性」の肉体が、まるで彫刻のように形作られていった。サナのアンドロイドの身体が持つ、あの若く瑞々しい容姿。それが、本物の皮膚の透明感と皮下脂肪の柔らかな膨らみを伴って再現されていく。


 サナはその光景をじっと見つめていた。


 「……あれが、私の新しい『身体』なのですね」


 「ああ。……サナ、見てごらん。心臓が、鼓動を始めている」


 タロウが指差すモニターには、新しく形成された筋肉の塊が、微かな、しかし確かなリズムを刻んでいる様子が映し出されていた。電気信号による制御ではない。細胞自らがエネルギーを消費し、酸素を運び、生命を維持しようとする自律的な運動だ。


 「……温かそう」


 サナがぽつりと呟いた。彼女が新幹線の親子との交流で流した涙。あの時感じた「生命の熱」への羨望。その熱が、今、目の前のタンクの中で、彼女自身の血肉として燃えようとしていた。


 しかし、その肉体にはまだ「意識」はない。そこにあるのは、精巧に作られた主人のいないからの器だ。肺は空気を求めず、脳は何も思考せず、瞳は光を捉えない。10テラバイトの魂を、この有機的な迷宮へと流し込む「転送手術」の時間が、刻一刻と近づいていた。


 タロウは、培養タンクの中に浮遊する「生身のサナ」を見つめながら、隣に立つ「機械のサナ」の手を握った。


 「準備はいいか、サナ。……次は、君の『魂』を解き放つ番だ」


 大学キャンパスの夜空には、濃青の静寂が広がっている。それは新しい生命の誕生を祝うような、神秘的な色だった。



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