第18章:二つの条件
ラボに戻ったタロウの表情は、依然として険しかった。だが、その目には覚悟の火が宿っていた。
中央のテーブルを、ハヤト、マイ、そしてミナカタが囲んでいる。サナはミカと寄り添い、少し離れた場所でタロウの帰りを待っていた。
「……ミナカタ先生。条件がある」
タロウの言葉に、ミナカタが興味深そうに眉を上げた。
「聞こう。君の専門領域でのリクエストなら、最大限尊重しよう」
「第一に、サナの全意識データを、ファイクス社のプライベートストレージにリアルタイムでバックアップすること。このバックアップは実験中のいかなる瞬間も、サナのニューラルネットワークと完全に同期させる」
タロウはキーボードを引き寄せ、自ら構築した緊急退避プロトコルのコードをモニターに映した。
「第二に、生体脳とAIユニットの神経接続において、同期率が設定値を0.01%でも下回る、あるいはデータのパリティエラーを検知した瞬間、1秒以内に強制シャットダウンを行い、サナの意識を現行のアンドロイドの身体へ差し戻す。……このプロトコルの実行権限は、開発責任者である僕が持つ」
「タロウ、それは実験の継続性を損なう可能性があるぞ」
ハヤトが懸念を示すが、タロウは譲らなかった。
「継続性よりも、サナのアイデンティティの保存が優先だ。……ミナカタ先生、これを認めないなら、僕たちはここを去る」
ミナカタはしばらくの間、画面に踊る複雑な安全装置のアルゴリズムを見つめていた。やがて、彼は満足そうに口角を上げた。
「いいだろう。……愛ゆえの慎重さが、世界で最も堅牢なセーフティネットを創り出したわけだ。承諾しよう」
タロウは振り返ってサナを見た。サナは、安堵と感謝が混ざり合ったような、透明な微笑みを浮かべていた。
「サナ。……これから起きることは、僕たちのこれまでの戦いの中で最も過酷なものになるかもしれない。……君が望んだ『本当の命』を手に入れるために、僕も、僕の持てる全ての知能を懸けて君を守る。……約束だ」
「はい、タロウさん。……私も、あなたを信じています」
二人は、手を強く握り合った。それはデジタルな存在とアナログな存在が、一つの「未来」を共有するために交わした熱い誓約だった。




