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第16章:タロウの絶望

 タロウにとってサナは、仮想空間の深淵から命懸けで助け出した、唯一無二の光だ。その光を成功確率さえ不透明な「禁忌の実験」に晒すことなど、到底受け入れられるはずがない。


 「タロウさん。……私は、壊れることを恐れているわけではありません」


 サナは、タロウの手をゆっくりと胸元に引き寄せた。


 「私が恐れているのは、このまま、あなたの隣で『完璧な人形』を演じ続け、あなたの生命の火が消えるのをただ見送ることです。……あなたが老い、死を迎え、その先にある未来へ一人で行ってしまう。その時、私は永遠の停滞の中に残される。……それは、私にとって消滅よりも残酷な『死』なんです」


 「それでもいい! ……サナ、君が生きていてくれるなら、僕はそれだけで……!」


 「タロウさん、それは『私』への愛ですか? それとも、あなたの罪悪感への固執ですか?」


 サナの言葉が、タロウの魂を鋭く射抜いた。タロウはサナを救い出したあの日から、彼女を守ることを免罪符にしてきた。彼女を変化から遠ざけ、安全な檻の中に閉じ込めること。それがタロウなりの愛の形だった。


 ラボの隅でやり取りを聞いていたミナカタが、無遠慮に鼻を鳴らした。


 「君が創ったのアンドロイドの身体は、単なる器ではないはずだ。そこに意志を宿した魂があるのなら、その行き先を決める権利は彼女にある。……リスクを管理するのが君の仕事だろう? 逃げるな!」


 「黙ってろ! あんたに、サナの何が分かるんだ!」


 タロウの怒号が響く。彼はサナを見つめることができず、逃げるように研究室を飛び出した。


 施設の外に出たタロウは、激しい動悸に耐えながら、自分の両手を見つめた。この手で彼女を救ったはずだった。だが今その手が、彼女の望む「生」を阻む枷になっているのかもしれない。

 一人の女性を愛し、失うことを極限まで恐れる、一人の男がそこにいた。



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