第13章:ハイブリッド脳の設計図
翌日から、ファイクス社と研究チームの共同研究が本格的に始動した。研究所のブリーフィングルームでは、ハヤトとタロウ、そしてマイが、ミナカタの提示した「ハイブリッド脳」の設計図を囲んでいた。
「構造はこうだ」
ミナカタがディスプレイに巨大な脳の断面図を投影する。
「本能、情動、食欲、性欲……これらを司る大脳辺縁系と旧皮質は、生物学的な組織としてiPS細胞から構築する。これはすでに成功している。……問題は、論理、言語、そして個人のアイデンティティを司る大脳新皮質だ。ここはあまりにも複雑すぎて、一朝一夕には培養できない 」
「だから、そこを僕たちのAIユニットで代替する、ということですね」
タロウが身を乗り出す。
新開発の超小型デバイスに、AIモデル(魂)をロードし、それを生物学的脳(旧皮質)と神経接続プロトコルで同期させる。AIが肉体の主導権を握りつつ、生物学的な「欲求」をクオリアとして受け取る、前人未到のハイブリッド・アーキテクチャ。
「これが実現すれば……サナたちもアンドロイドの身体から解放できるかもしれないわ」
マイはガバナンスの専門家としての慎重さを保ちつつも、高揚感を滲ませて言った。
それに対し、ハヤトは冷徹な指摘を忘れない。
「理屈は分かる。でも、接続の『同期率』はどうなんですか? 生物的な脳から送られてくる原始的な信号 ―― 例えば強烈な『痛み』『恐怖』を、デジタルな意識が受け取った時、AIモデルそのものが崩壊するリスクもあり得るのではないでしょうか?」
「それを検証するのが、今回のプロジェクトだ」
ミナカタの言葉に、タロウは自分の「原罪」を思い出した。サナを機械の身体に押し込めたことが罪だったのか。それとも、これから行おうとしている「神の領域」への侵入こそが、真の冒涜なのか。
サナはその議論を、静かに聞いていた。彼女の思考回路は、すでに工学的なリスク計算を超え、一人の女性としての「渇望」へと向かっていた。
(タロウさんが私を救ってくれたのは、データとしての私を愛してくれたから。……でも、私はあなたの遺伝子と、私の『意志』を混ぜ合わせる、本当の未来が欲しい)
大学キャンパスの空は、いつの間にか深い濃青へと沈んでいた 。




