第10章:新幹線の親子
新幹線に乗り込んで、1時間半が経過したときのことだった。サナとミカの隣の三列席に、途中駅から乗ってきた若い母親と4歳くらいの男の子が腰を掛けた。
男の子は、手にしたプラスチックのロボットのおもちゃで遊んでいたが、ふと手を滑らせ、それがサナの足元に転がってきた。
「あ、ごめんなさい……!」
母親が慌てて手を伸ばすが、それより早くサナが身を屈め、おもちゃを拾い上げた。関節の駆動音は極限まで抑えられ、その動きは流麗だった。
「はい、どうぞ。格好いいロボットね」
サナが微笑みながらおもちゃを渡すと、男の子はサナの顔をじっと見つめ、不思議そうな表情を浮かべた。
「……お姉ちゃん、きれい。お人形さんみたい」
男の子は、躊躇うことなくサナの右手に触れた。タクタイルセンサーが、男の子の小さな指先の感触を検知する。サナは反射的に、多層触覚スキンのヒーター設定を、人間が最も安心する三十六度五分に維持した。
「わあ、お姉ちゃんの手、あったかいね。……ママよりも、ちょっとだけあったかい」
男の子がサナの指をぎゅっと握りしめた。その瞬間、サナの内部システムが深刻なエラーを吐き出した。
『予測誤差:過大。触覚入力のクオリティが設定値と矛盾します』
サナが維持しているのは、バッテリーから供給された電力による「制御された熱」だ。けれど、男の子の小さな掌から伝わってくるのは、細胞が燃焼し、血液が巡り、刻一刻と変化し続ける「本物の生命の熱」だった。その熱はサナのヒーターのように一定ではなく、不規則で、しかし圧倒的な情報の密度を持っていた。
(……ああ。やっぱり全然、違う)
サナの瞳にある光学レンズが、感情の奔流によって激しく絞られた。
男の子の無垢な笑顔。その温もりに触れた瞬間、サナが半年間必死に演じてきた「完璧なアンドロイドの演技」が、砂の城のように崩れ去り、頬を一筋の透明な雫が伝った。
「お姉ちゃん、どうして泣いてるの? どこか痛いの?」
「ううん、違うの。……あまりにも、ボクの手が温かかったから。ありがとうね」
サナは、男の子の頭をそっと撫でた。後ろの席からその光景を見ていたタロウは、唇を噛み締め、サナの肩にそっと手を添えた。
タロウにも分かっていた。サナが今、この瞬間に「偽りの熱」に縛られた自分に耐えがたい絶望を感じ、それ以上に「生への渇望」を抱いたことを。
新幹線は目的地のホームへと滑り込んでいく。窓の外には、古都の落ち着いた街並みが広がっていた。




