7.エリカ、言いたいことを言う
本日もどうもありがとうございます!
ちょっと長いですが最終話なのでいっきに!です。
「っは、離して!!」
「何だよ、拗ねてるのか?そういうのはもういいから。ジニアに聞いたよ、お前が俺を想ってキレイになる努力をしたってさ。
実際驚いた。見違えたよ、こんなに美人だなんて。もっと早くしろよ、そういうのはさ。まあ、この後は俺とまたやっていけばいい。
それにさ、黙ってたなんて水くさいじゃないか、お前の研究だったんだって?あの灯りも布地も、馬車の仕組みも。すごいじゃないか。特許料もだいぶ入ってるって聞いた。
それがあるなら子爵家でもうちに引けをとらない。自信をもつといい」
嬉しそうなニゲラの様子に、エリカはめまいがしてきた。掴まれている手首が痛い。
「お前が何だか恥ずかしがって帰ってしまいそうだってハドリーから連絡がきたから、急いで迎えにきたんだよ。
ディルのことは気にするな、俺を想うあまりはしたない真似をしたのは許してやるよ。でもまあ、これからはやめてくれよ。
研究は許してやるから、精々頑張るが良い。
ただし子どもができたら家庭に入ってもらう。もしどうしても働きたいって言うなら家政も子育てもしっかりすること。それが仕事をする条件だ。
やっぱり家族は仲良くゆとりをもって生きたいからね、仕事に振り回されるのは困るよ。
ああ、お金の心配なんかはいらない、そこは僕もしっかり経営するからね」
エリカは怒りと、恐怖で耳が聞こえないほどだった。やめてと叫びたいのに声も出ない。悔しいのに涙がもっと出そうで、そんな自分が情けない。さっきの決心が揺らぎそうになる。男性の力というのはこんなにも恐ろしいものなのか。
その時だった。
「その手を離せ。エリカは俺の婚約者だ」
横から伸びてきた手がニゲラの手を払って押しやると、エリカを抱き寄せた。
「ディル…?」
「…エリカ、誤解してるぞ」
「え?」
突然のことにエリカは間の抜けた声が出た。
「俺がハドリーやジニア嬢の話を本気にするとでも?君がニゲラを愛しているなんて、そんなわけあるか」
「え?」
今度はニゲラが間抜けな声を出した。
「しかもニゲラへの当てつけに俺を誘惑しただって?逆だ逆、俺がエリカに猛アタックしたんだ。告白したの、覚えてるだろ?」
エリカは正装して赤いバラの花束を贈ってくれたディルの姿を思い出した。
あの日。ディルが馴染みのお店に入ってきた瞬間その眩しい姿にびっくりしたし、お店の人たちは彼の計画を知っていたようで、ディルが現れるとすぐに店の灯りを少し落とし、キャンドルを灯してくれた。
ムード満点なのが恥ずかしくて、ディルのストレートな愛の告白に『やりすぎよ!』と文句を言った。あの時もディルは恥ずかしがるエリカに『返事を聞かせてもらっても?』と訊いたのだ。返事はもちろんディルが望むものだった。
「エリカは俺を誘惑なんてしてない。
俺が勝手にエリカを尊敬していて、なのに卒業と同時にあんなに可愛らしくなって、中身だけじゃなく外見も全部好きになって、誰にも渡したくなくて、俺が必死にせまったんだ」
「だっ、だって、あいつが…ジニアが…」
「なんでそれを信じたんだ?卒業パーティーで自分から婚約破棄を突きつけて、しかも挨拶にも行かず、書面だけで解消ってことにしたんだろう?そんな不誠実な奴、愛されるわけがない」
「僕を諦められないからエリカが頑張って綺麗になったって…」
「君のためじゃない。エリカを愛するみんながエリカを美しくしたんだ。それに応えてはいるけど、エリカの本質は変わってない…まあ、今は少しは俺のためにだったり…するか?」
期待するような目でディルに見つめられて、エリカはわずかに頷いた。
「…良かった、嬉しいよ。まあ、だからニゲラ、君の出る幕はないんだ。俺の婚約者につきまとうのはやめてくれ」
「つっ、つきまとうだなんて!それに、そんなの、ディルが言っているだけなんじゃないのか?おい、エリカ!」
名前を呼ばれてエリカはビクッと身を震わせた。でもディルの視線にうながされ答える。
「わ、私が好きなのはディルよ。ムルチコーレ様への当てつけなんて考えたこともないわ」
ディルはニコッとしたが、エリカの話はそれでは終わらなかった。
何故って、ディルが助けてくれたことでホッとはしたが、先程のディルの様子に納得がいったわけではなかったのだ。
いつまでも弱々しくはいられない、自分の考えはきちんと伝えられるようにならなくてはとエリカもこれまでのことで学んだし、そのために研究所に戻ろうとしていたのだったから。
そうでなければ、これから先の自分の人生に責任をもてないではないか。
エリカは息を大きく吸って、ディルにはっきりとした口調で訊いた。
「でも、ディル、あなたさっきジニアさんと楽しそうにしていたわ。あれは何故?
私の気持ちは今言った通りだけど、あなたは?
ジニアさんとハドリーさんの話を信じていなくても、ジニアさんに結婚をせまられて、ニコニコしていたなんて、どういうことなの?
それに私に気付いて驚いて困った顔をしたのは何故?聞かれて困る話だったということじゃない?」
エリカの思わぬ、また堂々とした問いかけに、ディルは慌てて答えた。
「ま、待ってくれ。
あれはあまりにジニア嬢がくだらない作り話を得意げにするから、どこまで続くか聞いていておかしくて…趣味が悪かったよ、ごめん。
それに、そんなところを見られてバツが悪かったんだ…君の前では紳士でいるつもりなのに、そんな意地の悪いところを見られて、きっ、嫌われたかと。
ジニア嬢は自分たちのことをエリカは信じただろうって言うし。
追いかけようとしたらハドリーがエリカは研究室にこもってるって嘘を言うし…それで遅れて…ごめん、君を一人にして」
ディルはよほど反省しているのか、何度もごめんと繰り返すし、それでもエリカがまだ笑顔を見せないことに焦っている。
そこへジニアとハドリーがやってきた。
「ちょっと!エリカさん、あなた、せっかくニゲラが婚約しなおしてくれるって言っているのに、断るつもり?
この私が身を引いてあげるって言ってるのよ?遠慮せず受けなさいよ!」
「それで?ジニアさん、その後、あなたは私と別れたディルと付き合うとでも?」
エリカは先程ディルに問いかけた時よりもさらに厳しい口調でジニアに問う。
「な、なんですって?」
今までと違うエリカの様子にジニアが驚く。
エリカは続ける。
「さっきはディルとの様子に動転してしまって言えなかったけど…
私、この前あなたが研究所に来てからたくさん考えて、それで思い出したの。
小さい頃のあのお茶会でニゲラが私と結婚するって言った後、多くの女の子たちがやっかみで私に意地悪を言っていた。
ジニアさん、あなたもそうだったわよね。
大きくなって、学園に入ってからもあなたは私にいろいろ言ってきたわね。
相変わらずきつい人だなと思ったけど、家格の上の人たちに抗議もできないし、そんなことに構っていられないくらい忙しかったから放っておいたの。
だからって、楽しいものではなかったわよ?
でね、今回のことで考えてわかったの。
あれって、ジニアさん、あなた、小さい頃にニゲラに選ばれなかったことをずっと気にしていたのではない?
そして、そのことで私を逆恨みしていたのでしょう?」
「そっそんなこと、あるわけないでしょっ!!失礼な!」
言い返すジニアをエリカは問い詰める。
「そうかしら。
じゃあ、もう結婚式は半年後なのに、私が『ニゲラを愛しているから当てつけにディルを誘惑した』なんて嘘をついてまで私達を別れさせようとしているのはなぜ?
ああ、嘘だったっていうのはあなた方が来る前にもうはっきりしたから、言い訳は聞かないわ。
知りたいのはどうしてそんなことをしたのかってこと。
ずっと会っていなかったのに、急に私に会いに研究所まで来たのはなぜ?
学園でそんなに交流がなかったディルのことがずっと好きだった、なんてことはないわよね?」
「…っ!」
ジニアの顔は怒りのせいか、嘘がバレたせいか赤くなっている。
「あなたが研究所に来て『今度こそうまくいくといいわね』って言って、侯爵家が公爵家に婚約を打診してから、私はずっと考えていたの。
半年後に結婚式が予定されているのに、なぜあなたはディルに心変わりをしたんだろうって。それまで特にあなたとディルの関わりがあったわけじゃないのに。
だからきっかけはあの道で会った時じゃないかって。
あの時、ジニアさん、ディルの相手が私だって気付いたのでしょう?」
「…だったらどうだと言うの?
大体、理由なんて、伯爵家よりも公爵家のほうがうちにはふさわしいというだけよ」
「それこそ今更だわ。その理由なら、家格の低いニゲラを選んだ時に侯爵家で反対されているはずでしょう。
正直に言いなさいよ。
あなたは小さい頃ニゲラに選ばれなかったことに腹を立てているうちに、ニゲラと結ばれることと同じくらい、私を追い落とすことに夢中になってしまったんだって。
だから学園でも私へのあたりが強かったし、同じ侯爵家の令息が他にいるのに、わざわざ伯爵家のニゲラを選んだ。
卒業パーティーで婚約破棄をして私を打ちのめしたと思ったでしょうね。
なのに、街で出会った私は公爵家のディルと付き合っていると気付いた。
その後、私が研究所で働いていることや特許を取っていることを調べて、こんなはずじゃなかったって、そう考えたのではなくて?」
ニゲラは話を聞いて、驚いた顔でエリカとジニアを交互に見たが、ジニアが怒りで恐ろしい顔になっているのに気付き、小さくヒッと息を呑んだ。
そんなニゲラにはエリカは目もくれず、
「それで、伯爵家には内緒で公爵家に打診して子爵家には圧を掛け始めたけどうまくいかないから、とうとうニゲラに嘘を吹き込んだ。
さっきも言っていたようなことを。
確か、私がニゲラを取り戻したくてお洒落をして、当てつけにディルを誘惑した、だったかしら?
そしてそんなにも貴方を想うエリカさんに申し訳ないから私は身を引くわって。
そんな嘘をニゲラについて、その時に特許の話もして、伯爵家にとっても十分に利があると言った…違う?
ニゲラはあの時ディルと一緒にいた私に気付かなかったわね。
でも、ジニアにあの時の女性が私だったって聞いて、おぼろげでもあれくらいの容姿ならいいと思ったんじゃない?
それも自分のために綺麗になった、なんて聞いて、調子に乗った。
ジニアさんはとても美しい人だけど、正直、率直すぎるところがあるから、自分に従う女性が好みのニゲラ、あなたには気苦労も多いでしょうし、私に戻せるなら丁度いいかもって。
侯爵家とのつながりは惜しいけど、特許料も入るし、じゃあ私に会って聞いてみようってところだったんじゃない?
今回のことにハドリーさんが使われたのは何故かわからないけど…ジニアさんのことが好きだとか、私が気に食わないとか、ディルに嫉妬してるとか…いろいろあるのかしら?
なんにせよ、侯爵家が本気だったら伯爵家に話が行くはずで、それがなかったのなら内緒だったということよ。
ディルが、公爵家が断るとわかっていて、単に私への嫌がらせだったということかしら?ムルチコーレ家とは金輪際関わりたくなかったから黙っていたけれど、こうなったら伯爵家にも抗議させてもらうから」
図星を指されてニゲラの顔は真っ赤に、そしてジニアは焦り、また怒り過ぎたのか、青白くなっている。
ハドリーはといえば、ただ立ちすくんでいる。ジニアの話が嘘だと知っていたかどうかはわからないが、自分がしたことのまずさは理解しているのだろう。
「今日のことで私の気持ちはまた揺らいだし、泣いてしまった。
まだまだ弱くて自分が嫌になる…
でも、今日は自分が考えていることは言わせてもらうわ」
ジニア、ニゲラ、ハドリー、そしてディルが見つめている中、エリカは言った。
「ジニアさんの言った私のニゲラへの想いなんて大嘘だわ。
美しくなろうと思ったのは、最初はメイドたちの喜ぶ顔がありがたくて嬉しかったから。
今は、その…大好きなディルのためでもあるの…」
その言葉にディルの顔がホッとする。エリカはちょっとはにかんだが続ける。
「私、ジニアさんがニゲラやディルや私をどう思っていても、どうでもいい。
あなたの、あなたたちの思惑なんてどうだっていいのよ。
大切なのは…
私はディルが好きだということ。
私の努力や研究を認めて励ましてくれるディルに感謝してる。
だから、ジニアさんがどう言おうと何をしようと私は身を引かない。
ディル、あなたは私を好きだと言ってくれるけど、だから結婚するわけじゃない。
私があなたを好きだから、一緒にいたいの。
ディル、私、あなたを愛しているわ」
言い切ったエリカに、ディルが駆け寄り抱きしめ、そして抱き上げてクルクルと回った。
「最高だよ、エリカ!」
高く抱き上げられて驚いたエリカがディルに抱き着くと、ディルはますます笑い声をあげて回った。
「ちょっと、ディル、やめて!もうっ!!」
「やめない。やめるもんか。俺の妻は最高だ!」
「まっ、まだ妻じゃないわ!」
「いいや、俺は明日にでも研究を完成させて君と結婚してみせる。
なんたって、こんなに素敵な愛の告白をされたんだからね!!
もう一回言ってくれよ、
『ディル、私、あなたを愛しているわ』
ってさ!」
「…もうっ!!」
「俺もエリカ、君を愛してる。ごめんよ、悲しい思いをさせてしまって」
そう言ってディルはエリカの頬にキスをした。
そこで、抱き合う幸せそうな二人をポカンと見ていた面々は、ハッと我に返った。
「ちょ、ちょっと!エリカさんっ!さっきのあなたの話だけどっ」
いち早く口を開いたのはジニアだったが、エリカに
「ジニアさん、私の話より、ムルチコーレ伯爵家に黙ってウッドラフ公爵家に婚約の話を持ちかけていたことについての弁明を彼にした方が良いのではなくて?」
と言われてニゲラを見た。
ニゲラは呆然としていたが、エリカの言葉とジニアの視線に気付き、みるみる顔を赤くした。
「そ、そうだ、ジニア、君は僕という婚約者がいながら公爵家に婚約を打診していたなんてっ、酷いじゃないか!!結婚式まであと半年だっていうのに、し、しかも嘘までついて僕を騙して。
今日だって、どうしてもエリカが僕を諦めきれないからって」
「嘘じゃないわっ!確かにちょっと…」
「嘘だろう?さっきディルが言っていたじゃないか。
大体結婚式のことだってドレスがどうのこうの言って、すぐに不機嫌になって。僕は君のそういう気分やなところは気に入らなかったんだ!」
「なんですって?公爵家の私と結婚するのに、なんの文句があるっていうの?」
「ほら、そういうところだよ。何だって言うんだ、全く!」
二人の言い合いはどんどん激しくなっていった。
エリカとディルは、このまま聞いていても仕方がないと考え、その場を去ることにした。
「ハドリー先輩、あなたのしたことも公爵家から抗議を送るので、そのつもりで」
去り際にディルにそう言われたハドリーは、その場に座り込んでしまった。公爵家からの抗議など、自分だけではなく、実家がどうなるかを想像したのだろう。
その後。
「ディル、さっきの話だけど…」
研究所に戻りながら、エリカがディルに話しかける。
「君が俺を愛してるってこと?」
ディルは照れ隠しにちょっとからかったつもりが、エリカの答えは真剣だった。
「そうよ。あれは、その場の勢いなんかじゃないから…まあ少しはあるけど…。
たとえ、あなたがジニアさんとどうにかなったとしても、私の気持ちだけはきちんと伝えたかったの」
「おっ、俺が彼女とどうにかなるなんて、ある訳ないだろうっ?」
「たとえ、よ。
私、一度はもうダメだって帰ってしまいそうになったけど、やっぱり諦めることはできなかった。
私、ディルが好き。でも研究も大切で、好きなの。
ニゲラには…今考えると彼には失礼なことをしたとも思うの。彼が言う事を自分に良い用に受け取って、自分の好きにしていたところがあるから…
だからと言って彼のやりようは許せないけど。
でも私も彼に対して誠実だったかと言うと自信が持てないというのが正直なところよ。もちろん彼には言わないし、言えないけど。
でもディル、あなたへの気持ちは譲れない。
だから、どちらも叶えるように努力する。欲張りだって思われてもいい。
研究が大変な時はお洒落も後回しになってしまうと思うし、あなたへもきっとたくさん疑問をぶつけるわ。
家のことだっておざなりになることがあると思う…ディルはそんな私でいい?」
ディルは今度こそ真剣に答える。
「もちろんだ。俺の大好きなエリカは、研究が大好きで、真面目で努力家なんだ。
君のことだから、全部を全力でできないことに罪悪感を感じると思うけれど、そういうところも含めて、愛しているよ
大丈夫。二人できちんと話し合いながら、一緒にやっていこう」
「…」
エリカは頬を染めた。卒業パーティーで感じた悲しみも悔しさも、溶けていくようだった。
*****
ディルは宣言通りすぐに研究を完成させたので、婚約も結婚も想像していた以上に早く進んだ。
エリカは研究の時は真剣にディルと意見を戦わせたし、家のことは両親にお任せしてしまうこともあった。
けれども、両家共、子どもたちの幸せを願っていたので何の問題もなかった。結婚して時が経てば働き方も考え方も変わっていくことを親たちは知っていたから。
「大事なのはきちんと相談して想いを伝え合うこと、それに尽きますわね」
「全くです」
親たちは自分たちの若い頃を思い出して、そう語り合った。
エリカとディル、そして二人を取り巻く人々の生活はこれからも長く続くのだ。
これにて完結です。
お付き合いくださり、どうもありがとうございました!
まだまだ未熟で呆れるようなところも多々あるエリカとディルですが、それが若さであり希望であると思います。なにせ18歳なので、恋愛はとっても大事なので!そんなに甘いことばっかじゃないよ、とお思いの方もいらっしゃると思いますが。
既に大人の皆様には若かりし日の自分自身を思い出しながら、
若い皆様には今の・これからの自分と比較・想像しながら、
読んでいただけたなら幸いです。
ニゲラとジニアはこの後どうなるのかも考えてはいるのですが、それはまたいつか。
本当にどうもありがとうございました。




