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エリカ・アジアンタム子爵令嬢(18歳)に起きた出来事  作者: 青木薫


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6.エリカ、再び打ちのめされる

本日もどうもありがとうございます。

 次の日。


 ディルは宣言通りすぐにアジアンタム家に求婚の申し入れをし、エリカの両親は格上からの申し込みに恐縮しつつもエリカの笑顔に大喜びでそれを受け入れた。ソレルは


「僕はさ、あの日、学校で会った時からこうなる気がしてたんだよね〜」


と上機嫌だった。ミアたちもみんな大喜びでその夜のディナーにはエリカが大好きなプディングが大皿で供された。


 その日からの1週間、エリカは研究所での仕事と婚約式の準備、そしてなるべく早く結婚したいと言うディルのせいで家のことを決めたりと大忙しとなった。もちろん頑張って研究に取り組むディルのため、自分たちのためなので忙しさだって嬉しかったのだが。


「エリカさん、お客さんだよ」


 同僚のニックが声をかけたのは、エリカがやっと昼食の時間が取れた時だった。


 エリカが今日の分の打ち合わせは研究のことも婚約のことも終わっているはずなのに、何か忘れていただろうかと慌てて研究室のドアに向かうと、そこにいたのはジニアだった。


「…ジニアさん?」


「久しぶりね、エリカさん。この前会った時はまさかと思ったけど…ふうん、随分変わったじゃない、婚約破棄の悔しさに一念発起って感じかしら?」


 相変わらず美しいジニアはエリカを卒業パーティーのあの夜のようにジロジロ見て、クスリと笑った。


「それで同じ研究所のディルを色仕掛けで落としたってわけ?必死ねぇ、まあ研究者って女性に慣れていない人が多いから、それくらいでも引っかかるかもしれないわね」


 あまりの言われようにエリカが呆気に取られていると、


「でも、聞いたわよ?あなたたち婚約式はまだだっていうじゃない?ふふっ、今度こそうまくいくといいわね…応援してるわ」


 ジニアはエリカを憐れむような視線を送ると、じゃあと帰って行った。


 エリカは驚きと不安な気持ちで部屋に戻り、楽しみだったはずの、シェフが準備してくれた大好きなサーモンとチーズのサンドイッチをモソモソと齧った。ジニアは一体何を考えているのだろうと思いながら。



 ジニアの企みはすぐに明らかになった。ジギタリス家がディルのウッドラフ公爵家に婚約の打診をしたからだ。これにはディルもディルの両親も驚きを通り越して呆れた。何せジニアとニゲラの結婚式は半年後に決まっているのだから。


「何を考えているんだ、あの家は!!」


 幸いエリカの両親とディルの両親が共に怒って、すぐに侯爵家から断りの返事をしてくれたのでエリカはホッとしたが、ジニアの考えが理解できず混乱し、また恐怖を感じた。


「ムルチコーレにも抗議したいところだが、うちに何か来たわけではないからな。関わりたくもないし…全く腹立たしい!!」


 怒る父親に、ディルが


「ほとんど話したこともない彼女となんて、あり得ません。しっかり断っていますし。


 …エリカ、大丈夫だよ」


と言ってはくれたものの、パーティーでの出来事を思い出し、夜中に悲鳴を上げて起きることもあった。


 ミアたちメイドはエリカを励まそうといつも以上に食事や環境を整えることに心を込めた。そして着心地の良い、それでいてエリカの魅力を引き出す装いを整えてくれた。


 エリカはみんなの優しさに感謝しながらも、不安のため急激にまいっていった。ジギタリス家からウッドラフ家への打診がやまないのだから仕方がないことだった。


 そんなにも彼女は侯爵家で大事にされているのか。断りを入れている格上の公爵家に食い下がるほど。そしてそれが叶えばエリカの人生を再びひっくり返すことになる、そんなことが許されるほどなのか。


 このことで侯爵家からは子爵家うちにもディルとのことは身を引くべきだと圧がかかっているようだ。自分のことで何か不都合なことを押し付けられたら両親が困ることになるだろう…。エリカはジニアと比べて自分の存在の軽さを感じ、惨めだと思った。


 それでも、怖がったりメソメソしたりするばかりではいられない。なぜジニアがこんなことをするのか、何かあったら自分はどうするべきなのか、ディルとはどうしていきたいのか、エリカは考えた。考えに考えた…。


 こうして気丈に仕事に婚約の準備にと頑張っていたエリカだったが、数日後、事件は起こった。



「エリカさんさぁ、本当はニゲラのことがまだ好きなのに、振られた腹いせにディルと付き合うことにしたんだって?見かけによらず悪女なんだね。ディルもかわいそうに」


 研究所の先輩のハドリーが、隣の研究棟に書類を届けようと向かっていたエリカの肩を後ろからグイッと引いてそう言ったのだ。


 ハドリーは、エリカが入所してすぐに言い寄り、断られた腹いせに彼女の良くない噂を流した一人だった。


「な、何を…」


 急な乱暴とも言えるその行為に驚き、怯えるエリカに顔を寄せてハドリーは続けた。


「ニゲラは君がそんなに自分のことを想っているなら今からでも婚約を結び直していいって言っていてさ、今日、仕事が終わったら会ってくれるって。


 良かったね?」


「…私は、そんなこと望んでいません」


「またまた、無理しちゃって。


 あ、もしかしてディルに悪いって思ってる?腹いせにせまったから?


 大丈夫、俺が説明しておいたから、あいつも目が覚めたと思うよ」


「えっ?どういう意味ですか?」


「だからぁ、君がまだニゲラのことを好きで、当てつけでせまったけど、またニゲラと婚約しなおすからディルとは終わりだって、俺がディルに言っておいたってこと」


「は?な、何を…」


「ディルはショックだったみたいだけど、俺がきちんと説得しておいたから大丈夫だよ。


 ああ、それにニゲラの元婚約者のジニアが慰めに来てたし」


「っ!!」


「あっ、ちょっとぉ、どこに行くつもり?ニゲラが来るのは夕方だよ?おいっ!待てよ!」


 エリカはハドリーを無視して自分の研究棟に走って戻った。意味のわからないことを笑顔で話すハドリーが恐ろしかったし、まるで事実のように話された内容が本当に本当だったらどうしようと胸が早鐘を打つようだった。


「ディル!」


 研究棟にやっと着いたが、ディルの研究室に彼の姿は見えなかった。エリカはディルが行きそうな場所を探し回り、ようやく薬品庫で彼を見つけ、ホッとして声をかけようとした時だった。


「可哀想に、婚約破棄の腹いせに誘惑されたなんてショックよね、ディル。


 大体あの変わりようったら…どれだけ男性の気をひきたかったのかしら。あなたが騙されたのも仕方がないわ。私から見ても彼女、魅力的になっていたもの。


 ニゲラも彼女の必死さに折れて、私との婚約は解消するって。


 彼も自分のためにあれだけキレイになる努力をした彼女を捨てるのはしのびないって…親切よねえ。


 その気持ちに免じて私も了承したの。


 だって、仕方ないでしょう?


 そんなに彼女がニゲラを想っていたなんて知らなかったし。卒業パーティーでは悪いことしちゃった。そこまで彼を愛してるって、言ってくれればもっと早く身を引いたのに。


 まさか当てつけみたいにディルを誘惑するなんて、学生時代の彼女からは想像もつかなかったわ。


 同じ女性としてちょっと…怖い気がするくらい。


 でも心配しないで、私達、似たもの同士だもの、このままこちらはこちらで話を進めましょう。いいでしょう?」


 ジニアがそう言って、ディルに近づくのが見えた。


 そのディルは…ディルは、笑っていた。


 エリカは思わずよろけた。脚から力が抜けて身体を支えきれなかった。持っていた書類が落ちた。その音にジニアが目を向けた。


「あらやだ、エリカさんじゃない。立ち聞きなんてマナーがなっていないわね…まあ、嘘がバレて慌ててしまったようね?


 でも大丈夫、ニゲラはそんなあなたをもう一度受け入れてあげるそうよ、良かったわね。


 私もあなたの愛情に免じてニゲラを許すから、心配しないで。


 ああでも、ディルはどうかしら…?」


 エリカの言葉にディルを見ると、彼の目は大きく見開かれ、それから困った顔でエリカを見つめた。


 エリカはフラフラと後ずさると、踵を返し、自分を呼ぶディルの声には振り向かず、自分の研究室に戻った。そして急いで荷物を持って鍵をかけると研究所を飛び出した。


 もうここにはいられない、と彼女は思った。


 ハドリーの言っていることは理解できないし、ジニアの話もなんのことかわからない。ニゲラのことなんてもう全く好きじゃないし、婚約破棄の腹いせにディルを誘惑なんてことだってしていない。ニゲラもジニアもどうだっていい。


 でも、ディルが。ディルがジニアに笑いかけていたこと、そして私をこれまでとは違った困った顔で見ていたことには、耐えられない、そう思った。


 『また私は…』


 馬車乗り場までの道を走る間にも、エリカの目からは涙があふれていた。


 ジニアの話を違うのだと言えなかった自分に、違うと言っても信じてもらえないのではないか、ディルの本当の気持ちはどうなのか、と思ってしまう弱い自分に。


 そして好きなディルの思いがけない表情に、打ちのめされていた。


 しかし。


 『でも、本当にこのまま引き下がって良いのか』

 『また逃げ帰って泣いているばかりで良いのか』


 エリカは馬車に乗り込む前に立ち止まった。卒業パーティーの後に感じた悲しみや悔しさを思い出した。


 『今度こそ、きちんと自分の思いを伝えるべきよ!』

 『そうよ、うまく言えなくたって、黙っているだけなんて!』


 そして、研究所に戻ろう!と振り返った時だった。


「なんだ、泣いてるのか?馬鹿だな、大丈夫、もう心配ない。


 俺がお前をもらってやる。そんなにお前が俺を想っているなんてな。


 全く早く言えばいいものを」


 エリカの手首をグッと掴んで笑ったのは…ニゲラだった。

お読みくださりどうもありがとうございました。


明日で完結です。最後までお付き合いいただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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