3.エリカ、メイドたちに磨かれる
第3話となります。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
次の日。
目の腫れも引いてホッとしたエリカは予定通り学園へ行くことにした。
卒業したので制服は着られないため、華美にならない程度にと思ったのだが。
「お嬢様、今日は私達にお任せを!」
とミアを始めとするエリカ付きのメイドたちが張り切っていたので、その勢いに負けてお願いすることにした。
先日エリカに投げつけられた、ニゲラの「華やかさに欠ける」、そしてジニアの「みすぼらしい」という言葉が心に残っていたこともあったし、同級生たちもいないことだし、まあいいかと思ったのだ。
「ほら、やっぱりお嬢様は濃い色がお似合いです!」
「髪を上げるとお顔のラインが出てスッキリします!
ああもう!なんて可愛らしい額でしょう!」
「お化粧はお嫌ですって?
大丈夫です、眉を整えてお粉をはたくくらいでお化粧とは言いません。
それでもお嬢様には十分。
何と言っても奥様譲りの美貌ですから!」
「今日から眼鏡はどうしても必要な時だけですよ!」
出来上がったのは、今後必要になるだろうと仕立てておいた余所行きのワンピースを着せられ、綺麗に編み込まれた髪にワンピースと同じ紺色のベロアのリボンを結ばれ、薄く化粧まで施された美しい令嬢エリカだった。
「では、行ってらっしゃいませ!」
「…ありがとう、では行ってくるわ」
メイドたちの晴れ晴れとした笑顔に見送られてエリカは馬車に乗り込んだ。
そして準備中のメイドたちの様子を思い出して馬車の中で苦笑した。
それと言うのもメイドたちが、エリカの顔に生えていた産毛を処理しながら
「ちょ…この産毛、フカフカすぎない?」
「憎っくき産毛…でもお嬢様のかと思うと愛おしさも…集めて何か作りたい…」
「ま、眉の分量、三分の一になったわ…」
と大賑わいだったのだから。
これまではニゲラが良い顔をしないので身だしなみは最低限整えるだけだったなとエリカは思った。
服はもちろん制服だがみんなが自分の体型に合わせて少し直して着るところ、エリカは買ったものをそのまま着ていた。
痩せ型のエリカは背の高さに合わせた制服を着るとブカブカで大層貧相に見えた。
それでも婚約者がいるのだから華美になるのは、と考えてのことだったがそれも良くなかったのだろう。
「勉強だけではなく、見た目も磨かなくてはならなかったのね…
目立つなと言ったり華やかにと言ったり、男の人って難しいわ。
人から言われたようにばかりしていてはダメってことね。もっと考えなくちゃ。
それに、ニゲラに会うことはもうないと思うけど、今度こういうことがあったら言い返せるようになりたいわ」
ため息をついているうちに到着した学園の門をくぐったエリカは、産毛も眼鏡も無い顔は何となくスウスウするなと思いながら職員室の先生のところへ向かった。
「バーベイン先生、お時間よろしいですか?」
「ああ、エリカ君…って、エ、エリカ君?」
「はい?あ、弟に本日相談にうかがうことをお伝えするようにと言っておいたのですが、もしかして伝わっていませんでしたか?…申し訳ありません!」
先生の様子にエリカが慌てて謝ると、
「いや、大丈夫だ、君が来ることは聞いていたから…その…いつもとだいぶ…あー…まあ…元気そうで何よりだ。
で、どうしたんだね?
君のことだからやっぱり研究を続けたくなったかな?」
先生は笑ってそんなことを言ってくれた。
エリカがホッとして研究所への就職を希望したいと伝えると、待ってましたとばかりに書類を準備してくるとエリカを残して事務室に行ってしまった。
職員室では他の先生方や職員室に来た生徒がチラチラとエリカを見ていたが、エリカは会釈をして静かに待っていた。しばらくするとドアが開き、
「失礼します、バーベイン先生は……。
…っ、君はっ…エリカ・アジアンタム…嬢か?」
と現れたのは最優秀生徒のディル・ウッドラフだった。
彼が卒業パーティーで挨拶をしていたことを思い出したエリカは
「はい!ディル・ウッドラフ様、この度は最優秀賞の受賞おめでとうございます。
どれも素晴らしい研究内容でした!」
と立ち上がって礼をした。
彼は学生でありながら研究所にも所属し、様々な研究に取り組んでいたのだ。ある意味エリカの憧れでもあった。
「いや、そんな…君だっていろんな研究をしていただろう?
既に商品化されたものもあるし、もうすぐ実用化される予定のものだって。
あと半年あったら君が最優秀賞だったと俺は思っているんだけど」
「えっ、私の研究についてご存知なんて…光栄です!」
「いや、君、研究者の間では評判だし、本当は卒業パーティーの後少し話せたらって思ってたくらいで
…あー、ごめん、ちょっと近いかも…」
ディルがそう言ったのでエリカはハッとして離れた。
眼鏡がなくいつもより見えにくいため、聞いているうちに近くに寄りすぎたのかと思ったが、そうでもない。
それでも、慌てて謝った。
「すみません!失礼を」
「いや、そうじゃない…俺が…いや、いいんだ。気にしないでくれ。
…とにかく、君の今研究している光エネルギーだけど、俺の研究している蓄電池と組み合わせたら面白いと思うんだよね」
「まあ、ウッドラフ様の研究と?…そうですね…それは、かなり便利なものになりそうです!」
「だろう?それでだな…」
二人が白熱しているとバーベイン先生が戻ってきて、
「なんだ、もう話していたのか。それなら話は早いな。
この後エリカ君に書類を書いてもらうから、ディル君、一緒に研究所に行ってくれ。
連絡はしてあるよ」
と笑った。
パーティーでの婚約解消、その後の出来事をソレルから聞いていたバーベイン先生はこうなることを予想していたようで、先んじて研究所と連絡を取り合っていたようだった。
今日ディルが学園に来たのもエリカを研究所まで連れて行ってほしいと頼んだからだと知り、エリカは恐縮した。
「今まではニゲラ君の婚約者ということもあって男性を紹介するのは遠慮していたんだがね。これからは同僚として働くことになるし、先に知り合っておいたほうがいいだろうと呼んだんだ。
研究者としての君たちは気が合うと思うからこれからは切磋琢磨していくといい。
ああ、研究所にはこれまでの君の研究や実績を渡してあるから、新年度からのことは心配しないように。
新年度までの3週間は、そうだな、少しゆっくりするといいだろう。
おお、もうこんな時間だ。
二人とも、どこかで昼食をとってから行くといい。街場なら馬車を呼ぶまでもないだろう」
先生に激励されてエリカが嬉しい気持ちでディルと学園を出たところで弟のソレルが走って追いかけて来た。
「姉さま!良かった、ちゃんと…ってあれ?姉さま?」
「あらソレル、まだ授業があるでしょう?どうしたの?」
「いや、うん、授業はあるけど…姉さまがちゃんと来たかなって思って…
あー今日は随分磨かれたね?
いつも可愛い姉さまだけど、今日はいつもの100倍可愛い!」
ソレルはエリカの変わり様に驚き、弟だけあってそれはそれは正直に伝えた。
「え?…ああ、これ?ミアたちが何だか張り切っちゃって。変かしら?」
「そんなことない!すごくいいよ。…ね、ディル先輩?」
「えっ、俺?」
急にソレルに話を振られたディルはギクリとしたがニコニコしているソレルと困ったように自分を見つめるエリカに、
「…あーその…制服の時とは感じが違う、とは思う…」
と答えるディル。その様子に
「ほら、ウッドラフ様も困っているじゃない、だめよソレルったら」
とエリカはたしなめた。それでもソレルは恨めし気に続ける。
「えーだって、こんなに可愛くしてもらった姉さまを見るのは僕だって初めてかもしれないのに…せっかくこんなに素敵な姉さまを先に見たディル先輩は何も思わないんだ?ふうん…」
それに慌てたのはディルだ。
「いや、その、女性の外見に言及するのはその失礼と言うか…大体多少服装が変わったくらいではエリカ嬢は変わらないし…いや、とにかくだな」
と、しどろもどろになりながら話していたのだが、エリカとソレルの眉がハの字になったことに気付き、
「ちっ、違う!変わらないっていうのはそういうんじゃなくて…その…服はよく似合っている。職員室で見た時にそう思ったけれど、さっきも言った通り女性の外見にあれこれ言うものではないから黙っていただけだ」
と言った。そしてちょっと驚くエリカとまだ期待を込めて見つめてくるソレルに
「…髪型とか、も…かっ」
「かっ?」
「可愛い…と思う」
ソレルに乗せられてそう言ってしまったディルは
「ああっもうっ!いいから、早く研究所に行って書類を出さないと!行こう!」
と目を丸くするエリカを促して足早に学園を後にした。ニヤニヤしているソレルを残して。
到着した街場のお店で昼食を食べながらディルは、歩きながらずっと考えていたことをエリカに伝えた。
「さっきは急だったからきちんと言えなかったし、婚約者でもない男に言われても迷惑なだけかと思うが、その服も髪もエリカ嬢によく合っている。きっとメイドたちは君のことが大好きなんだろうな。
でも、やっぱり俺は多少見た目が変わったくらいではエリカ嬢の価値は変わらないと思う。俺は、エリカ嬢のこれまでの努力や研究を尊敬していて、それは君の外見とは関係がないんだ」
エリカはその言葉を聞いて、卒業パーティーでの二人からの酷い言葉と、そのことで見た目を磨かなかった自分を責めたことを思い出した。そして、目の前のディルが一生懸命に『こんなことを言ったらせっかく君を素敵にしたメイドたちに叱られそうだけど』と話しているのを聞いていたら…
「…」
「っお、おいっ、どうしたんだ?何か気を悪くするようなことを言ったか?あっ婚約者の話がまずかったか…ああっ、すっ、すまない!!大丈夫か?」
エリカはパスタの皿を前にポロポロと涙をこぼしてしまった。
慌てているディルには申し訳なかったけれど、今回のことで深く傷ついたエリカにとって、エリカが頑張ってきたことこそに価値があるのだと言ってくれたディルの言葉は何よりも大切なものだった。
その後。
エリカが泣き止んでから二人で向かった研究所では、書類を提出するやいなや誰もがエリカに研究の内容について質問したし、エリカもそれに答えるので必死になった。それはとても楽しい経験で、バーベイン先生が少しゆっくりするといいと言ってくれたはずの3週間だったが、1週間も経たずに研究所に通い始めたほどだった。
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