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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

宵の祭り

作者: 西順

 これはうちの曾祖父が、私が幼い頃に語ってくれた話なので、そこが違う、あそこが違うと指摘されても困るのだが、曽祖父の曽祖父は、幕末の京都で新選組とやり合い、生き残ったのが自慢だったそうだ。


 今から160年も昔の話、私のご先祖は薩摩でも長州でも土佐でも会津でもない、そんな有名でもない藩の藩士だったそうだ。一応藩命って事で京都に上洛したご先祖だったが、弱小藩のやる事と言えば、勢力を拡大させていた列強藩の下で指示に従い、上手く立ち回るぐらいで、剣の腕が立ったご先祖は、今日はこの藩の命で、あの藩の藩士を暗殺し、次の日には殺した藩士の藩の命で仕返しをする。そんな名も知られぬ人斬りをしていたそうだ。曽祖父の話では幕末には、そんな使い捨ての人斬りが、両手で数え切れない程いたとか何とか。


 名こそ知られぬご先祖だったが、顔はそこそこ知られていたので、ご先祖に不用意に近付こうなどと言う無粋な輩は、町人のみならず、武士の中にもそうそういなかったそうだ。


 その日は満月が綺麗な冬の夜だった。自分を道具と扱う他所の藩のツケで、とある飯屋でそばを食らったご先祖は、腹も膨れたので、飯屋からお暇しようと出入り口まで歩いていくと、外が何やら騒がしい。


 それを訝しんで、出入り口の戸に手を掛けるのをご先祖が逡巡すると、それと同時に戸が激しく横にはたかれ、立っていたのは浅葱色のだんだら羽織を着た男が十人。そう新選組である。


「御用改めである!」


 幕末好きなら誰もが知る言葉を、先頭の男が発するのを、間近で聞いたものだから、ご先祖も一瞬呆気に取られ、対する新選組も、まさか眼前に人が立っているとは思わず、こちらも思わず動きを止めてしまう。


 見詰め合う両者。しかして名前は知らずとも、その顔は知られているご先祖を見付けた新選組は、直ぐ様刀を抜こうと腰に手を伸ばすも、ご先祖はそれをさせじと前蹴りで先頭の男を蹴り飛ばした。


 これで新選組は隊列を崩し、隙が出来たところをご先祖は素早く飯屋の出入り口から駆け出した。


「待て!」


 声を張り上げる新選組なんぞ振り返らず、市中を走り、逃げ回るご先祖。夜半の追いかけっこは終わる事なく、新選組は執拗にご先祖を追い掛け続ける。


 三条か四条か、河原町か木屋町か、大和大路か川端通か、渡った橋の下を流れていたのは鴨川か高瀬川かみそそぎ川か、どこを通ってどれだけ走っていたか分からなくなるまで逃げ回っているうちに、月明かりの下、前方に橋が見えてきて、その先も何やら騒々しい。幾つもの提灯の灯りに追われるように、その先頭を何者かがこちらへ向かって走って来ている。


 このままでは前方と衝突する事になるが、ご先祖も追われる身であれば、後戻りも横に逸れる事も難しかった。仕方なく前方の橋へと駆けていけば、橋の中央で前方の相手とかち合う事に。


 橋の真ん中、月下に見れば、相手は自分と同じ弱小藩の人斬りだ。であればとこいつを追ってきた提灯たちに視線を向ければ、自分を追ってきただんだら羽織が提灯に照らされている。


「テメエ、何やってやがる!」


「それはこちらの台詞です。こんな逃げ場のない場所に、新手を連れてくるなど、どうしてくれるのですか?」


 お利口そうな話口調の人斬りを一睨みするも、それは相手も同じ。ここで相手の揚げ足を取りながら言い争う暇などある訳もなく、すぐに橋は両側から封鎖され、人斬り二人は橋に閉じ込められてしまった。


 これに舌打ちを漏らしながら、ご先祖は刀を抜き、もう一人の人斬りも左腰に右手を当てる。


「観念しろ! 巷を騒がす狼藉者ども!」


 京の市中を守護するのが建前の新選組である。ここで人斬りを見逃す選択などある訳もなく、橋の両側を挟む二十人が、一斉に腰の刀を抜き放つと、二人に斬り掛かってきた。


「はんっ」


 しかしてそれに臆するご先祖ではない。己へ斬り掛かってくる新選組の一人に向かって、刀の切っ先を天に向けて立てた構えから、その剛剣を振り下ろす。これで真っ二つに両断される新選組の隊士。


 これを脅威と受け取った他の隊士たちの足が止まる。そこに好機を見出し、ご先祖は振り下ろした刀を返す刀で更に一人へ攻撃を加える。


 隊士の腕が月夜に飛ぶ。喚く隊士に突きで追撃し、その命を散らすと、「さあ、掛かって来い!」とまた刀を天に立てる。


 もう一人の人斬りも腕利きだ。青眼から振り被ってきた隊士に向かって、腰の刀をすかさず抜き放って真っ二つ。これぞ神速の居合とばかりに、抜き放った刀は、斬られた隊士が橋に伏せる前には、もう鞘の中だ。


 人斬り二人の剣の冴えに怯む新選組だが、腰を引いてもいられない。一人ずつでは無理ならば、囲んで討ち取れば良し。とばかりに二人を囲もうと足運びが輪を描く。


 これに対して二人の対処も早い。一人ずつ囲まれては流石に分が悪いと踏んだ二人は、その場で互いの背を預けるように位置取りすると、ここからはもう乱戦だ。


 同時に斬り掛かってくる隊士たち相手に、一つを躱し、一つを刀の峰で凌いだご先祖は、これを跳ね返して体勢を崩されたその隊士をバッサリ。更に躱した隊士に向かっていっては斬り結ぶ。


 もう一人の人斬りも、神速の居合でバサリバサリと斬るも、そればかりをさせてくれる新選組の隊士ではない。二人、三人と同時に斬り掛かり、刀を鞘に納める時間を与えない。


「何だ!? 苦戦しているじゃねえか!」


「そちらも上手くやれているとは言い難いでしょう」


 何せ多勢に無勢だ。どうしても押し込まれてしまう。しかしここで殺されるなど御免被る二人であれば、その動きは直ぐ様合致する。


 一人を斬って出来たご先祖の隙を突くように、別の隊士が斬り掛かってきたところを、もう一人の人斬りが、素早く居合で首を刎ねる。


 そうなればその人斬りの背ががら空きとなるのは必然。そこを狙う隊士に向かって、横からご先祖が胴を逆袈裟に薙ぐ。


 一人の隙をもう一人が補うように、初めての共闘でありながら、まるで水魚の交わりの如く、二人の動きは連携が取れており、一人が斬ってはその隙をもう一人が補い、まるで二人一組の生き物の如く、新選組を屠っていく二人。


 これには怖気を禁じ得ない新選組の隊士たちだったが、そこへ駆け付ける者たちあり。騒ぎを聞き付けた他の隊士たちである。


 わらわらと橋に集まる新選組の隊士たちを、遠目で確認した二人はげんなりする。ここまで走って逃げてを繰り返し、逃げ場がなくなり橋での戦いとなった訳で、本当のところはもうクタクタだ。ここに来て更に増員された隊士たちの相手をしていては、疲労で剣の腕も鈍ると言うもの。


「やってられるか!」


「同感だ!」


 これ以上新選組の相手なんてしていられない。両者の意見は合致した。なれば後は逃げるに然り。月光の下、襲い掛かる隊士を意地で跳ね除けるや否や、二人は離れるように別々に橋の欄干へと駆け出し、そのまま川へと飛び込んだ。


 まさか冬の川に飛び込むとは思わなかった隊士たちを尻目に、ご先祖は凍えて縮み上がる身体で、冬の川を泳ぎ続け、新選組の隊士たちの声が遠ざかるのを聞きながら、どうにかその場から脱する事に成功したそうだ。


 もう一人の人斬りが、その後どうなったのかは分からない。ご先祖の話を聞いた曽祖父の見解では、ご先祖と同じくらいの腕があった剣士である。あれで死んだとは思えないといつも語っていた。私も同意見だが、それもそうなれば面白い。と言う物語的結末への希望であった。


「しかしまあ、よくぞ我が家に辿り着けたものですね」


 私の前で行儀良く正座している青年から渡された日誌に目を通しながら、私は感嘆の声を漏らす。


「いやあ、実際は総当たりで、当時、僕のご先祖様と同じような事をしていたらしい家を探し出しては、直撃してきた感じです」


 頭を掻く青年。青年の話では、大学の卒論のテーマとして、ご先祖様の遺した日誌の信憑性を探る為に、あちこち出向いていたらしい。そしてその一つとして当たったのが我が家と言う訳だ。


 青年が渡した日誌は、草書体で書かれていたので何と書かれているのか私には分からなかったが、青年の説明はズバリ曽祖父が私に語ってくれたご先祖の話と合致していた。うん、驚いた。どうやらご先祖の逸話は本当だったらしい。もしかしたら、うちのご先祖とこの青年のご先祖様が共作して妄想を描いた可能性も残っているが。


「まあ、私から言える事は、ここに書かれている話は、我が家にも伝わっている。と言う事だけですね」


「本当ですか!?」


 嬉しそうである。まあ、ここまで来るのに苦労もあっただろうし、私から言質が取れただけでも、卒論は一歩前進だろう。これをどのように卒論に落とし込むのかは知らないが、


「頑張ってください」


 私がそう伝えると、青年はくしゃりと笑みを見せるのだった。


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