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08:魔法

「うん。待ち伏せなし、モンスター多数。予想通りだ、幸先がいい」

「え、…ちょっと多くないですか?」


火の神殿の前までたどり着いた二人は、やや離れた物陰から入り口の様子を探っている。

入り口付近は開けていて、見晴らしの良い平坦な広場のようになっている。石畳の広場にはイヌ科の動物のような形をしたモンスターがうろうろとたむろしていた。数は二十…いや、三十はいるだろうか。

正直なところ、みことはビビっていた。なにせゲームでは、同時に出現するモンスターのMAXは五体がせいぜいだったので。


「低級だし、問題ないよ。ここで待ってて」


ヴァージルはそういうと、一人モンスターに向かって歩き出す。

当然モンスターは彼に気づいて臨戦態勢である。グルルルと威嚇するような声を出すが、それを無視してヴァージルはつかつかと群れの真ん中に向かって歩いていく。

そのうち一匹のモンスターが飛びかかる。それに向かってヴァージルは、手にした長杖を振った。するとモンスターは風のバリアによって弾き飛ばされ、地面にうずくまる。様子を見ていた周りのモンスターたちは一瞬ひるむが、すぐに威嚇の態勢を取り直した。

やがて群れの真ん中に立ったヴァージルは、地面に向かって半円の弧を描くように杖を振った。すると彼を中心にして暴風が吹き荒れ、モンスターたちに襲い掛かる。風は刃となって切りかかり、モンスターは為すすべなく倒れていく。一部の個体はそれでも果敢にヴァージルに向かって行くが、やはり先ほどと同じようにバリアに阻まれ、そのうち風の刃に倒れていった。

完全にワンサイドゲームだ。ワンパン、リンチと言っても差し支えないだろう。やがて風は収まり、あとに残るのはモンスターの死骸だけだ。それもしばらくすると霧散して、キラキラ輝く石だけが残る。


「おおー」


思わずみことは両手でパチパチ拍手を送った。実に鮮やかでショーか何かを見ているかのような感覚に陥ったのだ。


「はい、拾って―」


もういいよ、とヴァージルは合図を出して彼女を呼び寄せ、あとに残った輝く石を拾えという。近づいて行ってみことが石を拾い上げると、石は砕けて砂になった。それと同時に、みことの身体にはいつもと違う感覚が起きる。近い感覚で言えば、例えばエナドリを飲んだあとのような。なんとなーく高揚して眼が冴えたような感じ。気のせい、と言われればそうかもと思ってしまうくらいには弱く、決して劇的な変化ではない。


「ははぁ、これが経験値」

「こういうの、言われてみればゲームっぽい要素だよね。この世界で生まれ育ってると、当たり前すぎて気づかなかったわ」


気づかないとかあるんだ?なんてみことは脳内でツッコミを入れるが、まぁ確かにゲーム慣れしてないとそういうもんなのかもしれない。みことはコンシューマーもアプリも遊ぶので、一般人の感覚がよくわからなかった。


「どう?なんか変わった?」

「んー…たぶん?」

「ここで一度、魔法の練習しておこうか。感覚が分からないうちに魔力解放して、ショックでぶっ倒れられても困るし」


言って、手の平を上にして「はい 」と両手を差し出す。手を出せ、ということらしい。言われるがまま、みことは彼の手に自分の手を重ねた。ヴァージルは目を閉じ、穏やかな声で指示をする。


「身体の感覚に集中して、ゆっくり呼吸して…スーー……ハァー………。そう、ゆっくり」


ヴァージルが呼吸するペースに合わせて呼吸する。だんだんとみことは自分の体の中に、今まで感じたことのない流れを感じた。


「…なんか、スーッとしたものが流れてる…?」

「足の指から頭のてっぺんまで、巡ってるのがわかる?それが魔力。身体の中を循環してるんだ。今は俺の魔力で活性化させてるから、普段よりわかりやすいはずだよ。それを感じながら、やりたいことをイメージすると魔法になる。たとえば…突風」


彼の言葉に合わせて、二人の周りを円を描くように、強い突風が吹き荒れる。落ちていた石や木の枝などが宙に巻き上げられる。さながら台風の様であり、二人はその目の中にいるようだった。


「そよ風」


台風は突然消え、巻き上げられていた石や木の枝がパラパラと地面へ落ちる。あとに残ったそよ風は優しく二人の周りを漂っている。穏やかで優しい風だ。とても先ほどの嵐のあとの光景とは思えない。


「浮遊」


そよ風が消えたと思ったら、今度は足元の感覚が変化する。先ほどまで硬い石畳の上に立っていたはずが、いつの間にか何もない宙を踏んでいるのだ。


「浮いてる!」

「魔法が発動するかどうかは、“想像力の強度”と“魔力量”で決まる。今の君なら、そよ風くらいは作れるかな。光の属性を持つ君なら、他の属性の魔法もある程度扱えるはずだ。やってごらん?」


魔法を解除しながら、ヴァージルはさも簡単なことのように言ってのける。

確かに彼の言う通り、『グラエク』にもその仕様はあった。光の聖女がガーディアンたちと巫女姫の力を借りて他属性の魔法を使えるという仕様。ただ使える範囲はさほど大きくない。せいぜい初級の弱い魔法が使えるだけである。練習にはちょうどいい、ということなのだろうか。

まぁ、でも。実演してもらったおかげで要領は感覚でなんとなくわかった。みことは目を閉じ、先ほどと同じように魔力に感覚を集中させる。


(そよ風…そよ風…)


一生懸命に想像するが、一向に思い描いた風は起きない。

「あれ?」と困った顔をするみことに、ヴァージルは特に馬鹿にするでもなく助け舟を出す。


「風は空気の流れだ。空気の流れは、たとえば温度差によっても生まれる。太陽光などで空気が暖まると、空気は軽くなり上昇する。そして周りの冷たい空気が、上昇した暖かい空気の間を埋めるように流れ込むと、それが風になる」

「えっ、ちょ…急に難しい話されても」

「“想像力の強度”って、どれだけ具体的に想像できるかってことだからさ。いろいろ知ってる方が強くイメージできるんだよ。全部を理解しようとしなくていい。今聞いたことからイメージできることを頭の中で再現してみて」

「うう…」


あーあー、デキる人は言うことが違いますねー。と、不貞腐れたい気持ちを抑えつつ、みことはもう一度感覚を集中させ、イメージを膨らませる。


(えーっと、なんて言ってた?温度差?…うーん、風は「空気の流れ」…「流れ」…つまり、何もないところから風が生まれるんじゃなく、すでにあるものが移動することによって「流れ」が生まれるってこと?だよね…?)


「そよ風…そよ風…空いたスペースに空気が流れ込んで生まれるそよ風…」と想像を続ける。

それを何分続けた頃だろうか。 しばらくすると、弱弱しい風が…本当に一瞬だけの小さな風が、ふわっと二人の衣服を揺らした。


「あ、できた」

「いいね、やるじゃん」


そう言ってヴァージルは右手でポンポンと、みことの頭をなでる。

達成の喜びは、一気にイラつきに変わった。彼女は24歳である。好きでもない男に頭を撫でられて喜ぶなんて、今時乙女ゲームの中でもありえない。


「…子ども扱いするのやめてもらえます?」

「悪い、ちょうどいい位置にあったから」


全然申し訳なさそうに言うので、みことは一層ムカついた。そのせいで、彼の手のグローブに嵌められた石が薄く光っているのに気づかなかった。


「魔力量が増えれば、雑なイメージでも魔法として具現化しやすくなるから。それまではなるべく細やかに頭の中で想像することだね」

「さっきのみたいな、学術的なことまでわかってないとだめですか?興味のない分野の勉強は苦手なんですけど…」

「いや、自分の中で腑に落ちてさえいれば問題ないはずだよ。知ってるものに例えるとか、想像しやすいものに置き換えるとかでもいい」

「どういうこと?」

「例えば、風魔法で攻撃するなら風でどんなふうに相手にダメージを与えるかを考える。刃物のような切り傷なのか、殴られたような打撲なのか。切り傷なら、風を刃物みたいに鋭く、薄く、そして速く操らないといけないだろ?だから、風が刃物のように硬くなるのを想像して…」

「あ、ちょっと待ってください。うっかり傷の方想像しちゃって…生々しくて気分悪くなってきた…」

「攻撃でなくてもいいさ。光属性はそもそも補助や妨害が本分だしな」


手近な段差に移動して、二人は腰を下ろした。荷物から水を出して飲み、しばしの休憩とする。

その間も二人の会話は続いていた。


「風だって本来は治療のほうがメインじゃないですか。なんでそんなに攻撃慣れてるんです?就寝中の索敵魔法とかも」

「旅をしてると、危険なこともたくさんあるからね」


フフッと笑って、ヴァージルはそれ以上のことは教えてくれないようだった。『グラエク』オタクのみこととしては、原作に出てこない魔法はぜひその成り立ちを知っておきたかったのだが…

まぁ旅はまだ長い。今度別の機会に聞いてみようと、気を取り直す。


「さて、少し休んだらいよいよ魔力の解放だ」


二人が視線を神殿へと移す。入り口は広くあいていて、聖女の来訪を待ちわびているかのようだった。

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