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07:虫よけ

「あのぉ…」

「ん?」

「宿屋に泊まりたかったかなー…なんて。情報収集もしなくちゃかなー、なんて。思うんですけどぉ…」


神殿のある森に向かう道中は、道こそあれど人とすれ違うことがない。今や神殿の近くは、モンスターの巣窟だからだ。神殿の置かれる土地は魔力が強い。ゆえに大地の魔力の乱れの影響を受けやすく、モンスターが湧き続けている状況らしい。ソフィアの“モンスターの抑制”は人里が中心で、神殿の方には及んでいないようだった。

そういうわけで周りに人がいないのをいいことに、みことは前を歩くヴァージルに向かって明け透けに抗議した。情報収集ももちろんしたいが…それ以上に、現代人が突然に野宿させられたのだ。あたたかい風呂に入り、柔らかいベッドでゆっくり休みたいのは、乙女として当然の欲求だった。

しかし、


「気持ちはわかるけどね。まだあの町には、追っ手も指名手配も来ていなかった。であればおそらく、この近くにある火の神殿もまだ待ち伏せされてはいないだろう。今は先を急いだほうがいい」

「…はぁい」


撃沈である。見事な論破だった。反論の余地などどこにもない。たいへん理路整然としていて、納得のできるものだ。

しかし感情は論理で抑えつけられない。みことの返事は不満が色濃くにじんでいた。「しばらくはどこに虫がいるともしれない中で眠らなくてはいけないのか」と、今から気が重くなっていたのだ。


「そうだ、これ」

「?」


不満そうな返事に苦笑いしながら、ヴァージルが何かを投げてよこす。みことは放物線を描いたそれをキャッチした。手のひらをひらくと小さな可愛らしい小瓶が顔を覗かせる。キャップをあけて匂いをかげば、爽やかな清涼感のある香りが漂ってきた。


「何ですか、これ。香水?」

「つけておけば虫よけになるよ」


それだけ言って、ヴァージルはまた前を向く。みことはヴァージルから、もう一度手元の香水に視線を移した。


ヴァージルが、虫よけを買ってくれた。わざわざ。


目の前の出来事を反芻すると、じわっと嬉しいという気持ちがこみあげてきた。

昨日はあんな風にからかっていたけど、本当は心配してくれてたんだ、とか。市場であんなにいろいろと物色していたのは、もしかしてこれを探していたのかもしれない、とか。だったら昨日は怒ってしまって悪かったな、とか。次々と思考が頭を巡った。この女は素直で、それでいて単純だった。

少し小走りに前へ進み、みことはヴァージルの隣に並ぶ。


「あの、ありがとうございます…」

「いやー聖女様があんなにいびき掻くとは思わなかったからさぁ。おかげでめっちゃ寝不足なんだけど…」


言ってヴァージルはわざとらしくあくびをする。くわぁ…と大口を開いて伸びをする姿は、本当に寝不足であるかのように見えた。


「いびき!?うっそ…」

「うん、嘘」

「…」


前言撤回。やっぱりこの人、嫌いかもしれない。みことは考えを秒で改めた。

ヴァージルは突然あくびをキャンセルして真顔に戻ったかと思えば、彼女がジト目で黙っているのを見て小さく笑っている。からかって満足したのだろう。全身から楽し気な雰囲気が伝わってくるようだ。悪意は感じられないが、性格の悪いことこの上ない。


「あ、でも寝言は言ってたな。“瑞希くん”って。誰?カレシ?」


まだからかうか…と、みことは思ったが。名前が出てきたということは、どうやら寝言は本当なのだろう。だからと言って、みことの機嫌は戻らない。


「ちがいますぅー!瑞希くんは弟みたいに思ってた子で。彼氏とかじゃないですぅー」

「…ふーん」


今度はヴァージルも面白くなさそうに返事をする。つまらなさそうな顔をして、彼は視線を前に戻した。


(こいつ…ッ、自分から聞いてきておいて何なのマジでその態度は!?)


先ほどのじんわり嬉しい気持ちはどこへやら。今ではムカムカしすぎて眉間のしわがより深く刻まれている。「あーはやく他のガーディアン仲間にしてこの雰囲気変えなくちゃ…やってらんない…」と、みことは心の中で悪態をついていた。

…と、ここで。「そうだ、聞かなくちゃいけないことがあるんだった」と、思い出す。


「ガーディアン…他の三人って、集まると思いますか?」


昨日のソフィアの口ぶりでは、ガーディアンとて聖女に肩入れするのであれば処刑対象になってしまうのだという。はたしてそんな危険を冒す奇特な人が、ヴァージル以外にいるのだろうかと疑問に思ったのだ。

ヴァージルもこの案外まじめな質問に、表情を真顔に戻して答える。


「…どうだろう。聖女への信奉を根強くもつ民も多いけど。…もし巫女姫側についていた場合、仲間に引き入れたところで寝首を掻かれることになるかもしれない。今後俺たちに近づいてくる奴がいても、慎重に見極めた方がいいだろうな」

「そうですか…」


なるほど、と納得する。協力するしないだけでなく、敵になる可能性もあるのか、と。どうやら現実は、『グラエク』のようにすんなりとはいかないらしい。前途多難である。

でも、これを聞いて安心した部分もあった。みことにはひとつ、自信があったからだ。

タタタッと走ってヴァージルの前に立ち、くるっと向かい合わせになる。


「よし、じゃあ顔見て決めましょう!」

「…は?」


素っ頓狂な提案に、さすがのヴァージルも目が点になる。こいつ何馬鹿言ってるんだ?という顔だ。


「大丈夫ですよ。私、人を見る目だけはあるので!」


みことの特技だった。相手の顔を見れば、悪意があるかどうかくらいわかる。目の周りの筋肉のこわばりとか、口元しか笑ってないとか、悪いやつの特徴はいくらでも知っていた。気持ちと表情が一致してない人がやりがちな顔の動かし方だ。

…さすがに召喚されたばっかりのときは気が動転していてそこまで見れていなかったが、きっと今なら大丈夫だろう。そう思えたのも、瑞希くんの夢を見たおかげかもしれない。

彼と仲良くなったのも、「顔を見て判断」して悪人でないとわかった事が大きかった。


目の前にいるヴァージルだってそうだ。性格こそ最悪だが、悪意がないのはわかっている。それは発言からも理解できたが、表情を見てもそうだった。


落ち込んだり、不満ばかり言ってられない、とみことは気持ちを切り替えた。いつでも前向きになれるのは、彼女の美点のひとつなのだ。


屈託のない笑顔を見せるみこと。少女のような純真さに、ヴァージルは毒気を抜かれたような気持ちになった。

彼は眉をハの字にして困った風に笑う。


「あっそ。…頼りにしてるよ」

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