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06:遠い記憶

その晩、みことは夢を見た。五年前の記憶である。

みことは少年と夜の公園のベンチに並んで座り、少年の手に持つスマホを一緒に見ている。


「何?それ」

「最近ハマってる」

「へー、歴史上の人物でバトルするゲームね。誰が強いの?」

「これ。ヴァージル」

「おおー瑞希くん、これはずいぶん渋いとこ突きますね!」

「渋いの?」

「だってこの人、詩人だよ?詩人が強いとか、渋くない?」

「ふーん」

「ヴァージル・マロ―。日本では“ウェルギリウス・マロ―”の呼び方が一般的かな?古代ローマの詩人で西洋の文学史に多大な影響を及ぼしたの。影響及ぼしすぎて、のちの時代の文学作品にも出演しちゃうくらい」

「キャラ紹介に“地獄の案内人”って書いてあるよ」

「それ!ダンテの神曲!!」

「お姉さん、テンション上がりすぎ」


瑞希くんの顔がくしゃっとした笑顔になる。

ああ、この笑顔がもっと見たかった。彼は今、どこで何をしているんだろう…



「はぁ…」


翌朝、みことは町の市場の片隅で、ため息をつきながらぼーっとしていた。

衣服はヴァージルの用意したものに着替えて、すっかり旅人風になっている。どこからどう見ても、流れ者が一休みしているようにしか見えないだろう。


日が昇ってから、二人は予定通り山を下り、ふもとの町までやってきた。

ヴァージルは今、物資調達の真っ最中である。市場に並ぶ商店を次々に物色しながら、何やら物を買ったり、店主と会話をしている。どうやら何かを探しているらしく、時間がかかっているようだ。

その間「適当に待ってて」と言われて、みことは待ちぼうけを食らっていた。一応お互いが視界の端に入る範囲にはいるようにしているが、なるべく“二人連れ”の印象を町の人に植え付けたくない。この町にはまだ追っ手がきたり指名手配などの通達があったりなどはしていないようだが、念には念を入れて二人は用心することにしたのだ。


(瑞希くん、元気にしてるのかな…)


やることがなくて、みことはぼんやり昨晩の夢を思い出していた。

夢に見た内容は、実際にあった出来事だ。


“瑞希くん”…五年前、大学生だったころにバイト帰りの夜の公園で出会った男の子。当時は確か、中学一年生。

出会い方自体はあまり印象のいいものではなかったけど、いろいろあって仲良くなった。その後は特に会う約束をするわけではなかったが、バイトを終えた帰り道に公園を通りかかるといつも彼がいた。それで見つけると何となく一緒に座り、話をした。

学校の話とか、ゲームの話とか、動画サイトの話とか…“ヴァージル・マロ―”の話をしたこともあった。きっと夢に出てきたのは、この名前を久しぶりに聞いたせいだろう。

彼がなぜ夜の公園にいつもいたのか、事情は知らない。聞こうとしたこともあったけど、あまり話したくなさそうだったので結局聞かなかった。

そしてその関係が始まって半年ほど経ったある時、彼はバッタリと姿を現さなくなってしまった。彼とはそれっきりだ。

自分が何か失言してしまったのか、それとも何か事情があってこれなくなったのか、まったくわからない。

みことにはただ、会えなくなったことが単純に寂しく悲しかったし、心配だった。そのくらい、勝手に親近感を覚えていた。どこかで元気に楽しく暮らしてくれていればいいのだけど。


「はぁー…」


本日何度目ともわからないため息を漏らす。ひときわ深く、長いため息だ。

近くで作業していた子供が「お姉さん、大丈夫?」と顔を覗き込んでくる。思わず声をかけてしまうほどのクソデカため息だったのだ。

みことは薄目で子供を見やり、


(「お姉さん」って瑞希くんに呼ばれるの、嬉しかったんだよなぁ…)


などと想いを馳せながら、「あー、うん。大丈夫…ありがとう」と適当にやり過ごす。怪訝な顔をして立ち去る子供を見送って、「はぁ」とまたひとつ小さなため息をついた。


すると大きな影がみことに覆いかぶさった。見上げるとヴァージルが荷物袋二つと、杖を持って立っている。


「待たせたね。行こうか」


彼が小さいほうの荷物袋をよこす。それを受け取って、みことは重い腰を上げた。

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