05:決意
「…私が喚ばれた理由って、ソフィアちゃんを止めることなんでしょうか」
「おそらく、そうなんだろうね。ガーディアンにもその辺ははっきりとわからないけど。状況を見ればそう考えるのが自然だな」
私が…ソフィアちゃんに“光の祝福”を撃たなくてはいけない、のかもしれない。
そう考えると、みことはわが身が震えた。
もし仮に“光の祝福”を発動させたとして、ソフィアがどうなるかはわからない。もしかしたら身体的には無事かもしれない。でもゲームで見た内容から推察するに、おそらく今の彼女の立場を追い詰めることには間違いないはずだ。
まさか、大好きなキャラクターを追い詰める立場になろうとは…召喚されたことがわかったときには、こんなことになるなんて露程にも思わなかった。
「…で、君はこれからどうするんだ?」
「え…どうする…?」
「そうだな…わかりやすく選択肢を提示しよう。ひとつは、この島…エクセルシアを捨てて海の向こうの大陸へ逃げる。向こうで平和に暮らせる保証はないが、少なくとも今みたいに命を狙われたり、追いかけられる心配からは解放される。召喚されたからって、別に使命に従う義理もないしな。
もうひとつは、使命を果たし“光の祝福”を発動する。四つの神殿を巡って君の魔力を解放する必要があり、道中も追っ手に狙われ続けるだろう。
今取れる択は、大まかにこの二つなんじゃないか?」
ピッと二本の指を立ててヴァージルが提案する。
そこまで言われてようやく、みことは「これからどうするかを決めなくてはいけない」という現実に直面していることに気づく。これまでの出来事の衝撃が大きすぎて、まともに思考が追い付いていなかった。
「私は…」
どうしよう、どうすればいい…
続く言葉が出てこない。パーティーの時まで「何かしなくては」と思っていたはずなのに。やらなくてはいけないことが分かったはずなのに。いざ状況が出揃ったら、このざまだ。自分の体たらくに、情けなさを感じる。
こんなとき、かなちゃんだったらどうしただろう…
何となしにそう思った瞬間、頭の中に一つのフレーズが思い出された。
“相手のことを何も知らないのに、『使命だから戦う』なんて、そんなの馬鹿げてる!”
大団円ルートで、アールヴ族の真の目的を知りもせずに戦おうとするガーディアン達を、朝日かなが必死で止めるシーンだ。穏やかな彼女が珍しく声を荒げて、真剣な表情をしていた。
…そうだ。私、何も知らない。
どうしてソフィアちゃんがかなちゃんと仲違いしたのか。どうしてかなちゃんを“悪魔の手先”にしなくてはいけなかったのか。どうしてソフィアちゃんが悪役令嬢に成り下がりエクセルシアの民を苦しめているのか。何も知らない。
(だったら…、私がやることは…)
カップを握った手にギュッと力がこもる。おずおずと、でもハッキリと、みことは話し出した。
「私は…本当のことが知りたい。どうしてソフィアちゃんがこんなことをしたのか…きっと、何か理由があると思うんです。だって私の知ってるソフィアちゃんは、かなちゃんを姉のように慕っていて、かなちゃんもソフィアちゃんのことを大事にしていて。何か、誤解があったんじゃないかって。…だから、真実を探るためにも、まずは神殿を巡って、力をつけようと思います。弱いままじゃ、何もできないから」
それを聞いたヴァージルは、話の内容を咀嚼するように何度も頷く。その表情は明るく、楽しげだ。
「真実の探求…か。いいんじゃない?おもしろい旅になりそうだ」
「?、協力してくれるんですか?」
「ああ。ガーディアンだからね」
さも当然かのように言うので、みことは心配になった。彼のテンションは、まるで「買い物に付き合うよ」くらいのものなのだ。
しかしこの旅はそんな生半可なものにはならないだろう。追っ手には追われるし、道中や神殿の近くにはモンスターが出ることだってある。危険は常に付き物だ。
「大丈夫なんですか?その…ご家族とか巻き込んでしまうんじゃ」
「心配ないよ。俺は天涯孤独の身だし、仕事も流れの魔法医で、どこかに拠点があるわけでもない。特に困ることもないさ」
言いながら彼は立ち上がる。お礼を言おうとしたみことは、その時になってはじめてまだ名乗っていないことに気が付いた。
「あ…、ありがとうございます…あの。私、白石みことって言います」
「俺はヴァージル・マロ―。改めてよろしく頼むよ、聖女様」
(…は?“ヴァージル・マロ―”…?)
彼のフルネームを聞いた瞬間、みことは思わず眉をひそめた。彼女は“素直”と言えば聞こえはいいが、感情が顔に出やすいのが欠点だった。わかりやすくジト目になっていることに、さすがにヴァージルも気づかないではない。
「…何その顔。どういう感情?」
しまった、と思ったがもう遅い。「?」と首を傾げて、ヴァージルは回答を待っている。
必死で言い訳を考えるが…都合のいい理由などそう簡単に思いつくわけもなく。みことは観念して心の内を話した。
「あ、いや。…ずいぶん縁起の悪い偽名だなぁって思って」
「偽名?」
「ヴァージル・マロ―って、“ウェルギリウス・マロ―”の英語読みじゃないですか。元の世界に実在した、古代ローマの詩人。神曲ではダンテを導く地獄の案内人。だから、偽名かなって」
「へぇ、博識だね」
「ま、まぁ…オタク気質なので」
「お気に召さないようだけど、これはれっきとした俺の名前なんだ。悪いが我慢してくれ」
おっかなびっくりみことは話したが、特に気分を害した様子はなさそうだった。彼はくるっと後ろを向いて荷物を漁り始める。
「我慢ついでに、今日はここで野宿にしよう。明日の早朝に山を下りて、ふもとの町で物資を調達してから神殿へ向かう。それ君の分ね」
言って、取り出した毛布を投げて渡す。みことはそれを受け止めながら、きょとんとした顔をした。
ヴァージルは気にも止めず、火の始末をする。周囲を照らしていた明かりが消え、月と星が一層よく見えた。
暗闇が訪れて、ようやくみことは理解した。野宿とは、本当にこの場所で一晩をしのぐ。テントもなく、毛布にくるまって寝るのだ、ということに。
「えっここで寝るんですか!?今から町へ行って宿を借りた方が安全じゃ…」
「こんな時間に町に入ったら、それだけで怪しまれるよ。寝てる間も魔法で周囲を警戒はしてるから、奇襲は心配しなくていい」
「でも…」
「何?」
心配なのは、奇襲だけではなかった。みことは左右を不安げに見渡す。
その視線の先には、木にへばりつく足の長い虫とか、草につく丸っこい虫とか、地面を這う平べったい虫とかがある。名前は知らない。知りたくもない。できれば関わりたくないし、生態系の問題さえなければ絶滅してほしいとすら思っている。彼女は大の虫嫌いだった。
侮蔑の視線に「ああ、虫ね」とヴァージルは理解する。そして、
「…しょうがないな」
やれやれ、といった風に彼はみことの近くに立ち、宙を手で払うような仕草をした。
すると彼を中心に緑の球体のようなものが出現する。カプセルトイのカプセルのように、薄い膜が二人を覆っていた。よく見れば膜は絶えず動いている。膜は物質ではない。魔力の風が動いて境界を作っているのが膜のように見えているだけなのだ。
「これは?」
「風で薄く壁を作った。虫よけくらいにはなるよ」
言いながら彼はその場で寝床を作り始めた。その場とは無論、みことの足元である。虫よけの風に見とれていたみことがハッと我に返ったときには、ヴァージルはいよいよ横になろうかとしているところだった。
「えっちょっとどこで寝てるんですか!?」
咄嗟に抗議の声を上げるも、ヴァージルはどこ吹く風と言った様子だ。
「有効範囲は俺を中心に半径1メートルだから。あ、寝相悪いとか?」
「は!?悪くないです!」
「そ。じゃあおやすみ」
意地悪くそう言うと、ヴァージルは見事に背を向けた形で横になり、自分の腕を枕にして目を閉じた。
(こいつ、からかってる!)
一瞬でも「わざわざ魔法で虫よけ作ってくれるなんて、ヴァージルさんみたいな親切な人がガーディアンで本当に良かった!」「偽名なんて言って悪かったな…」などと思ったことをみことは早速後悔した。
初対面の、しかも異性をからかって笑うとは、なんて性格が悪いんだろう。
しかし今の彼女には「休む」という選択肢しか残されていない。風の境界の外を見れば、のっそりと動く虫が多数見える。
「~~~~ッ!おやすみなさいッ!」
悔しいやらムカつくやらの感情を一緒くたにして、勢いに任せて床につく。もちろんヴァージルに背を向けて。
背中からクツクツと小さく笑う声が聞こえるのを無視して、みことは固く目を閉じた。
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