02:警告
「聖女様!ようこそお越しくださいました!」
「お目にかかれて光栄ですわ、聖女様」
「ああ、ありがたやありがたや…」
「わー聖女様だー!」
ドレスに着替えさせられたみことは、パーティーが催されるという大広間に通されて早々、出迎えた人たちにわっと取り囲まれた。
色んな人がいる。見るからに貴族の服装をした人もいれば、町人のような恰好の人もいる。男もいれば女もいるし、老人もいれば子供もいる。様々に事情の違うであろう人たちが一堂に会し、皆がみことの来訪を喜んでいた。
「ど、どうも…」と何とか返事をしたものの、みことはあまりの熱気に面食らって、思わず立ち尽くしてしまった。ここまでの熱烈な歓迎を受けるのは、二十四年の人生で初めてだった。
そうしておろおろと戸惑っていると、今度はひげを蓄えたいかにも偉そうな男が、群がる人々の間から出てきた。
「ささどうぞ聖女様!こちらへお座りください」
モーゼの十戒みたいに、人々がさーっとふたつにわかれた間を、男が歩いてくる。その様子からも、彼の地位の高さは明らかだ。
男は機嫌よく、平身低頭聖女を案内する。よく見ると、その頭に光るのはつるつるの頭皮だけではない。金色の地金に、煌めくいくつもの宝石の冠。つまり王たる証、王冠だ。
(な、…え?っ知らない!王様が出てくるようなパーティーなんて、原作に存在しない…!)
序盤から王まで登場し、しかも聖女とはいえどこの馬の骨ともしれない自分を案内するとは、いったいどういうことなのだろう。確かにエクセルシア王家とソフィアの生家であるラングレヌス家はつながりも深いっていう設定はあったけども、あくまで王家の方が権威は強かったはずだ。なのにこれでは、まるでラングレヌスの方が格上みたいじゃないか…。本来なら王様は、こんなところにノコノコ来るような人じゃないはずなのに…
みことは混乱しながらすっかり恐縮してしまって、案内されるがままおずおずとついていき、落ち着かない様子でちょこんと座った。
やがて、パーティーが始まった。
管弦楽の緩やかな調べが場内を満たし、ホールには踊る男女が溢れる。
周りのテーブルには色とりどりの食べ物飲み物がならび、多くの人が思い思いに料理を取り、会話を楽しんでいる様子が見えた。みんな時折みことの方を向き、ウフフとほほ笑んだり、手を振ったりしている。
歓迎している、ということなのだろう。たぶん。
みことはその場の中でもひときわ豪奢な椅子に座らされていた。しばらくすると、何人ものイケメンがやってきて彼女の周りに侍りだす。
彼らはかわるがわる「お飲み物をお持ちしましょう」「お好きな食べ物をお言いつけください、お取りしましょう」「もし踊られるのなら、相手に選ばれるその名誉をどうぞ私にお与えくださいませ」などとかいがいしく世話を焼き、暴力的なまでの美顔でみことに迫った。
さながらホストクラブの様相である。物腰こそ丁寧だが、距離感ゼロの男たちの猛攻に、みことは正直なところドン引きしていた。
しかし遠慮しようものなら「何か不手際がございましたでしょうか…?」と仔犬の表情でしゅん…とするので、なんだかこっちが悪いことをしている気分になる。断るのも一苦労だった。
そして彼らは、「へこたれる」というのを知らないらしい。断っても断っても、それを上回る勢いで世話を焼こうと躍起になっている。
(なんだなんだなんだなんだこれ!私の知ってる『グランドエクセルシア』じゃない!!解釈違いが過ぎる!!!)
何かがおかしい。
『グランドエクセルシア』は、剣と魔法の世界で旅する男女が、苦難を乗り越える過程で愛と友情を育む物語である。…まぁプレイヤーによっていろんな解釈はできようが、少なくとも、みことにとっての『グラエク』はそうであった。
だから突然出てきたイケメンが初対面で親密度MAXムーブをかますなんてこと、『グラエク』ではまずありえないはずなのだ。初対面の男女が、お互いを知らず距離感が遠い状態から、山を越えて谷を越えるから親密度が上がり、恋に発展する。それが『グラエク』の醍醐味である。
なのに、そのセオリーとはまったく正反対のこの状況。いったい何なのだろうか…。
「ッ…?」
考え事をしながらイケメンたちの猛攻を何とかやり過ごしていると、急にみことは胸に熱さを感じた。動悸はない。体調の変化も特にない。だけど、感じたことのない熱さがやけに印象的だった。
ストレスかな…?と自分の体調が心配になり、みことはおもむろに立ち上がった。
「す、すみません。ちょっとお手洗いに…」
「これは気づかずにすみません。さ、こちらです」
「いいいいいです!場所教えてもらえれば自分で行けますから!!!」
さすがにトイレにまでついてこられちゃかなわない。
イケメンたちがどんなにしょぼくれた顔をしても全力で辞して、みことはそそくさと席を外した。
■
(はぁ…何なんだろう、この状況。『グランドエクセルシア』って、もう少し硬派なストーリーじゃなかったっけ…?)
やっと一人で考える時間を持てたみことは、洗面台の鏡に映った自分の顔を見つめながら思案にふけっていた。
危機的状況であるはずなのに、このどんちゃん騒ぎのお祭り騒ぎのおもてなし。王様にエスコートされるわ、イケメンたちがヨイショヨイショと世話してくるわ、ガーディアンは一人として現れないわ、ソフィアは召喚されたときに会話したきり姿を現さないわ。国の状況と、目の前のイベントのテンションがまったく一致していない。
知ってる世界のはずなのに、知らないことばかりが起きていく。シリアスな展開のはずなのに、能天気なお祭り騒ぎが繰り広げられる。
ここが『グラエク』の世界だと気づいた瞬間はうれしかったはずなのに、ここまでくると違和感のほうが大きい。違和感はいまや不安に変わって、みことの心に襲い掛かっていた。
(いいのかな…大丈夫なのかな、何かしなくて)
本当に光の聖女として喚ばれたのなら、自分には何かやらなくちゃいけないことがあるはずだ。それはプレイヤーだった自分が一番理解していると、みことは自負する。
でも、その“何か”が分からない。知りたくても、こんな調子では誰に聞けばよいのかわからない。どうやって調べればいいかもわからない。この世界でみことは完全に異分子で、彼女の居場所はどこにもなかった。
はぁ…とため息が零れる。
吐いた息の音が虚しく消えて、ますます孤独を味わった。
いつまでもトイレに立てこもっているわけにもいかず、みことは仕方がなしに廊下へ出た。
大広間までの道のりを歩く足取りは重い。のっそりのっそり、時間を稼ぐように歩く。
すると後ろの方から軽い音が近づいてくるのが聞こえた。振り向くと、花束を持った男が走ってくる音だった。金の前髪で顔が隠れ、表情はあまり見えないが、体格はスラッとしていて背が高い。
「聖女様!お目にかかれて光栄です!!どうぞこちらを、今日この日の記念に!」
「あ、ありがとうございます…」
体格に似つかわしくない、少年のように弾んだ声で男は花束を押し付ける。そのまま向かっていた方向に走り去っていった。
台風のように走り去った男を見送ってから、みことはうっかり花束を受け取ってしまったことに「あ…」と、ようやく気がついた。
花束は白いアネモネを基調としていて、気品の中にも可愛らしさと華やかさがある。シンプルな色合いが誠実さを感じさせた。
なぜこんなものをもらうのかはわからなかったが、わからないのはもはや今更である。「せっかくもらったんだし、香りでも吸って気持ちを落ち着かせようかな」と、みことは前向きに考え、花束をまじまじと見て…そこに一通のカードを見つけた。
(メッセージカード?英語は読めないんだよなぁ…)
などと頭の中でぼやきながら、一瞬スルーしようとしたが。さすがに見もしないのは失礼かとも思い、二つ折りのカードを開いた。どうせ読めないだろうけど、一応義理だけでも果たしておくかと思って。
しかし、そこに書いてあったのは意外にも、よく見慣れた“日本語の文章”だった。
――あなたは今夜殺される。逃げたければ、零時過ぎに大広間の先にあるテラスに来なさい。周りに気取られないように。
みことはハッとして、男が走り去った方を見る。しかし先ほどの男の姿はもう見えなかった。