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01:間違い探し

『グランドエクセルシア』

それは「異世界・エクセルシア王国に“光の聖女”として召喚された女子高生が世界を救う」という、いわゆる“ヒロイックファンタジーもの”の乙女ゲームである。


主人公の“朝日かな”は召喚された先の貴族の館で、“闇の巫女姫”と“4人の男性・ガーディアン”に出迎えられる。ガーディアンはそれぞれ、風・火・水・土の力を授かっていて、闇の巫女姫と彼らは光の聖女を守り、導く使命を持っていた。


「侵略者・アールヴからこの国を守り、救ってほしい」と巫女姫たちから請われ、戸惑うかな。

勝利条件は“光の祝福”というチート級魔法の発動。これさえ撃てれば、世界に秩序がもたらされ、エクセルシアには平和が訪れる。どういうわけかアールヴたちは撤退を余儀なくされ、ついでにかなも元の世界に帰れるようになるという、ご都合主義な一発逆転ミラクル必殺技というわけだ。

しかしこの魔法、召喚されたばかりのかなには扱えない。使えるようになるには、エクセルシア王国を擁するこの島に点在する神殿に赴き、自身の魔力を解放するための祈りを捧げる必要があった。


かなはこれらの事情に戸惑いながらも、持ち前の明るさと優しさでこれを了承。魔力解放の旅へ出る。

行く先々で敵の妨害に遭いながらも、ガーディアンの男性たちと交流を深め、拠点に戻っては巫女姫との友情を深め。さらには侵略者たちの隠された過去を知り、人知れず敵の幹部とも逢瀬を重ね。

かなはこの世界の美女やイケメンたちと、心を通わせていく。


そして来る最終決戦。かなのそれまでの行動と最後に選ぶ人物によって、恋愛エンド、友情エンド、オールハッピー大団円エンドとエンディングが分岐していくのだった。


…というのが、『グランドエクセルシア』の概要であるのだが。


「光の聖女よ。光の神の求めに応じ、よくぞはるばるお越しくださいました。闇の巫女姫として、貴女にお会いできてうれしく思います」


(嘘嘘嘘、ええええリアル・ソフィアちゃーん!!!!!!)


何故かその世界に、24歳OLの白石みことが召喚されてきた。

会社の遅い昼休み。コンビニまでご飯を買いに行こうとして横断歩道を渡ってる最中、信号無視のトラックに突っ込まれて「あれ?死んだかな?」と思ったらこの状況だ。青天の霹靂である。


オタクの勘で「うっかり異世界転生でもしたのか」と、みことは自分の姿を確かめてみるが、服装は先ほどまでと同じのオフィスカジュアルのまま。自分の顔はさすがに確認しようもないが、見える範囲で変わったことは何もない。心の中もいたって変わらず、他の誰か別の人格がいるようなこともない。みことはみことのままである。

「なるほど、これは“転生”ではなく“転移”したのだ」と、彼女は悟っていた。このオタクは、意外と肝が据わっていた。


視線を自分から目の前の女性に移す。

恭しく頭を下げるその女性が“闇の巫女姫・ソフィア”であることに、みことはすぐ気が付いた。

だってセリフの一言一句も、彼女の一挙手一投足も。全部全部、何度も画面で見てきたのだ。ソフィアの後ろに見える室内の壁や調度品・シャンデリアやカーテンの色まで、何から何まで見覚えがある。全部『グランドエクセルシア』で見てきた光景だった。

興奮とパニックでいっぱいだった脳内も、見知った景色にだんだんと思考がクリアになっていく。


(…ん?でも……あれっ?)


思案が進むにつれ、みことはあたりを見回してひとつひとつ状況を確かめていく。きょろきょろと周囲を観察している彼女を見て、ソフィアが優しく微笑みかけた。


「突然のことで、驚かれましたよね。大丈夫ですか?」

「あ…はい。あの、光の聖女って私のこと…?」

「ええ、もちろん。身体からあふれ出るまばゆい魔力。貴女こそ光の聖女に間違いありませんわ」

「は、はぁ…」

「私はソフィア・ロザリー・ラングレヌスと申します。お名前をお聞かせいただいても?」

「…白石みこと、です。白石が苗字、名前がみこと」

「ミコト様!まぁ、なんて素敵な響きなんでしょう…」

「…」


みことは本当に何度もこのシーンを見てきた。すべてのエンディングをコンプリートするのに夢中で、何周もこのシーンを走ってきたから。

…だからこそ、すぐさま違和感にも気が付いた。


まず、ソフィアの年齢。

ゲーム『グランドエクセルシア』に登場するソフィアは15歳だが、今目の前にいる彼女はもっと大人びて見える。みことと同じくらいか、もしかしたらそれ以上。どこからどう見ても“美しい淑女”といった佇まいで、間違っても“少女”とは呼べない雰囲気だ。


次に、ガーディアンの姿が見えないこと。

ゲームでは召喚されたと同時に、ソフィアと4人のガーディアンが出迎えてくれるはずなのだが…今このラングレヌス邸にある“神の間”にいるのはソフィアとみこと。そしてソフィアの側付き(?)の女性が一人だけ。


そして三つ目に、光の聖女に選ばれたのが“主人公・朝日かな”ではなく、“プレイヤー・白石みこと”であること。


(…『グラエク』って、“主人公≠プレイヤー”だと思ってたんだけどなぁ。割と主人公の性格がはっきりしてたし、スチルに後ろ姿も映ってたから 。まぁはっきりしすぎてて、その分ヒロインアンチも多かったけど…)


乙女ゲームは…否、黎明期のRPGなどもそうであるが、主人公に性格を持たせているかどうかで、プレイヤーの主人公に対する印象は大きく変わるものである。乙女ゲームに限って言えば、それは大きな問題だった。


というのも、乙女ゲームの楽しみ方は、ユーザーの趣味趣向によって大きく分けて二つに分かれる。


ひとつは主人公=自分(または自分の分身)ととらえてゲームを楽しむ方法。まさしく「恋愛をシミュレーションする」楽しみ方だ。自己投影をして物語に入り込んだり、自分がヒロインの性格を演じているかのように想像しながらゲームをしていくタイプがあてはまるだろう。

もうひとつは主人公を自分とは別の物語の主人公と捉え、キャラクター同士の恋愛模様を観察して楽しむ方法。「少女マンガを読んでいる感覚」といえば分かりやすいだろうか。プレイヤーはあくまで第三者であり、主人公と切り離して考える。


どちらの楽しみ方に正解も間違いもない。それにもちろん、そんな細かいことを気にせず遊んでいるプレイヤーも多く存在する。


しかし一方で、スチルに主人公の後ろ頭が映っていれば「これは三人称視点(主人公≠プレイヤー )っぽくて、主観で楽しみたい自分には向かないなぁ」と考えるユーザーもいるし、主人公が全くセリフを発さなければ「主人公の性格わからなくて、ちょっと味気ないな」と感じるユーザーも、世の中には一定数いるのだ。

主人公の描き方ひとつで、プレイヤーの乙女ゲームに対する印象は大きく変わる。この辺のバランス感は、乙女ゲーメーカーにとっては常に悩みの種だろう。


ではみこと自身はどうかといえば、特にこだわりがあるわけでもない。だが、そのゲームの主人公の描き方で楽しみ方を変えていた。なのでこと『グラエク』に関しては、「三人称視点のゲームかな」などと考えていたのだ。


(今回はたまたま、“朝日かな(デフォルト主人公)”ではなく“白石みこと(プレイヤー)”が喚ばれた。だから知っている内容と微妙に展開が変わっている、ってことでいいのかな。これは、私仕様の『グランドエクセルシア』なんだ…たぶん)


…と、彼女は心の片隅に起こった違和感にそう結論づけて、蓋をしようとした。しかし、


「さあミコト様。ささやかながら歓迎のパーティーを準備しておりますの。早く参りましょう」

(え?パーティー?)


またしても知らないシナリオの登場に、みことは唖然とした。

だって光の聖女が神によって召喚されたということは、この国は今ピンチなはずなのだ。どんな苦境かは今のところわからないが、それでもよっぽどの状況じゃなければ、光の神も異世界人なぞ喚ばないだろう。

明日をも知れぬ状況でそんなことをしている余裕なんて、絶対ないはずなのに…さっき蓋をしたばかりのはずの違和感が、また顔を覗かせる。

にこにことのん気に笑っているソフィアの笑顔に、みことは自分との温度差を感じた。


「えっと…。気持ちは嬉しいんですけど、それよりまず状況を教えてほしいな。なんで私は喚ばれたの?何をしたらいいんだろう?」

「まぁ、ミコト様はずいぶん熱心でいらっしゃいますのね。ご心配なさらずとも、追々説明いたしますわ。さ、こちらに…」

(うーん…?)


ソフィアはみことの手を取り、会場へと引っ張っていく。疑問符を頭から一杯飛ばしながら、みことはそれに従い歩くしかなかった。

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