00:すれ違い
ねぇ、ソフィア。
私がこの世界に来て、右も左もわからなくて。
毎日毎日、心細かったとき。
あなたの笑顔に、とても勇気づけられたんだ。
あなたの優しさが、私に力をくれたんだよ。
いつも私を助けてくれた。
知らないことも、嫌な顔一つせず教えてくれた。
時にはのんびりお茶をしながらおしゃべりして。
「誰がかっこいい」とか「何が流行ってる」とか、くだらない話もたくさんして。
好きな物語もたくさん教えてくれたね。
素敵なお話を一緒に読んで、感想を語り合って。
夜更かしして、次の日の寝坊は二人ともいっしょに怒られたりして。
そのひとつひとつが、私にはかけがえのない時間だったよ。
だから、今度は私の番だね。
あなたが悩んでいるなら、力になりたい。
頼りないかもしれないけど、精一杯がんばるから。
また一緒におしゃべりしようね。また一緒にたくさん笑おうね。
ソフィアの幸せを、心から願ってるよ。
■
ドスッ…ドスッ…
魔力を固めて具現化した鈍器を、少女は何度も何度も振り下ろす。振り下ろすたびに血が飛び散って、床も、壁も、少女も汚した。絨毯は本来の淡い色を失い、どす黒い血の海に沈んでいる。
月明かりだけが差し込む部屋の中。少女は、なおも一心不乱に“それ”を殴り続けた。まるで何かにとりつかれているかのように。
鈍器を握る手に、もはや感覚はない。
感覚など感じる暇があっては、きっと彼女は殴り続けられなかった。自分のしていることが正しいと、信じていたかったから。
「な…んで…」
呻くように“それ” が呟く。その声にピクッと反応し、少女は動きを止めた。振り下ろす直前の恰好で、魔法にかかったかのように動けなくなってしまった。
“それ” はすでに身体の感覚を失っており、首すら持ち上げることができなかった。それでもなんとか視線だけ動かし、少女の顔を見ようとする。
だが少女の顔には影が落ち、表情は読み取れない。わかったのは、悲しみに歪んだ口元と、二筋の水の流れた跡が月の光に反射したことだけだった。
「ごめ…ん、ね。わ…たし……」
「ッ!?」
“それ” が絞り出した言葉に、少女は明らかに動揺した。謝罪を意味するその言葉は、しかし少女をさらに追い詰める。
鈍器を握る手に、一層力が入った。止まっていた腕を激情のままさらに振り上げ、
「貴女はどうして、こんなにも私に優しいのですか」
言い終わると同時に、“それ”めがけて振り下ろした。“それ” は今度こそ沈黙し、ピクリとも動かなくなった。
静寂が訪れた。
少女は静かに、動かなくなった“それ”を見つめ続けている。
部屋に残されたのは、鈍器を手に涙を流す少女と、先ほどまで人だった肉の塊。
そして二人の様子を部屋の片隅で見守っていた、下品な微笑みを携えた女だけだった。