【短編小説】星のデキモノ
南にあるドナン村は、この星に存在する村の中で最も日照時間が長く、美味しい野菜や果物がたくさんとれることで有名な村だった。
ある朝のことである。
村の男がクワとスキを担いで外に出ると、こんもりと土の山が5つ、畑を囲っていた。高さは1メートル、長径2メートルほどだった。形は少しずつ違ったが、どれも山の形をしていることは共通していた。
男は少しの間その光景に唖然としていたが、誰かのイタズラだと気づくと怒りだし、地面に道具を叩きつけた。
「おい誰だこんなものをこしらえたのは!これじゃあ作業できねぇじゃねーか!お前!遅刻した罰だ。10分以内に平らにならしておけ!」
男が道具を蹴り上げると、部下は肩をすくめ、急いで山を崩し始めた。
土の山にスコップを突き刺すと、中からはどろどろと水っぽい土が溢れ出てきて部下は悲鳴をあげた。
次の日も、土の山は現れた。ざっと数えても10はあった。男は大きくため息をつくと、部下を睨みつけた。
「‥‥おい、まさかお前の仕業じゃないだろうな。少しでも働く時間を削ろうって魂胆か?」
「ま、まさか!夜中にわざわざここにきて、こんな山をつくるほうが面倒ですよ」
「‥‥となると、やっぱり何者かの嫌がらせか。とりあえず、20分以内に平らにしておけ」
土の山は、日に日にその数を増やしていった。
翌日には15、翌々日には20もの土の山が広大な土地を埋めた。
とうに限界に達していた男は、持ってきたスコップをグサグサと山に突き刺しながら発狂した。
「なんなんだよ!!!俺たちが一体何したってんだ!」
抜いた瞬間ふらつき、男が尻もちをついたその時。後ろから声をかけてきたのは隣村に住む農民だった。
「あぁ。これは。あなた方の畑もこうなってしまったのですか‥‥」
「あなた方も?ということは、そちらの畑もこのような状態になっているのですか!?」
「えぇ、そうなんです。5日ほど前から朝起きたら土の山ができておりまして、初めは2つ3つだったのが今では20を越えており、もう手がつけられないのです」
「俺たちと同じ状況だ‥‥この土の山は一体なんなんでしょう」
「知り合いの話では、別の村でも同じことが起きているようです。みな、土の山のせいで仕事ができず困っていると」
街から遠く離れたドナン村には、テレビもラジオも通信機器も存在せず、真相を確かめる手段はなかった。しかしただでさえ忙しいこの時期に、10キロの距離をわざわざ歩いて伝えにくるということは、この話は真実なのだろうと男は思った。
待ってみても土の山がなくなることはなかった。それどころか日に日にその数は増えていった。子供達の観察により、土の山は、できたり消えたりを繰り返しているということが分かった。ひとつの山が、大体3日ほどかけて小さくなり、4日後には平らな土地となる。すると次の日には、同じ場所に新しい土の山があらわれる。このサイクルを繰り返しているのだという。
いつしか、困った村人たちが毎朝男の家に集まるようになった。
「一体誰のイタズラなんだい。今名乗り出るなら許してあげるわよ」
「もしかして、星外生命体がやってきて爆弾を埋めているんじゃないか」
「どうしたものか‥‥このままだと作物ができず飢え死にしてしまう。ただでさえ裕福な村ではないというのに‥‥」
集まった村人の中には夫婦喧嘩を始めるものもいた。
「もう!あんたいい加減にしなさいよ!私をこんな村に嫁がせて、飢え死になんてさせたら霊になって取り憑いてやるから!」
「ついてくるって言ったのはお前だろ!」
「見なさいよこの肌!ひどいストレスで吹き出物ばかり‥‥。こんな生活嫌だわ。もうおしまいよ‥‥」
村人たちは自分の心配をするばかりで、怒鳴りあう夫婦を気に留めないようだった。
「吹き出物‥‥。この星も疲れているのかな‥」
ぼそりと呟いたのは、隣村に住む少年だった。
「君‥‥今なんと‥‥」
顔を上げ、男は聞き返した。
「いや‥‥星もストレスを溜め込んで、吹き出物ができることもあるのかなと‥‥」
村人たちは少年の話を聞き笑ったが、男だけは笑わなかった。誰かのイタズラでも、やってきた宇宙人が爆弾を埋めているわけでもない。
もし、この星に異常が起きているのだとしたら、土の山が何かのサインなのかもしれないと男は考えたのだ。
「少年‥‥もし、この星がストレスを抱えていて、土の山の正体が吹き出物だとしたら、今私たちにできることはなんだ」
少し考え、少年は答えた。
「みんなで協力して、この星のストレスを減らしてあげましょう」
「ストレスを減らすってどうやって?君なら、ストレスが溜まったらどうする?」
「僕なら‥‥まず、たくさん寝ますかね。オルゴールをかけるとよく眠れるので、疲れた時はそうしています。眠たくなりそうな音楽をかけてみましょう」
少年の提案で、みなで協力し星をゆっくり休ませることにした。隣村の少女がバイオリンを弾くことになった。少女は眠ることなく一晩中優しい音色を奏で、あまりの美しい音色に、着いてきた母親はすぐに眠りについてしまった。
しかし、次の日の朝、土の山は減っていなかった。腹を立てる村人たちに、少年は別の案を出した。
「僕たちの体は半分以上水でできています。水が不足し体調を崩してしまうのは、この星も同じはずです。みんなで水をあげてみましょう!」
人々はみなジョウロを片手に、夜通し水を与え続けた。しかし、次の日の朝、土の山は減っていなかった。
「やはり薬が必要だ。治すのには薬がいちばんはやい!」
人々は、自分の家にある限りの農薬を土に与えつづけた。
しかし、土の山は減るどころか増え続ける一方だった。
1ヶ月が経った頃、村を豪雨が襲った。
村人たちは麻布を被せ、必死になって畑を守った。
「星が泣いているんだ‥‥そうだと思いませんか」
少年は両手を広げ、雨を浴びながら男に尋ねた。
「まだそんなこと言ってるのか、君の予想は全て外れた。これはやはり何者かによるイタズラだ。それ以外にない」
麻布を重ねながら男が答えた。
「これ以上ストレスを溜めると、どうなるんだろう‥‥」
「ったく、これだから子供の考えることは。信じた俺が馬鹿だった」
「‥‥そういえば、あのご夫婦はどうなったんでしょう」
「あの、喧嘩していた夫婦か?」
「えぇ」
「奥さんの方が耐えきれなくなって村を飛び出しちまったようだ。溜まってたものが爆発したんだよ」
「爆発‥‥ですか」
「そうだよ、ストレスが爆発したんだ」
男はハッとして、後ろに立つ少年の方を向いた。
少年は微笑み、男は固まったまま、次の瞬間には、村全体は白い光に包まれた。