皇太子夫妻の親善訪問
さて、皇太子夫妻が到着された。フランソワ皇太子は御年26歳、皇太子妃のソレンヌ様は25歳だったか。どちらも春の陽だまりのような、温かな雰囲気の方だ。
その雰囲気だけで判断してはいけないが、終始にこやかに微笑まれていて、歓迎式典を楽しんでおられるように見える。ホッとする。
パトリツィオ殿下とフランソワ皇太子がまず挨拶を交わし、それぞれ婚約者や妃を紹介して僕も挨拶し―――城へ入る。
その後も皇太子は挨拶の嵐だった。
これが外交だとはいえ、にこやかな笑顔を崩さない皇太子夫妻は見事だ。もちろん、我が国のパトリツィオ殿下も完璧である。
一方僕は、もう顔の皮が痙攣していてヤバイ。ティナなんか、立ったまま居眠りしている。まあでも、これはこれですごい技だよな。僕も習得して、目蓋に目を描いておきたい……。
怒涛のうちに、皇太子夫妻訪問一日目は終わった。
二日目は、朝から我が国自慢の木工工房やガラス工房を見学。ティナは来ないので、僕は少しホッとしながら皇太子夫妻を案内する。
予習は完璧なので、何を質問されてもばっちりだ。
ついでに軽く王都の観光もする。といっても馬車の中から見て回るくらいである。
午後はネル・ミリオーレ学園の視察だ。
「貴方もまだ学生なのでしょう?学業の方も大変なのに、案内をしていただいて申し訳ないわ」
ソレンヌ様が微笑みながらおっとりと言われる。
そう、大変なんですよ。パトリツィオ殿下によく聞こえるよう、ぜひ、もう一回、言ってください。
でも、本音を素直に言う訳にはいかない。僕もにっこりと笑って首を振る。
「いえ、殿下がたと誼を結ぶことができて、ありがたい機会だと思っています」
ま、今後のことを考えれば別に嘘ではない。
……殿下たちが見学するのは、魔法薬草学の講義だ。本来なら僕も講義を受ける身だが、今日は教室の後ろで見守る立場である。
調合に指名され、ガチガチに緊張した風のロザーリオが檀上に上がった。いつもはお調子者のくせに、今日はパトリツィオ殿下と皇太子夫妻がいるから硬くなっているらしい。
「えーと、ライティアの実の粉末と……トローグの葉の抽出物を混ぜ合わせます……」
この二つを混ぜ合わせると、明るく光る液体が出来上がる。切り込みの入った硝子に入れてランタンとして使うことが多い。ロウソクより少し高価だが、柔らかな光と持続時間が長いため、好む者も多い。綺麗に混ぜ合わせないと発光が不安定になるため、ちょっとだけコツが必要だ。
ロザーリオも当然分かっているので、白い粉末を硝子瓶の底に均一になるよう平らに敷き詰め、緑色の液体をそっと回し入れようとし―――ティナが血相を変えて立ち上がった。
「それ!トローグじゃなくガンファ……!」
「え?」
その瞬間、僕は床を蹴って檀上へ飛んだ。手を伸ばしていたティナを抱え込み、風の魔法で瓶の周囲を囲む。
カッ!!
凄まじい光。
つづいて教室内にぶわっと強風が吹いた。
しかしそれも一瞬で収まり、静寂が訪れる。
「な……なんだよ、今の……!」
ロザーリオが上擦った声で呟いて……どさっと尻もちをついた。
なんだよもないだろう、この馬鹿!お前が間違えたからだよ!!
材料の採取と加工は、宿題だった。どうやらロザーリオはトローグの葉ではなくガンファールの葉を摘んできたらしい。二つはやや似ているのだ。ただガンファールは葉先が尖っている。一年生でも見分けがつくものだ。それでも一年生なら、先生も葉の確認をするだろうが……最終学年にもなってそんな初歩的な間違いをするとは先生も思わなかったに違いない。
ちなみに、ライティアとガンファールを混ぜると爆発が起きる。
この量なら、さほど大した爆発にはならないが、硝子片が皇太子夫妻の方まで飛んだら大変だ。ティナが気付いてくれて良かった。僕のところからは分からなかったが、ティナは液体の色の違いを見分けたのだろう。薬草師を目指すティナは、日頃から細かな色の違い、匂い、液体の粘度などをよく観察している。
魔法薬草学のモレーナ先生が青くなって、座り込んでいるロザーリオと僕と、後ろの賓客を見比べる。
「だ、だいじょうぶ?え、えーと……あの……」
「念のためにレナート、マルティナ、ロザーリオの三人は医務室へ。モレーナ先生。本日の授業はここまでとし、あとは皆で教室の片付けをしましょう」
「は、はい……」
見かねたらしいパトリツィオ殿下がテキパキと指示を出し始めた。
ついでに僕に目線で「行け」と言う。僕は頷いてティナを抱き起こし、ロザーリオに声を掛けて教室を出た。
皇太子夫妻は殿下に任せておいて、大丈夫だろう。
それにしても……ティナと入れ替わらずに済んで良かった……。




