ひとまず解決……?
王宮医の診察は終わっていて、父上、パトリツィオ殿下、王宮医の三人が話し合っていた。
どうやら僕の本体に問題はないらしい。それは良かった。
目覚めない理由は、単に中身がこっち(マルティナ)にいるせいだからな。
「マルティナ嬢。レナートは、しばらく休めば目覚めるよ。心配なのは分かるけれど、君も着替えて休んだ方がいい」
殿下が優しい声で話しかけてくる。常日頃、どれだけ“休みたい”と訴えても、取り合ってくれない殿下とは思えない言葉だ。
「いいえ、レナートはわたしを庇ってくれたので……もうちょっとだけ、そばにいさせてください」
「マルティナ……」
父上が目を潤ませる。
幼い頃、僕は厳格な父上が非常に苦手だったが―――マルティナが僕の婚約者として我が家に出入りするようになってから、がらりと変わってしまった。実は父上も、公爵家の重圧で苦しんでいた一人だったらしい。なのでマルティナの天性の明るさ、陽気さに触れてそれらから解放され……最初はあれだけ“身分の低い娘を選ぶとはなんということだ!”なんて言っていたのに、今やすっかり彼女にメロメロなのである。
母上も、息子ばかり3人で我が家には華がなかった、マルティナはとても素直で可愛い!とべったりだ。公爵家一同、マルティナに完全に陥落している状態である。
僕はとりあえずベッドの横へ行き、自分の手を握った。
(お願いだ……。どうか、自分の身体に戻らせてくれ!)
良い方法が思いつかないので、とにかく必死に祈る。
僕のいるべき身体は、こっちだ。元に戻ろう。自分の身体に……返るんだ…………!
一瞬、世界が揺らいだ気がした。
―――目を開けると天井が見える。
頭を動かせば……僕の手を握って伏せている鳶色の髪。
(戻った!)
まさかこんな簡単に戻れるとは。でも、良かった、助かったぁ……。
その日、ティナはダンジェロ家で泊まってゆくことになった。
雷の魔法攻撃を受けた後遺症が出るかも知れない、念のために様子を見よう―――という理由は付けているが、要は父と母が泊まっていって欲しかっただけである。
若い未婚女性を、たとえ婚約者宅とはいえ泊めることはあまり世間体が良くない。
しかし、我が父、母による“ティナはもうダンジェロ家の一員である”という強烈な対外アピールもそこには含まれていた。勿論、僕に異存はない。
「え?レナート、わたしの中に入ってたの?」
食後、部屋に二人きりで(といっても未婚男女が不埒な行いに及ばないよう、扉は開けられている)今日の話をする。
「うん。ティナは、ずっと意識がなかったの?」
「そうだねー……。お店を出て、なんか痛っ!って思ったら、次はレナートのベッドの横だった」
「そうか」
……僕の思考が君に筒抜けになっていなくて良かったよ。
「ねえ、レナート」
「なんだい?」
「……見た?触った?」
「!!」
一瞬、自分でも顔が赤くなるのが分かった。
「み、見てない!触ってもいない!」
「ウソ~、今、真っ赤になったよ?触ったんだ?」
「だから!触ってない!というか、バタバタしててそれどころじゃなかったんだよ!不審者から魔法攻撃されたんだぞ?大騒ぎだったし、殿下もいたし、僕の身体は意識を失ったままだから父上たちも動揺してるし。大変だったんだからな」
「そっかぁ。……ちぇ。これで、おあいこだと思ったのに」
残念そうに口を尖らせる。
おあいこって……9歳の頃とは訳が違う。もうちょっと、ティナは焦るべきだろう。もしかして、僕を異性だと認識してないってこと、ないだろうな?
「でも、手を握って戻りたい!って思っただけで戻れたんだ。すごいね。まさか、そんな簡単に戻れるなんて。まあ、前のときは、わたしの身体に近付けなかったから試せなかったけどさ」
「うん、こんなにあっさり戻れるとは思わなかったよ。ただ、まさか僕がティナの中に入ることになるとは想像もしなかった。精神が他人の中へ入るって、頻繁にあることなのか?ちょっと……気を付けないとなぁ」
ティナだから良かったが(いや、決して良くはない)、全く見ず知らずの他人だと戻るのは難しい気がする。それに、無いとは思うが……もし犬などの動物に入ったら目も当てられない。
基本的には、二人同時に意識を失う衝撃を受けたときに起こる現象だとは思う。
普通に生活していれば、そう起きないことだろうけれど……二度あることは三度ある、しっかり注意しなくては。
「ティナ。君も、気をつけろよ」
「ふぁーい」
あくび混じりにティナが返事する。
まったくもう。危機感が薄いなぁ。そこがまた、ティナのいいところなんだけどさ。