とりあえず、すべて片付いた
ダンジェロ家に帰ると、大騒ぎになった。
ティナのドレスが破れているのだ。そりゃ、そうなる。
セラフィーノの凶行を知った父や弟たちは、今にもセラフィーノの首を落としに行きそうなほど怒っている。
侍女頭がパンパンと手を叩いて、場を鎮めた。
「旦那さま、坊ちゃまがた、落ち着いて!……今、一番疲れて怖い思いをされているのはマルティナさまですよ。さ、部屋を出て行ってくださいな。マルティナさまはゆっくり湯浴みして、部屋着に着替えて、お休みです。もう何も怖いことはありませんからね。今夜は、わたしが横に付いていましょう」
あ。
ネストレのこと、すっかり忘れていた。
……湯浴み?
それはすごいご褒美―――じゃない、今すぐ入れ替わりを解消しないと!
で、結局どうなったかというと。
城での騒ぎは知らないものの、僕らの姿が急に消えたので何かあったのだろうと察したネストレがあちこちで聞き込みの末、ダンジェロ家の方へ来てくれたおかげで―――無事に元に戻ることが出来た。
なお、家族や侍女たちには入れ替わりの件は秘密のままである。僕は断じてティナの身体に不埒な真似はしていないが、周囲に変な誤解はされたくない。
「ひえ~、セラフィーノ殿下に襲われたの?殿下、そんなことをする人だったんだねぇ。入れ替わってて、ちょうど良かったのかな?マルティナちゃんが怖い思いしなくて」
ネストレと二人、僕の部屋で今日の事件のあらましを説明する。眼鏡をずり上げながら、ネストレは何度も目を瞬かせた。
ちなみにティナは湯浴み中である。それが終われば、そのままベッドへ直行だろう。僕の代わりで皇太子夫妻と会話を頑張ってくれたことだし、今夜はゆっくり休んで欲しい。
「うん、まあ……入れ替わってて良かった、のかな?はぁぁ~、思い返しても気持ちが悪いし腹が立つ。セラフィーノのやつ、もっと殴っておけば良かったな」
「マルティナちゃんの身体で何言ってるの。女の子の身体は柔らかいんだからね。人を殴ったりしたら傷ついちゃうよ!」
「これでも加減したんだ。僕の身体だったら、もっと徹底的に痛めつけていた」
「……そうなると、いくらセラフィーノ殿下に非があっても君も罰せられたかも知れないなぁ。結局、入れ替わってて良かったってことだね」
うーん。
素直に良かったとは喜べないけれど、まあ、良しとせねばなるまい。
「ところで」
僕は儚い望みを胸にネストレをじっと見つめた。
「入れ替わりの件、何か進展は?」
「なんとかなりそうだったら、すぐ連絡してるって」
だよなぁ。
でも、これ以上入れ替わると、魂が捻じれ過ぎて戻れなくなりそうな気がする。
それはあまりにも……怖い。
僕ががっくり肩を落としていると、ネストレは唇を尖らせて腕を組んだ。
「ていうかさぁ、二人同時に衝撃を受けないと入れ替わらないんだよ?君ら、どうしてそんな頻繁にそんな事態に陥るの」
「知らないよ!今までそんなこと無かったのに、今回に限ってやたら重なるんだ。僕だって避けようとしている」
「本当に?マルティナちゃんになるのを楽しんでない?」
そんな訳、あるか!
翌日、王宮へ。
午前中に皇太子夫妻が出立されるので、盛大にお見送りの式が行われる。
昨夜、僕とマルティナが途中退席したことに気付かれているだろうが、表面上は何も無かったかのように和やかにお別れの挨拶をした。
ふう、大役が無事に終わり、ホッとする。
その後、殿下の離宮へマルティナと共に招かれ、昼食を頂いた。
パトリツィオ殿下が満面の笑みを浮かべて、僕の背中を叩く。
「さて、多少騒動はあったが、ひとまず皇太子夫妻の来訪が無事に終えられて良かった。レナート、事前準備も含めてご苦労だった」
「ありがとうございます」
うん、本当によく頑張ったよ僕。入れ替わり現象でバタバタしながら。
しばらくは休みが欲しいくらいだ。
出来ればティナと二人で、のんびり過ごしたい……。
「で、次は我が兄上の件だが」
「……」
ああ、そうか。
まだ、塔へ放り込んだだけだっけ。
すっかり記憶の片隅に追いやっていたセラフィーノのことを思い出す。
「マルティナ嬢への暴行、そして録音していた暴言により、身分の剥奪及び塔への幽閉が決まりそうだ」
「処刑じゃないのが残念です」
もし首を刎ねることになったら、僕が刎ねてやりたかった。一思いにスパーンと斬ってやったのに。
パトリツィオ殿下がやれやれと肩をすくめる。
「そこまでやると、一部、うるさい輩があれこれ言い出すだろう。それに身を押さえて閉じ込めておく方がアイツの母親などに対して、いい牽制だ」
「まあ、そうですけど……」
「で、そのセラフィーノだが」
殿下の優美な眉がくっと寄る。非常に険しい顔になったので、僕は嫌な予感に胸をざわつかせた。
なんだろう?
「……もう一度、マルティナ嬢に罵られたいと言っているのだが」
「「は?」」
僕と、隣で大きく口を開けて肉を食べかけていたティナが見事にハモッた。たぶん、後ろで僕らの護衛騎士も声を出した気がする。
「ののしられたい??」
「ああ」
「なぜ」
「……セラフィーノが言うには、今まで誰もが自分に対して表面的に取り繕った顔しか見せてこなかった。ところが昨夜、初めて剥き出しの感情に触れて……興奮した、と……」
「こうふん……」
ティナが白い目で僕を見る。
―――ごめん。
でもまさか、セラフィーノがそんな特殊な性癖に目覚めるとは思わないじゃないか。
「マルティナ嬢。君は、一体あいつに何を言ったんだ?」
「襲われて、思わず“変態!”って叫んだだけでしょう。殿下、ティナはまだ昨夜の心の傷が癒えていません。あまりあれこれ聞き出さないでください」
「そうか?」
ちょっと疑問形になっているのは、幸せそうな顔で昼食を満喫していたティナのせいだと思う。
ティナが慌てて神妙そうに居住まいを正す。
「回し蹴りもなかなか見事だったし……マルティナ嬢への評価を改めねばならないな。さすがレナートの婚約者だ」
痛い……ティナからの視線が痛いよ……。
セラフィーノが変な方向へ走ったため、ちょっと修正に手間取りました。更新が開いて、ごめんなさい。
明日は更新できると思います。
たぶん、あと2話ほどで終わるはずなんですけど……一気に書き上げられるかな……?




