幸せな日常
初?の男主人公目線の話です。まだ最終話まで書き切っていないのですが、自身へカツを入れるために投稿開始します。
『キミナカ ~わたしが君になったら~』の続編、前編より少し長めの話になります。
前編を読んでなくても読めます。が、前編も読んでもらえると、より楽しめる……かも?
僕の名はレナート。ダンジェロ公爵家の長男だ。
先日、16歳になったばかりである。
今日は、僕と同じ誕生日で同じく16歳になった、可愛い婚約者とデートをする。このところ少し忙しくて彼女と一緒に過ごせる時間が少なかったので、非常に楽しみだ。
ジェンティーレ侯爵家へ彼女を迎えに行くと、予想通り支度でバタバタしている最中だった。
「レナート?!もう来たの?!ちょ、早すぎない?!」
勝手知ったる屋敷なので、到着早々さっさと彼女の部屋へ行ったら怒られてしまった。
「僕は君に会えるのが楽しみで楽しみで前日から眠れないくらいだったのに……残念だなぁ、ティナはまだ用意も出来ていないんだ?」
「お、乙女は支度に時間が掛かるんですぅ。いつも言ってるけど!約束の1時間も前に来るってそっちの方がおかしいでしょ!!」
そう。僕が早く来ることは今に始まったことじゃないのに、いつまで経っても彼女は学習しない。そういうところは、実にティナらしい。
きっと今日も寝坊をしたんだろう。
だけど、僕は別に全然構わないのだ。こうやって侍女に髪を整えてもらったり、化粧をされているティナを見るのは楽しい。
「……レナート様。いくら婚約者とはいえ、支度中の女性を横で眺めているのはやはりどうかと」
「パルミナ。さすがに着替えを見るわけじゃないからね。これくらい、いいじゃないか。ねえ、ティナ?」
「ぐっ」
ふふ。
昔、僕の裸を見た前科があるティナに、反論ができないのを百も承知で僕は同意を求める。ティナがみるみるうちに真っ赤になった。
はぁ。
ティナは本当に可愛い。表情がくるくる変わって、考えていることがすぐに顔に出て。
どれだけ見ても、飽きることがないよ。
僕とティナ―――マルティナとの出会いは9歳のときである。
いや、そもそもはネル・ミリオーレ学園で最初っから同じクラスだったから、正確に言えば入学した8歳のときになるんだろう。だけど、僕がティナを、ティナが僕を意識するようになったのは9歳で間違いない。不思議な事故によって、ティナの魂が僕の身体に入ってしまったからだ。
そのときのティナは、生来の能天気さを発揮して、自分の身体へ急いで戻ろうなどと考えず僕の身体でしばらく自由に、楽しく、過ごした。僕の意識を身体の奥底に閉じ込めたまま。
そう。あのとき、僕は僕の身体にいた。
恐らく生きる意思が薄くなっていたせいだろう……僕は自分の身体なのに何一つ動かせず、ただティナの行動を見守る羽目に陥っていたのだ。ティナは無情にも僕が“死んでしまったのかな?”なんて考えていたようだが。
ああ、そうそう、ついでに言うと、ティナの考えていることはすべて僕に筒抜けでもあった。ティナは全く気付いていなかったけれどね。
だけどそれら一連の体験は、僕にとって素晴らしい僥倖となった。
何故ならティナの思考に触れることによって、僕のそれまでの考え方、生き方が根本から覆されることになったからだ。
公爵家の後継として“こうあるべき”姿に囚われて生きることが苦しくなっていた僕に……ティナのあっけらかんとした考え方はすごい衝撃だった。目の前の分厚い壁が一気に崩れ去り、広い世界が広がるようだった。
おかげで……僕は生きる気力を取り戻せたのだ。
そしてそれと同時に、ティナと共に生きたいと切実に思った。ティナの前向きで明るい性格は、とても魅力的だ。そのために、僕は様々な手を使ってティナの婚約者という立場を確立させたのである―――。
「山手の方に新しいカフェができたらしいの。なんかね、パンケーキがすごく美味しいんだって!」
「そうなんだ。じゃあ、今日は山手の方を回ろうか」
今日は久々にティナとデートだ。
この頃、僕は非常に忙しい。近々、隣国から皇太子夫妻が親善訪問される。その準備を、僕がお仕えする王太子のパトリツィオ殿下が取り仕切っているため、僕も手伝わねばならないからだ。
殿下はすでに卒業されているからいいが、僕はまだ学生の身。学業との同時進行は非常に大変である。僕が優秀だからすでに多くの科目を終了させていてギリギリこなせているものの、魔法実践学の卒論や幾つかの重要な科目がまだ残っており……正直なところ、毎日、目が回りそうだ。公務だから授業の出席は免除されていても、なかなか気が抜けない。
はー、毎日ティナと会えるなら、どれだけ激務でも耐えられるんだけどなぁ。
実はティナから、首席卒業にこだわらなくてもいいじゃないかと言われている。だけど、誰よりも僕に称賛と尊敬の言葉と眼差しを注いでくれるティナの前では格好をつけたくて、僕はつい、頑張ってしまうのだ。昔、父に“常に上を目指せ”と言われたときはあれほど重荷だったのに、つまらない見栄のためには頑張れるなんて不思議なもんだよな。
「レナート、レナート!新しい本が出てる。見ていこうよ」
目的のカフェへ向かう途中、本屋のショーウィンドウを見たティナが僕の手を引っ張った。
「ほらほら、レナートのお気に入り“魔術師の本質”2巻があるよ!あ、“絵でわかる草花の知識”だって。これ、いいなぁ」
「その本、初心者向けじゃないの?ティナには必要ないと思うけど」
「最近、手伝ってくれてる子がね、まだあまり植物に詳しくなくて。絵で説明した方が分かりやすいかなぁって」
「じゃ、買おう」
「え、え、今、買うの?帰りの方が……」
「馬鹿だなぁ、本を持って歩く訳ないじゃないか。屋敷まで届けてもらうんだ」
「あ、そっか」
どうやらティナは薬草師になる夢があるらしい。しかし、ジェンティーレ侯爵家に養子に入ってからは野菜や果物の栽培の方にも興味を持ち始め、近頃は侯爵家の敷地の一角で品種改良に取り組んでいる。糖度の増した果物や、寒さに強い野菜を幾つか開発しており、実は王家からその才能が密かに注目されているくらいだ。僕もティナは薬草師よりそっちの方が向いていると思うんだけど……さて、どっちの道へ進むつもりなんだろう?
―――本を屋敷へ届ける手配をし、デートを再開した。
小柄なティナは、相変わらず楽しそうにピョンピョン飛び跳ねてあちこちの店を覗いて回っている。ああ、可愛い。
道行く人々も、微笑ましげにティナを眺めている。
ティナは自身の容姿は平凡だとよく言うけれど、庇護欲をかきたてられるような小動物的愛らしさが自然と溢れていて、本当に可愛く……僕としては彼女に悪い虫がつかないよう必死だ。学園でも結構、ティナに注目している男子が多いのだ。
やがてティナの本日一番の目的地、パンケーキの美味しい店に辿り着いたときだった。
「おや、レナート。奇遇だね」
「……奇遇?違うでしょう。後をつけていましたね?」
颯爽と僕らの前に現れたのは……護衛を伴ったパトリツィオ殿下だ。裕福な商家の息子風の変装をしている。
「まさか。私がわざわざ側近の後をつけるなんて、するはずないだろう?」
「あ、でん……ベッファさん」
ティナも殿下に気付いて、慌ててぴしっと姿勢を正す。
ちなみに“ベッファ”は殿下が変装しているときの偽名だ。悪ふざけという意味などがある。まさにふざけた名前だと思う。
「やあ、マルティナ。久しぶりだね」
「でん……ベッファさんもパンケーキを食べに来たんですか?」
「そうなんだよ。私も美味しいものには目がないからね」
「ふふふ、美味しいものはいいですよね~。じゃあ、一緒に食べませんか?美味しいものは、みんなで一緒に食べるともっと美味しいです!」
「ありがとう」
くっ……、殿下め!!わざわざデートの邪魔をしに来たな……。