植物だけが、知っている。(5)
「で、デルフィーヌさま!? それ、どういう……」
エミールは勢い込んで聞き返しそうになってから、大きく息を吸って、吐いた。
(落ち着こう。デルフィーヌさまに俺からばかりたくさん話すのは、ダメだ。)
「……その。だれに聞いたんですか?」
「みんなよ」
みんな、だ。
以前は意味が分からなかった。
だが、この半年で、エミールにはデルフィーヌの『恩恵』の内容が、おおよそ予測できていた。
「……植物と、お話しができるのですね」
「そう」
「だからこそ、デルフィーヌさまは庭園魔術師になられたし、俺の領地の苗木から母の話を聞いたし……知らない場所で起こったことも、知っているわけですか」
「そう」
つまり。
巨大樹トネリコをベースにしたこの学園において、デルフィーヌの知らないことは、ほとんどないわけだ。
(コミュニケーションが飛び飛びになるのは、デルフィーヌさまの周囲にはいつも第三者がいたからだ。デルフィーヌさまは、常に数十、ひょっとすると数百の声を聞きながら、生きている。)
想像を絶する環境だ。
少なくとも、エミールには理解できないことだけは、理解できる。
「……貴女に一目惚れしていたことも?」
「話せば諦めるかと思って。ふつうとは違うから」
エミールがデルフィーヌに一目惚れしたことは、植物から聞いていたらしい。
そして、エミールに『自分はふつうではない』と示して諦めさせるため、わざわざ会いに来てくれた……のが、迷子になった日の翌日だったわけだ。
エミールが学長に相談していた内容を植物から聞いて、『呼ばれた』と表現したのだろう。
呼んだのは、エミールだったのだ。
つまり、想いをずっと知られていたわけで、自分でもわかるくらい赤面してしまうが……それ以上に。
(やっぱり、デルフィーヌさまは……お優しい方だ。)
放っておけばいいものを、エミールにわざわざ会いに来てくれたのだから。
とても優しく、思いやりに溢れた女性なのだ。
そんなデルフィーヌは、
「でも、エミールもふつうではなかったわ」
「……変わり者、ですか。デルフィーヌさまとの会話は、俺にとって苦痛でもなんでもなくて、とっても楽しい時間ですから。……好きなひととの時間、ですから」
知られていたなら、仕方ない。
照れながらも素直にそう伝えると、デルフィーヌは「そう」と呟いた。
そして、言う。
「離脱してもかまわないわ」
その言葉の意味は、つまり。
とてもややこしくて、回りくどくて、わかりにくいけれど。
エミールには、わかる。
だからこそ、すとん、とエミールの覚悟も決まった。
「その必要はありません。俺も、デルフィーヌさまを大事に思っているんです。離脱なんてさせられません。だから……」
決心だ。
それに、いまならなんでもできそうな気がするし。
「……もうサボりません。必死に勉強します。そんで、宰相になります。絶対に。あ、テラスに来る時間は、別で必ず確保します。これも、絶対に」
「そう」
デルフィーヌは、短くそう呟いてから。
「嬉しいわ」
と、続けた。
両思いだとわかって、エミールはとっさにデルフィーヌを抱きしめそうになったが、我慢した。
さすがに婚前は不敬だ。
……とはいえ、エミールも男子学生なので、少しばかりの欲が出てしまう。
「ええと、つまり、その……デルフィーヌさまも、俺が好き、ってことで……いいん、ですよ、ね……? いや、わかってはいるんですけど、ほら、まだ直接言葉で聞いていないっていうか……」
おねだりである。
上目づかいでデルフィーヌを伺うと、若き庭園魔術師の棟梁は五秒ほどトネリコを見上げてから、エミールをまっすぐ見た。
珍しく、デルフィーヌの頬が赤く染まっている。
「ど、どうなさいました?」
「行動で示すといいそうよ」
「はい?」
デルフィーヌが両手を伸ばして、エミールの首に回してきた。
そのまま固まって、少ししてから小声で言う。
「……目を閉じたほうがいいかしら」
エミールも、緊張しながらデルフィーヌの背中に手を回す。
今度は我慢せずに、抱きしめた。
「僕は、デルフィーヌさまのきれいな瞳が好きです」
「そう」
そして。
行動で、示された。
●
後年。
不断の努力によって宰相にまで出世したある子爵は、その功績から王家との婚姻を提案され、王女を娶るに至った。
もっとも、その王女は『恩恵』持ちであったため、王位継承権を失ってはいたのだが、子爵としては歴史に残る大出世であった。
そんな偉業を成し遂げるに至った原動力はなんだったのかと問われた宰相は、こう答えたという。
「私もまた、行動で示しただけです」
言葉は立派だが、具体的な理屈は明かそうとしなかった。
なにを行動で示したのかは……。
……植物だけが、知っている。
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書き溜めないなったので頑張って書きます。
(追記)次更新は書き溜めが出来てからになります。
プロット自体はあと三話分あります。