結束
「沙耶さん、あなたも同じように瞬間移動されてきましたか?」
しばらくの状況の話し合いの後、蓮は沙耶に聞いた。
「はい、だいたいみなさんと同じ。。」
沙耶の目の赤みは少し引き、結局泣くことはこらえることができた。というよりは終始の緊張で泣く余裕もなかったと言える。
「さきほどはみなさん本当にありがとうございました。」
蓮が少し考え込んでいる間に沙耶が間を繋いだ。
「いいえ、沙耶ちゃんはよくがんばったね。」
今度はののこが優しく言った。徹もうんと頷いている。
「あの、蓮さん、中国語がわかるんですか?」
あまり喋らなかった沙耶が聞いた。
「ああ、少しだけ。ぼくは父親が中国のハーフで、実家では中国語を話していました。」
蓮は答えた。
明らかに少しだけわかるレベルじゃないだろうと思いながらも徹は橘蓮という男の底知れなさを改めて実感していた。やはりこの人はなにかが違うように感じた。それは自分の敵なんじゃないかと思う、というよりは敵だと非常にまずいと思うような恐怖心に近かった。
ののこは口に出してはいないが、少しだけ中国語が理解できた。仕事がメインのためちゃんと勉強はしなかったものの、大学で2外は中国語だった。読み書き聞き喋り、その中でも読みと聞きのインプット系は得意だったが、書きと喋りのアウトプット系は全く出来なかった。
それでも、ののこには全体の会話の1割も理解できたか確信がなかったが、ののこが知る限り蓮が話していることに矛盾はなかった。村人たちとの交流は、下手な中国語でめんどうを起こすよりは、蓮に任せたほうがいいと思った。
その後4人はざっくばらんに話した。自己紹介、過去の変わった経験、以前の仕事の話などいろんなことを話し合った。
ののこのことはもちろんみんなが知っていた。雑誌、テレビ、CM、映画、ドラマ、、、いろんなところで目にするののこほどの有名人を知らない方がおかしかった。ただ、ののこはそれが芸名ではなく、本名であることも4人に伝えた。かなり珍しいことのようだ。彼女は生まれたときから母親と二人で暮らしていたらしい。だからこのような事態にも冷静になれるのかもしれない。
事実、彼女は他の3人に少しでも怪しい点を感じたら一人で逃げる心の準備はしていた。もし仮に危害を加えてくる様子であれば、服のなかに隠したナイフを使うことも厭わなかった。ただ、沙耶の一件で彼女の3人に対する疑いはかなり薄くなった。自分と沙耶が同じ服を着ていて、徹と蓮が同じ服を着ている。4人が同じような状況で、それ以上の情報がないことはある程度の信憑性があった。
徹は医者を目指して、東京の私大医学部で勉強をしていた。実家は大阪で親は裕福らしかったが、18歳のときにひとりで東京に出てきてからはすべて自分でやりくりしていた。最初は機械のメーカーに就職したが、自分はその仕事が好きではないと気付いて、昔からの夢の医者になることにもう一度挑戦することにした。一から勉強し、高額な学費を貯めた。
いまもアルバイトと大学に明け暮れている。数年前に東京で知り合った女性と同棲し、婚約もしているが、結婚はまだしていない。
蓮は自分のことになるとめずらしく無口で、詳しいことはほとんど話さなかった。どうやらいまは自分で会社をやっているようだったが、どれくらいの会社でなにをやっていたかまでは話さなかった。3人も空気を読んであえて聞かなかった。日本と中国のハーフで、いまは六本木で一人暮らししている。それ以外の情報はあまりなかった。
沙耶は東京の学生だった。芸能事務所に入りかけたこともあったが、自分は芸能人に特になりたいわけではなかった。特別夢や計画を持っているようではなかったが、強いて言うならプロのゲーマーになりたかったらしい。
その見た目からは少しも想像できないようだが、沙耶はゲームがうまかった。特に、ポートナイトとかいうシューティングゲームは日本のチャンピオンを取ったことがあるらしかった。それに加えて他のいくつかのゲームでも、日本の女性のなかでは一番じゃないかとされていたらしい。彼女のミーチューブのチャンネル登録者は数十万人いて、界隈ではかなりの有名人らしかったが、たまたまか3人は彼女を知らなかった。
彼女の両親は日本人だったが、母の父、おじいさんにあたるひとがアメリカ人だった。その微かなハーフ顔はそのためのようだった。
こんな意味のわからない状況の中で、頼れるのは状況を共有し合ったお互いだけだと、4人は少しずつ認識し始めた。
「うちら、機を見てここから離れるべきだと思う。」
1、2時間ほどの時間が経ち、雑談も佳境をすぎた頃に、蓮は話題を変えた。
「私も村の人たちはまだ諦めていないと思う。」
ののこは賛成した。
「そうですね。確かに山には未知なる危険があるかもしれないが、この村は危険すぎる。この村の住人が今日深夜に寝首を掻きにくる可能性もある。うちらは弱い上に裕福に見える。仮にうちらが碧林門の弟子だとしても、門派に戻ってめんどうを増やすよりは、相手にとってはここで殺してしまうのが最善手だろう。碧林門の弟子を装う以外にいい方法は思いつかなかったが、まずいことになったかもしれない。」
蓮は続けた。
「あの村長、ずっと私を見ていた。私が助けがほしかった間、ただずっと立って見ていた。」
沙耶は悲しそうに言った。明らかに怒りもある。
「こいつらにもてなされてもなにも嬉しくないね。早くここから離れよう。」
徹も同意した。
みんなにとってどうすればいいかは明白だった。
そうすると、4人は呼吸がぴったりとあったかのように、逃走計画を話し合い始めた。